米軍普天間(ふてんま)基地の辺野古(へのこ)移設をめぐる問題で緊張が続く沖縄。翁長雄志(おなが・たけし)知事を先頭に「移設反対」を訴える沖縄県民の声に対し、「辺野古移設が唯一の選択肢」と移設工事を強行する構えの政府。両者の対話は完全にすれ違ったままだ。

そうした中、かつて民主党・鳩山政権が主張しながら実現できなかった「県外移設」、つまり米軍普天間基地の「本土移設」という選択肢こそが、この問題を解決する最も現実的な方法論だと訴えるのが、『沖縄の米軍基地「県外移設」を考える』だ。

沖縄の米軍基地は誰のためにあるのか? 基地の存在を望み、日米安保を支持している日本人が負うべき責任とはなんなのか? 本土の国民が沖縄の基地問題に、ひとりの「当事者」として向き合うことの意味を著者の高橋哲哉氏に聞いた。

―今回、沖縄の米軍基地問題を「県外移設」という具体的な解決策を軸に論じようと思われたのはなぜですか?

高橋 この問題について考えることは、沖縄の米軍基地問題が持つ根本的な矛盾について考え、それを解消する道を模索することだと思うんですね。そこで「県外移設」ですが、この選択肢は以前、鳩山首相が主張して、当時、それを沖縄の人たちも非常に歓迎したわけですけれど、結局、首相自身が潰(つぶ)される形になって実現しなかった。

確かに、鳩山首相にはそれを実現する十分な準備も手腕もなかった。しかし、私はそれ以上に「なぜ県外移設なのか?」という論理を持たなかったことが問題だと考えたのです。あの時、「県外移設の論理」をきちんと作った上で、国民やメディアに訴えるということができていれば、もう少し国民の支持を得ることができていたのではないでしょうか。

―「県外移設の論理」というのは、具体的にどのようなものなのでしょうか?

高橋 現在、在日米軍専用施設の4分の3が沖縄に集中しているわけですが、これらはすべて日米安全保障条約(日米安保)で日本とアメリカが合意の下で置いているものですよね。日米安保は、最近の政府や新聞社の調査でも日本国民の約8割以上が支持しています。日米安保を維持して、自衛隊とのセットで日本を守っていくことに同意しているわけです。

しかし、この8割というのはほとんど本土の国民です。なぜなら沖縄の人口は日本の1%にすぎませんから。つまり、本土の人たちの圧倒的多数の支持を受けて、政府が日米安保の下に米軍基地を置いているのです。ところが、その基地の多くは沖縄に置かれているという現実があります。これは大きな矛盾をはらんでいる。

日本の安全保障体制は沖縄の犠牲の上に成り立っているのです。この「犠牲のシステム」があることで、沖縄にとっては日米安保も米軍基地も「本土に押しつけられたもの」なのです。本来であれば、本土の日本人が基地の負担もリスクも負った上で日米安保の賛否を考えるべき、というのが、私の基本的な県外移設の論理です。

―本書でもうひとつ、非常に重要な意味を持つのが「天皇メッセージ」に関する部分です。敗戦直後の1947年、昭和天皇がアメリカに対して沖縄の軍事占領を希望するというメッセージを送っていたものですね。

高橋 当時はすでに今の日本国憲法が施行されていますから、本来ならば天皇は政治的な権能を持っていませんでした。それにもかかわらず、昭和天皇は占領軍に対して、当時の吉田政権の頭越しに自らのメッセージを発しています。その内容は「日本国天皇は沖縄に対する米国の軍事占領が25年ないし50年あるいはそれ以上にわたって続くことを希望する。それが日本の防衛に役立ち、かつアメリカの利益になるだろう」というものです。

この極秘文書は1979年に筑波大学の進藤榮一さんが発見したのですが、いまだにその存在があまり広くは知られてないと思います。日本のメディアがこれを大々的に報道するのを自粛しているように感じます。

実際に、日本政府はその後の主権回復と引き換えに沖縄を米軍支配下に譲り渡し、本土復帰を経ても、米軍が沖縄を占領しているような状態が今も続いている。あたかも日本政府は、70年近く前に昭和天皇が希望したように振る舞い、戦後の歴史が展開してきているわけです。

―本土の人間が、沖縄の基地問題をどうとらえるべきなのかというのは難しいテーマです。「当事者感」を持ちにくい部分もあるように思います。

高橋 実は、それが沖縄に米軍基地が集中した理由のひとつなのです。本土の人間は「沖縄に基地があるのは仕方がない、軍事的な理由、地政学的な理由で沖縄にあるのだろう…」と、なんとなく自分たちを納得させてきた。

しかし、実際にはもともと本土にあったものを沖縄に移している。例えば、海兵隊は1950年代に山梨と岐阜に司令部があって全国に分散して駐留していました。当時は本土でも反米軍基地闘争が大変盛んになっていて、日米両政府は反米運動になるのを恐れていたわけです。

そこで、すでに米軍の支配下にあった沖縄にそれらの基地を移して本土の反基地闘争を収束させたのです。つまり、キャンプ・シュワブにしても普天間基地にしても、今、沖縄にある海兵隊の基地はもともと本土にあったもの。それを沖縄に隔離して、本土から基地問題に対する当事者意識を失わせてきたのです。

こうした歴史的経緯を考えれば、本土の国民は本来、米軍基地問題の「当事者」になります。普天間飛行場の「県外移設」というのも、沖縄にある米軍基地を本土に「誘致する」という話ではなく、本来こちらにあったものを引き取るという意味だとわかるはずです。

私はこの本で、沖縄の人々の声を代弁することはできるだけやめようとしました。日本人として、本土に暮らす国民のひとりとして、こうあるべきだと考えるようにしたのです。まずは歴史を知り、沖縄の人たちの立場を理解しようとし、では自分たちはどうすればいいのかと考えたり、動いたりすることが必要でしょう。

そうすることで、すでに大きく傷ついた沖縄と本土の信頼関係を少しずつ築いていくしか解決の道筋は見えてこないんじゃないかと思うのです。

(インタビュー・文/川喜田 研 撮影/村上宗一郎)

●高橋哲哉(たかはし・てつや)

1956年生まれ、福島県出身。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得。専攻は哲学。南山大学講師などを経て、東京大学大学院総合文化研究科教授。著書に『逆光のロゴス』『記憶のエチカ』『デリダ脱構築』『戦後責任論』『歴史/修正主義』『証言のポリティクス』『反・哲学入門』『教育と国家』『靖国問題』『犠牲のシステム 福島・沖縄』など

■『沖縄の米軍基地「県外移設」を考える』

(集英社新書 720円+税)

2014年の沖縄県知事選と衆議院選挙で示された、米軍普天間基地の名護市辺野古への移設に反対する沖縄の民意と、圧倒的多数が日米安保体制を容認する本土国民との溝は深まっている。こうした状況を悪化させず、基地問題を解決していくために必要なことはなんなのか? 本土の知識人として初めて「県外移設」について真正面から向き合い、論考を試みる