外出自粛の影響もあり、ネットフリックスは有料会員を順調に伸ばしている(写真:編集部)

新型コロナウイルスの感染拡大で外出自粛が続く中、勢いを増しているのがアメリカの動画配信大手、ネットフリックスだ。

2020年4月21日に発表された決算発表では、全世界の有料会員数は1億8286万人超、わずか3カ月で1577万人も増加した。日本での会員数は非公表だが、2019年夏時点の約300万人から大きく伸ばしていることは確実だろう。

日本で牽引役の1つになっているのが、アニメだ。ネットフリックスが今年から始めた「今日のトップ10」。その日の人気コンテンツを並べたランキングだが、日本ではアニメ「攻殻機動隊SAC_2045」が上位にランクされる。人気アニメ「鬼滅の刃」も、ランキングの常連だ。

ただ、ネットフリックスは今になってアニメに力を入れ始めたわけではない。これまでも一貫してアニメ強化を続けているのだ。

制作会社と提携し独占配信

ネットフリックスがアニメを重視するのは、主に2つの理由がある。1つはアニメには熱心なファンがつきやすく、会員獲得の強力な武器になること。そしてもう1つが、世界に配信できるコンテンツを作りやすいことだ。

アニメなら登場人物や場所の設定に自由度があり、過去から未来まで時空を飛ぶことも容易。そのため、普遍的なストーリーを作りやすい。逆に基本ストーリーは同じでも、登場人物や場所をアレンジするだけで、その地域だけのローカルコンテンツを作ることもできる。グローバルに事業を展開するネットフリックスにとって、そのメリットは大きい。

ネットフリックスのアニメ事業は大きく2つに分類できる。配信権の購入と独自制作だ。

配信権の購入は、主にこれまで地上波テレビなどで放送された作品を購入することを指す。配信権には他の動画配信でも視聴可能な場合と、いわゆる独占配信の場合の2つがある。「鬼滅の刃」が前者の例、そして「攻殻機動隊SAC_2045」が後者の例だ。ネットフリックスは2015年の日本進出直後から、独占配信が多かった。現在では日本の有力な制作会社5社と包括提携を結び、地上波テレビでは放送されない作品の配信も増やしている。

動画配信ではここ数年、アマゾンプライムなど新規参入が相次いだ。そうした中で業界では、配信権の高騰が続いている。「誰もが知るようなメジャータイトルなら、1話5000万〜7000万円を支払うケースもある」(広告代理店幹部)。さらに昨年秋にはアメリカのウォルト・ディズニーが動画配信に本格参入し、「海外を中心に配信権の高騰は続くだろう」(同)。

そしてネットフリックスがいま力を入れているのが、アニメの独自制作だ。国内で第1弾となるのが、2020年中に公開予定の「エデン」。同作品では脚本から監督の選定、作画の手法までネットフリックスが関与した。

2020年2月には人気クリエイターとの提携を発表。「カードキャプターさくら」のCLAMPや「金田一少年の事件簿」を手がけた樹林伸氏など、有名クリエイター6名とパートナーシップを結び、オリジナル作品を制作する。

ネットフリックスでアニメ作品を統括するチーフプロデューサーの櫻井大樹氏は、「アニメ分野で制作にまで関与する”スタジオ化”は、日本だけでなく、全世界で進んでいる」と話す。「いままでの日本のアニメは関係者が多く、制作までの時間が長すぎるきらいがあった。放送後のコミック化やゲーム化なども、1社出資なら自由にできる」(同氏)。

提携するクリエイターの樹林伸氏は、発表会で、「これまではスポンサーありきだったり、テレビの放送コードなど制限があった。しかし、ネットフリックスはそれと比べて自由だ。業界を変えていってほしい」と期待を語った。

ヒットしたら制作会社の「負け」

しかし、日本のアニメ業界では、ネットフリックスに対する警戒心も根強い。ネットフリックスにアニメ作品を提供する制作会社幹部は、「作品がヒットすればネットフリックスの勝ち。ヒットしなければ私たち(制作会社)の勝ちだ」と自嘲気味に語る。

ヒットしているのに、なぜ制作会社が「負け」なのか。理由はネットフリックスとの契約体系にある。ネットフリックスがアニメの配信権を購入するときは「買い切り」となる。つまり、制作会社には購入時に一定額が支払われるが、どれだけ作品がネットフリックスで見られても、その額は変わらない。

さらにネットフリックスは、「視聴回数といった基礎的なデータすら、一切明かさない」(広告代理店幹部)。どんな視聴者がどれぐらいの時間、何時頃に見たのか。そうした視聴データは、ネットフリックスにとって最大の武器になる。視聴データをもとに視聴者にリコメンドをしたり、次の作品作りに生かせたりするからだ。逆にいえば、だからこそネットフリックスは、たとえ提携先であってもその中身を明かさない。

制作会社からすれば、「どれだけ作品が見られたかがわからないため、次回作を作るときも制作費のアップなど交渉材料がほとんどない」(制作会社幹部)。そのために作品が安く買い叩かれるおそれもある。有名アニメ番組の制作に参加する会社首脳陣の一人も、「このままではネットフリックスの下請けになってしまう」と不安を吐露する。

ネットフリックスの櫻井氏は「数字は公表できないが、『南米でウケています』とか『世界的にもいいですよ』などなんとなくの結果はお伝えするようにしている。もちろん成績が良ければ、次の予算はきちんと増額する。支払うお金をケチることで、競合にそのスタジオやクリエイターを取られるほうが損失は大きい」と話す。

もう一つ業界から不安の声として挙がるのが、グッズ化やゲーム化などの2次収益が得にくいという点だ。契約体系にもよるが、包括提携を結んでいる制作会社とネットフリックスとの契約では、ネットフリックスは独占配信権だけを購入し、2次展開については制作会社側に残ることが多い。

そもそもアニメの収益は、放送や配信よりも、グッズやゲームなど2次展開に依ることがところが多い。しかし「配信では見られる人も限られており、作品自体が話題にならなかった」(制作会社幹部)。そのため通常のアニメ作品に比べて、2次収益が限られる傾向にあるという。「配信作品単体では、『鬼滅の刃』のような大ヒット作が出にくいのかもしれない」(別の制作会社関係者)。

韓国の制作会社と包括提携

だが、そうした不満を漏らす制作会社も「ネットフリックスのクリエイティブへの理解力は凄まじい」と口をそろえる。ネットフリックスが制作に携わったTVアニメ「YASUKE」では、海外アーティストが音楽を担当した。ネットフリックスの海外ネットワークが生かされたかたちだ。日本の制作会社にとっては、共同制作でできることが広がる可能性がある。

逆に、「いつまでもネットフリックスが日本の制作会社を使ってくれるわけではない」と警鐘を鳴らすアニメ関係者もいる。「中国や韓国など海外の制作会社のクオリティは高くなっている。同じクオリティを出せるのであれば海外の制作会社でもネットフリックスにとってはいいはずだ」(アニメ業界に詳しい関係者)。

ネットフリックスは2020年1月、韓国のアニメ制作会社「スタジオ ミール」と包括的業務提携を結んだ。「同社には2年ほど前から目をつけていた」(櫻井氏)。ネットフリックを媒介にして、制作会社同士の国際競争が過熱する可能性もある。

ネットフリックスはアニメ強化へ着実に手を打っている。日本のアニメ業界における同社の存在感は、ますます高まっていくことになりそうだ。