ネット通販などで見かける「送料無料」は、はたして正しい表現なのだろうか(撮影:佃 陸生)

経済や生活を支える物流が危機を迎えている。長時間労働・低賃金をはじめ、長年、トラックドライバーの労働環境が改善されなかった結果、深刻な人手不足に陥り、「モノを運べない時代」が現実味を帯びてきた。

一方で、物流は人の目に触れる機会が少なく、社会全体でドライバーに正当な評価を与えなければ問題の解決は難しい。『ドライバー不足に挑む!』(輸送経済新聞社)の著者で、日通総合研究所の大島弘明氏と、『トラックドライバーにも言わせて』(新潮社)の著者でフリーライターの橋本愛喜氏が、今回は「送料無料」という言葉に対する違和感などを語り合った。

前回記事:意外と知らない「トラック運転手」が寝る場所

感染恐怖の矛先がドライバーに

大島弘明氏(以下、大島):新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、緊急事態宣言が出た後も、物流はエッセンシャルワーカーと位置付けられ、トラックドライバーは通常業務を続けました。どんな気持ちで荷物を運んでいたのでしょうか。

橋本愛喜氏(以下、橋本):ステイホームしたかったというのが本音でしょう。でも、ドライバーは物流を支えているという熱い気持ちを持った人が多くいます。預かった荷物を届けなければならないという使命感で仕事をしていたと思います。

大島:新型コロナの中でも、ほぼ普段どおりの生活を送ることができたことに対し、世の中から物流に感謝する声が聞かれました。一方で、ドライバーへの職業差別も問題となりましたね。

橋本:私のもとにも、あるドライバーからダイレクトメールが届きました。内容は自分の妻が働く工場から、夫である自分が長距離ドライバーで感染している可能性があるため、年次有給休暇で休むよう指示されたという相談でした。

大島:それはおかしな話ですね。

橋本:私も疑問に思い、メーカーの本部に事実確認をしました。結果的に、その奥さんは職場復帰できたのですが、感染をおそれるあまり過剰になり、その矛先が立場の弱いドライバーに向かってしまったのは非常に残念です。

橋本:使命感は強くても、好きで運んでいるわけではありません。「仕事があるだけいいと思え」と言われたドライバーもいたようで、周囲も彼らの熱い気持ちを理解しなければいけないと非常に感じました。


再配達が有料になる日があるかもしれないと話す橋本氏(写真:輸送経済新聞社提供)

大島:新型コロナを機に、実はこれはなくてもどうにかなるということが、社会全体で考え直されましたよね。

橋本:確かに、去年までダメだったことが、いまは許容されています。例えば、飲食店の店員はマスクをしてはいけないという雰囲気がありましたが、新型コロナ以降は当たり前になりました。コンビニの営業時間も、短縮する動きが出ています。

物流でも少し前は遅れるとクレームが来ていたところ、近頃は「仕方ない」という流れになりつつあります。もちろん仕事はお互い完璧を目指すべきですが、もし相手がミスをしても、それを許容する気持ちを社会全体が持つことが、今後の生活をより豊かにするのではと思います。

大島:新型コロナの影響で貨物量は減少していますが、ドライバー不足が解消されたわけではなく、より効率的に運ぶ方法を考えていかなければなりません。すでに加工食品業界では、配送のリードタイムを1日延長する取り組みが動き出しています。サプライチェーンの再構築では、ドライバー目線で労働条件を改善することが重要で、発・着荷主はもちろん、消費者も含め、折り合えるところは見直していく必要があります。

「再配達」は今後有料にするべき

橋本:消費者にとって身近なサービスでは、今後、宅配便の再配達が有料にするべきだと思います。新型コロナの感染拡大で、在宅する人が増加したことで再配達が減少しました。何度も運ばせることに罪悪感を持つ人も増えています。「有料でも仕方ない」という風潮が出てきても不思議ではありません。

大島:再配達防止に向け、通販大手のアマゾンが置き配サービスを始めたことには驚きました。世の中で「無駄なことを減らそう」という理解が広がりつつあります。再配達は住宅地での発生頻度が高く、古い建物ではエレベーターもないので、再配達になると、ドライバーは何度も階段で上層階まで昇らなければなりません。荷物によっては何十キロもするものを運ぶことがあります。

橋本:そもそも再配達を何回しても無料という現状が正しいと言えません。女性の中にはスッピンを見られたくないので、応対しないというケースもあるそうです。ドライバーが2回以上配達しなくてもよい環境をつくらないといけません。

大島:宅配の関係では、通販の「送料無料」という表現もおかしいですよね。業として請け負う以上、お金をもらって仕事をしているのに、これを無料というのは違和感があります。


モノは運ばれて価値が出ます。そこを理解してもらうことが大事なこと、と語る大島氏(写真:輸送経済新聞社提供)

橋本:私が目指すゴールの1つが、送料無料をやめさせることです。以前、これをテーマに記事を書いたとき、ドライバーからの反応が大きかった。記事を読んだある出版社からは「送料無料はひどい言い方」と理解してもらい、「送料無料」という表現を「送料当社負担」に変更したというメールをもらいました。世の中の意識を少しずつ変えることで、自分たちの仕事が価値のないことと感じるドライバーは少なくなります。

大島:モノは運ばれて価値が出ます。そこを理解してもらうことが大事ですが、なかなか変わらない。おそらく、送料無料は文字的な訴求力があるのでしょう。でも「送料は当社負担」「送料込み」とするのが本来の正しい表記です。

橋本:長年、物流はコストとして考えられてきたことが残念です。表現1つで、ドライバーのモチベーションは変わります。送料無料という言葉の陰で、安全を守りながら確実に荷物を届けているということを理解してほしいです。

ドライバーの多くは「天職」と思っている

大島:10年ほど前、ドライバーになった理由を調査した際、車の運転が好きという回答が最多でした。ちなみに、2番目が賃金一時金への魅力、3番目が束縛されないという理由です。しかし、いまは車離れが進んでいます。賃金は全産業平均を下回り、ドライバーの行動も車両に搭載されたさまざまな機器で、細かく管理されるようになりつつあります。いずれも当てはまらない状況になっていますね。


橋本:ドライバーの中には自身の仕事を底辺職だと言う人もいますが、多くは「天職」と思っているはずです。トラックが好きで、物流を支えているという静かな炎を燃やしています。スーパーなどで自ら運んだ商品を見かけた際、人々の生活を支えているという実感が湧くと話しています。

大島:やはり、ドライバーは「世の中のために」という認識が強いですよね。荷物を届けた際、「ありがとう」と言ってもらう瞬間も、そう感じるのではないですか。

橋本:そのときがうれしいとよく聞きますね。

大島:うれしいということを裏返せば、なかなか言われないということでもあります。どの仕事でも同じですが、世の中に仕事のやりがいを伝えていく取り組みがますます重要になりそうですね。

橋本:ドライバーの場合、やりがいと同時に、プライドを考えてあげることも大事です。私は現役時代、ほかにやりたかったことを捨て、やりたくない仕事をしてきた分、トラックドライバーをしていたことに、いまでもプライドがあります。

橋本:現在トラックに乗っているドライバーも、荷物を運び続けるという使命感とともに、プライドがあります。根性論ではありますが、その気持ちを汲んであげることも大切だと思います。

大島:最後にドライバーがいま置かれている状況が続けば、決して人手不足が解消されることはありません。担い手を確保するには、世の中にドライバーの仕事を理解してもらうことに加え、賃金を改善することが欠かせません。

橋本:賃金改善には、原資となる運賃・料金を適正に収受するしかないですね。

賃金改善なければ、いずれ運ぶ人がいなくなる

大島:国土交通省は今年4月、標準的な運賃を告示しました。これは原価計算を基に、ドライバーの賃金を全産業並みにするために必要な運賃を、タリフ(運賃表)で示したものです。

実勢運賃とは差がありますが、数年かけてでも目指すべき目標値だと思います。もちろん、荷主も払うものは少なく済ませたいので、簡単ではありません。しかし、賃金を上げてドライバーが集まる環境をつくらなければ、いずれ運ぶ人材が確保できなくなると言えます。

橋本:物流費の高騰は商品の値上げにつながる可能性もありますが、無駄なコストを抑えれば、影響は最小限で抑えられるのではないでしょうか。

大島:そのとおりです。無駄な保管・輸送をなくしたり、共同輸配送を推進したりするなど、サプライチェーン全体を見直すことが重要になります。運賃・料金を上げた分を仕組み全体でカバーすれば、物価への影響は最小限で済みます。


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橋本:適正運賃・料金収受に向け、各社とも取り組みを進めていますが、すべての企業の足並みが揃わないと、荷主も「だったら別の企業に」という流れになってしまいます。業界として、一致団結することが重要ですね。

大島:長い歴史を考えるといたちごっこではありますが、ドライバーの労働環境改善に取り組む企業と、そうでない企業で、人材確保でいずれ差が出ると思います。新型コロナの影響で少し状況は変わっていますが、それでもしっかりと賃金を払わなければ人が集まらないので、その分の運賃・料金を収受するという流れに変わりつつあります。荷主の理解も広がっているので、トラック運送企業も話し合いを進めてほしいと思います。

橋本:大島さんは調査、研究に携わる立場から、私はドライバーを経験した立場から本を執筆しましたが、共通点が多く、驚きました。

大島:私も驚きました。機会があれば、また一緒に何かの仕事をしたいですね。