畠山重忠の乱は1205年7月のこと。それからわずか2か月、牧の方の策謀から時政追放までの流れは、義時にとってあまりに都合がよすぎます。そして北条政子がいよいよ政治の表舞台に登場します。大迫秀樹氏が著書『「鎌倉殿」登場! 源頼朝と北条義時たち13人』(日本能率協会マネジメントセンター)で解説します。「時政・牧の方VS政子・義時」の対立■牧の方の止まぬ野望義時は罪悪感に駆られました。畠山重忠が謀反を起こすつもり