まるでサッカーの「壁」のような守備隊形に観客も驚愕

 先日8月29日、サンディエゴにあるペトコパークで行われたパドレスvsドジャースの1戦で、見ている誰もが驚くような光景が目の前に現れた。

 同点で迎えた延長12回裏1死満塁の場面。守備に就いたドジャースは、なんと一、二塁間に4人の野手を一列に並べたのだ。打席に立ったのは、左打者のセス・スミス。何としてでも失点を防ぎたいドジャースは「スミスは打球を強く引っ張る傾向が強い」というデータに賭け、併殺、もしくは本塁でのフォースアウトを狙った。

 一塁ベースに1番近い場所に位置したのが、この日センターを守っていたアンドレ・イーシア、そこから二塁ベースに向かって一塁手エイドリアン・ゴンザレス、二塁手ディー・ゴードン、遊撃守ミゲル・ロハスと等間隔に並んだ。

 サッカーでFKの時に選手が一列に並んで「壁」を作るが、まさにそれ。ドジャースは野手で壁を作って、スミスの打球を外野に抜けさせない方策をとった。

 もちろん、壁の高さを超える打球を打たれたり、三塁手しかいないガラ空きの左翼方向への打球を打たれたらお手上げだ。だが、マウンド上のコレイアに低め速球を打たされたスミスは、ホームプレート近くでバウンドする球足の速い打球を一、二塁間へ飛ばした。

 待ってましたとばかりに捕球したゴードンが、本塁で待つキャッチャーのAJエリスに送球し、三塁走者は本塁でフォースアウト。エリスは併殺を狙って一塁に送球したが、ここはセーフとなり、結局はドジャースは続くグランダルに安打を許してサヨナラ負けを喫してしまうのだが、試合の勝敗以上に極端な守備隊形のシフトが注目を浴びることになった。

極端な守備シフトには選手から「あまり好きではない」との声も

 地元メディアの報道によれば、今回の珍しいシフトを発案したのは、ベンチコーチを務めるティム・ウォーラック氏。スミスの直前に打席に立ったエイブラハム・アルモンテの場面で二、三塁に走者を背負っていたため、中堅を守っていたイーシアを一塁手の位置に守らせて、内野手を5人とするバックホーム態勢を敷いた。

 アルモンテが四球で出塁して満塁となったため、“秘策”がお目見えすることになったのだが、「スミスが打ったゴロ系の打球は、必ずといっていいほど右方向だ。この策はハマると思った」と自信は揺るがなかった。

 最近は、守備隊形のシフトを敷く球団が年々増えている。より細かなデータ分析が行われるようになり、各打者の打球方向の傾向が顕著になったことで、これまでは打球を引っ張るパワー系打者にのみ適用されていたシフトが、どんな打者にでも適用されつつある。

 もちろん、これには賛否両論があり、結果を見ても、シフトにより助けられた試合もあれば、シフトが原因で負けた試合もある。実際に戦っている選手たちの声を聞いてみると「あまり好きではない」という声が多いようだ。それというのも、野球の本質が変わってしまう気がする、という理由からだ。

 確かに、シフトによって打球を阻まれてしまうのであれば、そうならないような打球を打つ工夫をしなければならないだろうし、セフティバントでシフトの逆を突く内野安打を重ねる選手が増えたら、多少なりとも野球の性質は変わることになるだろう。

守備シフトの流行により公式記録が意味をなさなくなる恐れも

 そもそも、守備隊形のシフトを流行らせたのは、レイズのジョー・マドン監督だ。頭脳派で知られるマドン監督は、現職に就く前、2000〜2005年はエンゼルスでベンチコーチをしていた。この時から打者の打球が飛んだ位置を示すチャートを見ながら、傾向と対策について考えていたというが、マドン監督が発明者というわけではない。

 1946年には、当時ホームラン打者として名高かったテッド・ウィリアムスに対して、インディアンスを率いたルー・ブードロー監督が、三塁方向には三塁手を置いただけで、それ以外の野手6人をすべて右方向に移動させるシフトを敷いている。

 ところで、シフト流行の影響は思わぬところにも表れている。公式記録(スコア)だ。野球のスコアをつける時、打球が飛んだ場所ではなく、処理した野手のポジションが重要になってくる。例えば、一、二塁間へ飛んだ打球を二塁手が捕球し、一塁に送球してアウトを取った場合は、通常「二塁ゴロ」となる。

 だが、打球を引っ張る左の強打者に対してシフトを敷いた場合、遊撃手か三塁手を一、二塁間に移動させ、野手3人を置く場合がある。この時、同じく一、二塁間に打球が飛んでも、打球を捕球した野手が遊撃手であれば「遊撃ゴロ」、三塁手であれば「三塁ゴロ」という記録になる。

 試合を直接見ていなかった人があとから記録を見た時、「三塁ゴロ」と記載されていたら、一、二塁間への打球は想像しないだろう。シフトが敷かれていた場合には、注意書きを添えるなりしなければ、記録として意味を成さなくなってしまう。

 ビデオ判定の導入だったり、ワイルドカード枠の増設だったり、メジャーはいろいろな形で時代に即した変化を遂げているが、守備隊形のシフトがさらに浸透していくのであれば、バッティングのあり方や記録の付け方も、何らかの変化が求められるのかもしれない。

佐藤直子●文 text by Naoko Sato

群馬県出身。横浜国立大学教育学部卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーとなり渡米。以来、メジャーリーグを中心に取材活動を続ける。2006年から日刊スポーツ通信員。その他、趣味がこうじてプロレス関連の翻訳にも携わる。翻訳書に「リック・フレアー自伝 トゥー・ビー・ザ・マン」、「ストーンコールド・トゥルース」(ともにエンターブレイン)などがある。