フリマアプリを提供する「メルカリ」。創業3年で社員300人以上という急成長企業だ。20〜30代が多く、育休・産休を取る女性社員も多い。育休・産休中の社員の社員制度給与を100%保証するなどの社員制度「メルシーボックス」を16年2月に導入して話題となっている。同社がダイバーシティに力を入れる理由とは?

<「メルカリ」の概要>
●20代、30代が多く、産休・育休を女性社員が取り始めた。
●「Go Bold(大胆にやろう)」という社風で、新しいことを生み出しやすい環境。

流通額:月間100億円超
出品数:1日50万品以上
ダウンロード数:5500万DL突破(日本3500万DL、米国2000万DL)
男女別平均年齢:男性:31歳/女性:27歳

■業績は急伸、人員も3年強で300人超!

「メルカリ」は、スマホ時代の新しいCtoCサービスとして立ち上がったフリーマーケットアプリの名であり、同アプリを生み出したITベンチャーの名だ。2013年にリリースしてから、わずか3年強で3500万ダウンロードを突破。現在、月間流通額が100億円を超える、巨大サービスへと成長。設立当初は数人だった社員は300人を超えた。

そんな、時代をリードするベンチャーが16年2月に人事制度「mercibox(メルシーボックス)」の導入を発表し、日本中で話題になった。それもそのはず。産休・育休中の社員の給与を一定期間、会社が100%保障するなど、近年さまざまな会社で取り組まれているダイバーシティ&インクルージョンのハードルを一気に押し上げる内容だったからだ。

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<人事制度「merci box」概要>

▼産休・育休期間中の給与を会社が100%保障
女性は産前10週+産後約6カ月、男性は産後8週分の給与を会社が100%保障。また、子どもの看護や家族の介護休暇も、年に最大10日間取得可能。

▼妊活の支援
治療開始から10年間、所得や年齢の制限なく、不妊治療の費用を会社が一部負担。保険適用外の治療は、実質本人負担額が治療費の3割になるよう会社が補助。

▼会社負担で全社員の死亡保険加入
メルカリで働く全社員に対して、会社が死亡保険に加入。万一のとき、数千万円〜の保険金を受け取ることができるよう、家族を支援することが目的。

▼病児保育費の支援
子どもが病気になった際、臨時で保育施設に預けたり、ベビーシッターを利用したりした場合の費用を支援。利用時間の制限なく1時間あたり1500円を支給。

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同社での育休取得の一番乗りは、カスタマーサポートを担当する寺岡絵里子さんだった。

「産前の6週間と産後の8週間に加えて育休を1年間取得し、16年5月に復帰して現在に至ります」

以前は重労働で残業も多い美容系の仕事をしていた寺岡さん。結婚を機にワーク・ライフ・バランス(WLB)を考えて転職して同社へ。入社2年足らずで産休を取得することになった。

「当社ではすべての社員のスケジュールをインターネット上で共有しているのですが、社長や経営陣らのスケジュールには『娘の運動会』『誕生日』など、家族の予定も書き込まれていますし、WLBを大切にしている空気は、会社全体に浸透しているんです」と話す寺岡さん。産休・育休中もCSグループの日報に目をとおすなど、復帰に向けた準備をしていた。

戻ってきたら、CSグループを含め社員の数が格段に増えていて、オフィスも移転しており驚きはしたものの、復帰後のブランクは一緒に働くメンバーやメンター、人事部などのフォローにより徐々に埋まり、現在は時短で勤務している。

「午後4時を過ぎると『寺岡さん、お迎えの時間ですよ!』と声をかけて送り出してくれる。メンバーや会社のサポートに応えたいし、限られた時間の中で最大限の仕事をしたいと思う毎日です」

16年7月には、メルシーボックスに妊活中や育児中の社員のための制度を追加。社員が安心して働ける環境づくりを進めてきた。

「育休についても、メルシーボックス導入後は男性役員も率先して取得しています」と語るのは、人事で採用を担当する石黒卓弥さん。自身も育休を取得した経験から、メンバーにアドバイスをすることも。以前は、大手企業の人事を担当し、長く続いてきた文化を変えることの大変さも体験してきたからこそ「制度ありきにならず、風土や環境を整えていくことが大切」と語る。

「経営陣をはじめとするメルカリのメンバーの、やりたいことを実現しやすい環境をつくるのが人事の仕事だと思っています」

■3つのバリューが生んだ理想的な仕事環境

ダイバーシティ&インクルージョンとは本来「多様性」と「受容」を意味し、企業や組織において、性別や年齢、学歴、性格、宗教、国籍、価値観などの多様性を受け入れ、活用し、生産性を高めようとするマネジメントを指す。しかし、男性が社会をリードしてきた歴史が長い日本では、「女性活用」への取り組みであると考えがちだ。だが、メルカリの視点は最初から多様性をもち、全社員へと向けられていた。

メルカリには3つのバリューがある。「Go Bold(大胆にやろう)」「All for One(全ては成功のために)」「Be Professional(プロフェッショナルであれ)」。この視点に共感できる人を採用したうえで、社員が大胆に働くために必要なサポートがメルシーボックスであり、制度や規則の制定を目的としているわけではない。

「基本的にメルカリでは、家賃補助などの福利厚生を設けていません。給与の使い方は社員それぞれ。人生の『アップサイド』の部分は自由に楽しんでほしいから、会社側で使い道を限定せずに給与をベースアップしています。一方、突然の病気やけが、出産や育児、介護などライフイベントで起こりうる、働けないという『ダウンサイド』のリスクについては、会社でできる限りフォローしたいと考えています」と語るのは、取締役の小泉文明さんだ。

3つのバリューに基づいた施策を柔軟に実行しながら、最終的に残った施策を徹底するのがメルカリ流。

「すべての社員が同じ目的に向かうためには、社員同士のコミュニケーションが必須」と言う小泉さん。そのための試みとして、たとえば月に1度、プログラムがランダムにメンバーを組み合わせるシャッフルランチを設定し、会社もそれを支援。プロフェッショナルに働くために、余計な会議は極力省き、社内向けの膨大な資料作成はせず、個人の裁量に任せ、社員が全力を出せる環境づくりを積極的に進めているという。もちろん、効果のない制度はやめる。

「社員には当然、結果を求めます」と小泉さん。そう、多様性を包括する組織とは、所属する個々の視点と能力を最大限に活用することであり、同時に個々が積極的に参加し結果を残すという効率的で、WIN−WINなしくみそのものだ。

「立ち上げ当初は、何もなかったんです」と笑うのは、執行役員で労務や財務を管理する掛川紗矢香さん。

「できたばかりのベンチャーというと、若いメンバーが24時間働いているようなイメージを持つ方も少なくありませんが、メルカリは経験豊富なプロフェッショナルが集まって立ち上げた組織。だからこそ、社員が能力を発揮し、WLBを大切にしながら働けるしくみを自由につくることができています」

バックオフィス全体でも、非効率な手続きは極力廃止し、社員が能力を活かして活躍できるしくみづくりに奔走。メルシーボックスのほとんどは、掛川さんのチームを中心にまとめられた。

「日々の無駄な会議を省く代わりに、定期的に部署で合宿を行い、日常の業務から離れて、さまざまなテーマで議論して、事業に反映させる場も設けています」

ダイバーシティの取り組みは、企業の生産性を圧倒的に高める。だからこそ、多くの企業がそこに向かって一歩を踏み出しているが、同社ではバリューを掲げたうえで必要なしくみを生み出していったからこそ、理想的な環境が整ったといえる。

社員の平均年齢が30歳前後という中、小泉さんや掛川さんの目は育児や家族の介護などを迎える社員へのサポートなどに向けられている。こういったトップの動きを見ながら、若い社員の意識もおのずと変化していく。アプリの企画やマーケティングに携わる松本このみさんは、以前の会社では裁量が大きかったものの残業も非常に多く倒れる寸前になったことも。

「メルカリでは、残業している人は少ないし、会議も最小限。マネージャーも効率よく仕事をして定時を過ぎると皆帰っていく。最初は驚きましたが、短い時間で生産性を上げることが大切なのだと実感しました」

■一生働き続けられるための性善説でのルールづくり

「『やっていて満足感がある』というものを見つけ、実力を発揮できる環境で働けることが、結果的にキャリアを形成することにつながっていくんだと思います。好奇心を持ち続けられるよう、人生の中で生まれるリスクをヘッジするのは会社の役割です」と語るのは、代表取締役社長の山田進太郎さん。

これからの課題は、急増する社員同士が「All for One」の意識を共有していけるかどうかというところだが、「確かに、規模が拡大すれば社内コミュニケーションは取りにくくなりますが、メルカリの経営の基本は、バリューにひも付けて考えることと、自立したプロフェッショナルに向けた性善説での組織づくりにあります」と山田社長。

組織が巨大化するとリスクヘッジのため、硬直した複雑なルールやしくみが生まれ、より不穏な空気になりがちだが、性善説で動けば、組織の規模にかかわらず、良い空気が自然と伝わっていくのだという。

「意識の高いプロフェッショナルが揃えば、ルールは最小限で済みます。あとは個人の裁量に任せることができる。自由な空気は失われません。一流の人間が集まり、力を発揮し、同じ目標に向けて大胆に動く。そのためのしくみづくりを、大胆に進めていきます」(山田さん)

(MARU=文 岡村隆広=撮影)