人の意に反して体を縛り付け、自由を奪う行為は言うまでもなく犯罪だ。だが精神医療の現場では、精神保健指定医の指示のもとで「合法的な拘束」が日常的に行われている。

もちろんそれは、適切な治療を続けるために、やむを得ず一時的に行う拘束に限られる。ところが近年、「患者の管理がラク」といった医療者の都合で行う身体拘束が急増している。それだけではない。拘束が原因とみられる死亡事案も、次々と報告されているのである。

「身体拘束は体の動きがどれくらい制限されるのか」 「縛られたらどんな気持ちになるのか」――。

身体拘束の非人間性を体感するため、福祉職やピアスタッフ(福祉施設で働く疾患・障害当事者)たちが、実際に精神医療の現場で使われているマグネット式拘束具で縛られてみる「身体拘束体験会」が、2020年1月26日、横浜市で開かれた。

回復した精神疾患患者らがつくる横浜ピアスタッフ協会の主催で、50人弱の定員はすぐに埋まった。精神科医や看護師が体調管理のため付き添う中、希望者が順番にベッドに横たわり、手足や胴体を縛られていった。

身体拘束は10年で2倍に

精神科での身体拘束の急増は、私が2016年にスクープした新聞記事「患者拘束1日1万人 10年間で2倍に」(2016年4月8日、読売新聞朝刊)で広く知られるようになった。この集計の元となった調査は身体拘束の定義があいまいで、詳細に調べると拘束数は更に膨れ上がる可能性があった。

そこで、国の研究班が調査を始めたのだが、日本精神科病院協会などの抗議で頓挫。現在行われている1年ごとの集計も十分な精度があるとはいえないが、2018年度の調査日(6月30日)には、身体拘束数は1万1362人(精神保健指定医が身体拘束の指示を出した数)にのぼった。

身体拘束体験会では、「精神科医療の身体拘束を考える会」を立ち上げた杏林大学教授の長谷川利夫さんの講演と並行して、同じ会場内に精神科医と看護師の協力による体験コーナーが設けられた。

精神科病院関係者には、患者の身体拘束に肯定的な者も少なくない。しかし体験者たちの感想は、医療者の見解とは明らかに異なるものとなった。

何か月も縛られるなんて…

最初に体験したのは、横浜市内の地域活動支援センターで施設長を務める中村麻美さん(38)。肩の固定は行わず、手足と胴体の固定に留めた身体拘束を30分間受けた。

この状態だと、腹筋などの力で上半身を起こすことができ、上半身を左右に少しねじることも可能だ。だが、手足が固定されているので十分な寝返りは打てず、すぐに仰向けの状態に戻るしかない。

手足と腰の身体拘束を体験する地域生活支援センター施設長の中村麻美さん

肩の拘束が無くても、寝返りを十分に打つことはできない。上半身を無理な姿勢でねじることになり、体の負担が大きい。

体験を終えた中村さんはこう語った。

「30分が本当に長いと思いました。この体験会ではお医者さんも看護師さんも、参加者のみなさんも近くにいてくれるのですが、それでも『自分の存在を忘れられているんじゃないか』というような疑心暗鬼にとらわれました。

身体的につらいと感じたのは、私はもともと冷え性なのですが、普段と比べて考えられないほど足が冷えたということです。手はわりと動かせるのですが、足は少し開いた状態からほとんど動かせません。

最初に精神科の先生から『エコノミークラス症候群を防ぐために、頻繁に足首を動かしてくださいね』と言われました。初めはピンとこなかったのですが、時間が経つにつれて足がどんどん冷えてきて、これはまずいなと思って、足首を必死に動かすようにしました。でも、終わった今でも足の冷えが続いています。何日も何か月もこんなふうに拘束されるなんて、想像すらしたくありません。

今回は30分で終わると知っているし、私は希望して受けていますが、それでもこんなに苦痛なのです。これを患者さんは意に反して受けて、いつ終わるかもわからない。縛られているうちに、『自分はひどく悪いことをしたのではないか』とか、『悪いことをしたからこんな状況に置かれているのではないか』と、自分を責める気持ちがすごく高まるのを感じました。患者さんをそういう状態に追い込むと、精神疾患はますます悪化するのではないでしょうか」

なぜか沸いてくる「罪悪感」

続いて、双極性障害から回復し、今は患者支援のピア活動を熱心に続ける横浜ピアスタッフ協会副会長の野間慎太郎さん(38)が、30分間の身体拘束を体験した。野間さんは治療中に身体拘束を受けたことはなく、これが拘束初体験となった。

「拘束されて2、3分もすると、体を無性に動かしたくなり、思わず上半身をねじったり、拘束を外そうとしたりしました。不自然な動きを強いられるので、拘束を外してもらった後も体のあちこちが痛いです。身体拘束は治療の一環などではなく、心身へダメージを与えるものでしかないことがよくわかりました。

中村さんも先ほど言っていましたが、縛られていると罪悪感が沸き上がってきます。今は犯罪を犯した人ですら、刑務所で体全体を縛られることはないのに。 実際の患者さんの場合、いつまで拘束が続くのか分からないわけですから、とてつもない恐怖に襲われるでしょう。だから当然、体を必死に動かして抵抗したり、大声を上げたりします。それが普通の反応です。

会場の後方で身体拘束を体験したピアスタッフの野間慎太郎さん。悪い事をしていないのに「罪人のような気持ちになった」と語る

しかし多くの精神科病院では、それを『不穏状態』だと解釈して拘束をさらにキツくしたり、薬の量を増やして眠らせたりする。縛られたら逃げたくなるという人間として当たり前の感情を、あらゆる手段で抑え込もうとするのです。

こんなものを治療の一環だと言っているドクターは、自分も一度縛られてみた方がいい。長時間の身体拘束を体験してもらったあとに、『それでもあなたは患者を縛りますか』と聞いてみたいですね」

実際の身体拘束では、体験会では再現できない苦痛も加わる。身体拘束中はトイレに行けないため、強制的にオムツをはかされたり、導尿されたりするのだ。私はこれまで、数多くの身体拘束体験者を取材したが、特に若い女性の患者には、オムツや導尿の強制によって心に深い傷を負った人も少なくなかった。

精神科の身体拘束は、常に人権侵害の危険をはらんでいる。だからこそ海外では、身体拘束を全廃したり、拘束の時間を数時間に限定したりする取り組みが拡大している。日本でも、身体拘束を極力行わない病院が出てきたが、まだ一部に留まっている。

報道に対する「圧力」

過度の身体拘束が生じる原因として、精神科特有の「看護師不足」を指摘する声がある。精神病床での看護師の配置人数は、一般病床よりも少なく設定されているため、精神科病院は慢性的な人手不足なのだ。

精神科看護師の苦労は理解できる。だが、それを理由に拘束を肯定するのは筋違いだ。「忙しいから縛る」「人手が足りないから縛る」という理屈は通用しない。

拙著『なぜ、日本の精神医療は暴走するのか』(講談社)では、身体拘束の原則廃止を先駆的に実現した民間精神科病院の実践例や、身体拘束による深刻な被害なども詳しく報告しているので、参考にしていただきたい。

身体拘束の問題は、ここ数年で多くのメディアが取り上げるようになった。しかしこうした動きに対して、民間精神科病院を中心とした約1200病院で構成される日本精神科病院協会が、圧力をかける問題も起こってきた。

2019年9月1日、読売新聞大阪本社版に「身体拘束 突然死の危険 3年で40人以上」という記事が掲載された。死亡する前に精神科で身体拘束されていた人たちのうち、司法解剖の結果などから、拘束との「因果関係がある」、あるいは「因果関係が否定できない」と判断された事案について、全国の警察本部を取材し、警視庁を除く46道府県警から回答を得た調査報道だった。

結果として、2016年1月から2018年11月の約3年間で、これに該当する死亡者は計47人に上ることがわかったという。全国で少なくとも47人が、精神科での身体拘束の影響で死亡した可能性があることを意味している。

この記事に対して、日本精神科病院協会は読売新聞大阪本社に抗議文を送った。同協会が特に問題視したのは、身体拘束のイメージ写真として、重度の身体拘束(手足、腰に加え、肩も拘束した身体拘束)の再現場面を使っていたことだった。抗議文にはこうある。

「通常は、より軽度の部分的拘束がなされているケースが多く、患者には相当程度の可動域が確保されております。しかし、今回のように極端な拘束の写真を掲載することにより、精神科医療ではこのような拘束を日常的に行っており、また、精神科の患者はこうした重度の拘束を要する危険な存在であるかのような印象を与えかねず、精神障害者と精神科医療従事者に対する偏見を助長し、その意味で精神科患者を冒涜するものです。延いては、国民全体のメンタルヘルスの推進を大きく阻害する惧れがあります」(原文ママ)

しかし、この抗議文が指摘している「相当程度の可動域」は、拘束された患者にとっては無きに等しいものであることが、前述した体験談からもお分かりだろう。読売新聞大阪本社の取材にも協力した前出の杏林大学教授・長谷川利夫さんは、次のように語る。

「そもそも、片手をベッドに括り付けられただけでも、それは身体拘束なのです。移動の自由を完全に奪われるわけですから。『可動域が確保されている』といったことは身体拘束を正当化するものではありません。救いを求めて入院する人たちを安易に縛ること自体が、看過できない大問題なのです」

患者たちは声を上げ始めた

抗議文にある「精神障害者に対する偏見を助長」「精神科患者を冒涜」という言い草も、精神医療関係者の常套句として頻繁に使われてきたものだ。彼らは、自分たちが不適切な医療行為などで患者を追い込んでいることは棚に上げ、あたかも患者の側に立つ誠実な代弁者であるかのように装って、現実を伝える報道に圧力をかけてくるのだ。

私がかつて新聞記者として、多剤大量処方やベンゾジアゼピンの漫然処方について批判的な記事を書き続けた時には、多量の薬に頼るしかない技術不足の精神科医たちが「患者を著しく不安にさせる記事だ。患者や家族が非常に困っているので訂正せよ!」と抗議を寄せた。しかし国がその後、向精神薬の処方剤数に厳しい制限をかけたことをみれば、どちらが正しかったのか、おのずと明らかだろう。

日本精神科病院協会は抗議文で、この写真のせいで精神疾患患者が「危険な存在」だと誤解される、とも指摘した。だが、暴れてもいない精神疾患患者までも「危険な存在」「面倒な存在」とみて、安易な身体拘束を行なってきたのは誰なのか。身体拘束数を必要以上に増やして、偏見を助長してきたのは誰なのか。

今回の身体拘束体験会で、長谷川さんから抗議文の内容を聞いた参加者たちは、「我々をダシに使わないで欲しい」「患者を追い込んでいるのは精神科病院ではないのか」「この抗議自体に抗議したい」などの声を上げた。

ブラック精神科医たちの言い分がまかり通って来たのは、患者の声が著しく小さかったためだ。だが、昨年12月15日掲載の記事で横浜の動きを紹介したように、各地で患者たちが少しずつ立ち上がり始めた。

患者の声を受けて、精神医療が確実に変わっていくことを願っている。