大人気アニメ「アンパンマン」は、主人公のアンパンマンが、悪さをするバイキンマンを「アンパンチ」でやっつけますが、この場面を見た乳幼児が「暴力的になる」と心配する親の声がネット上で見られます。アンパンチでバイキンマンをやっつけ、「めでたしめでたし」とする話の流れが、「暴力で物事を解決すること」をよしとする考えを植え付けないかという意見です。逆に「全く影響ない」とする声もあります。

 アンパンチがバイキンマンをやっつける描写など、子ども向け番組の「暴力シーン」は、乳幼児に何らかの悪影響を与えるのでしょうか。メディアの暴力描写が子どもに与える影響に詳しい、創価大学文学部の渋谷明子教授に聞きました。

好きであるほど同一視しやすい

Q.そもそも、乳幼児がテレビ描写から受ける影響は大きいのでしょうか。具体的にどのような影響がありますか。

渋谷さん「乳幼児はテレビに限らず、見たものを模倣し学習していきます。お父さんやお母さんの言葉・行動、周囲の人の言動、テレビのキャラクターの言葉・行動なども含まれます。例えば、ダンスやトレーニングの映像を乳幼児が見て、その映像をまねている動画を見る機会があると思います。興味を抱けば、それが教育的によいか悪いかに関係なく、子どもたちはまねをするでしょう」

Q.アンパンマンが「アンパンチ」でバイキンマンをやっつける描写は、乳幼児に悪影響を与える可能性がありますか。

渋谷さん「可能性はあると思います。アンパンマンを好きであれば好きであるほど、主人公を自己同一視しやすく、影響を受けやすいでしょう。アンパンマンに限らず、たたいたり殴ったりするキャラクターのまねをする可能性はあります。

そうしたシーンから、『暴力が問題解決のための有効な手段』だと学習してしまう可能性もあります。メディアの暴力シーンに関する実験研究で、『復讐(ふくしゅう)、悪漢を倒すなどの動機がある』として暴力が正当化された映像を視聴した場合、『暴力が社会的に許容される』と教わることになり、暴力を学習しやすいことを示した研究があります。

ただし、アンパンマンには、バイキンマンをやっつけるシーン以外にもたくさんのシーンがあります。例えば、困っているキャラクターに声をかけて話を聞いてあげたり、慰めてあげたりするシーンもあります。そのようなシーンからは、優しいアンパンマンがみんなに好かれているということも、同時に学習するでしょう」

Q.「バイキンマンをやっつけるシーンが悪影響というのは、勝手な思い込みではないか」という親の声もあります。

渋谷さん「ご両親が、アンパンマンがバイキンマンをやっつける描写を心配することは必要だと思います。ただ、アニメやドラマなどでは、ストーリーを分かりやすくするために、たたいたり殴ったりするシーンが現実よりも多く描かれる傾向があることも理解する必要があります。特に、幼児向けの番組では分かりやすさが重要なため、言葉より行動で示す必要があり、行動で示す描写が多く描かれています。

お子さんの様子を観察しながら、よほど心配であれば、見せないことも一つの選択肢だとは思います」

たたく行動が増えたらどうする?

Q.わが子が、何か気に入らないことがあったときに「アンパンチ」と言って解決させようとする態度を見せたら、どのように言い聞かせたらよいですか。

渋谷さん「お子さんの行動を観察して、親や友達をたたく行動が増えるようなら、きちんと注意しましょう。年齢にもよりますが、例えば、『○○さんはバイキンマンではないから、たたいたらダメだよ』『××ちゃんも、いけないことをして、たたかれたら痛いよね。バイキンマンも同じ気持ちかもしれないね』などと話すことで、たたいたり殴ったりする行動が減るかもしれません。

それでも変わらないようなら、『アンパンマンを見るとアンパンチをするから、もう見せたくない』と説明することも大事だと思います。お子さんは見たいとせがむかもしれませんが、『アンパンチをみんなにするから、見せたくないんだよ』と一貫性のある態度で臨めば、お子さんにも伝わると思います。

また、単なるごっこ遊びであれば、それほど心配しなくてもよいかと思います。いつもアンパンマンの役ではなく、バイキンマンにもなることで、『たたかれると痛い』『たたかれると嫌な気持ちになる』ことも学ぶことができます。そうなると、本気ではたたかずに、たたいたしぐさだけをするようになると思います」

Q.アンパンマン以外にも、男の子向けテレビ番組では、ヒーローもの、戦隊もので戦うシーンが出てきます。女の子向けの番組にも、戦いのシーンがあるものもあります。乳幼児には、あまり見せない方がよいのでしょうか。

渋谷さん「乳幼児の頃は、テレビの中にキャラクターがいると思っているようで、テレビの世界を現実だと思ってしまいます。私も、娘が小さい時に聞いてみましたが、『そこにいる』と答えました。試しにお子さんに聞いてみてください。小学生になると、少しずつ現実ではないと思うようになっていきますが、やはりテレビ番組などのメディアから受ける影響が少なくないと思います。

こうすればよいという明確な解決法はなく、難しい問題ですが、テレビ番組やゲームソフトの話が子どもたちの話題や遊びの中心になることもあるので、私自身は、そのような番組を一切見せないよりは一緒に見ながら、さまざまなことを教えていった方がよいと思います」

Q.これらの番組を見せたとして、テレビの世界と現実とは違うことを分からせるために、親ができることは何ですか。

渋谷さん「例えば、大勢で怪獣をやっつけているシーンの後で、『大勢でたたいていて、何だかかわいそうだね』と、たたかれている怪獣の立場になって話しかけることも一つです。あるいは、『アニメでは、車にひかれるとぺっちゃんこになっても元に戻るけど、本当は車にひかれると死んじゃうから、車には十分気を付けてね』といったように、アニメと現実の違いを教えることもできます。

子どもがテレビを真剣に見ているときに話すと怒るかもしれないので、コマーシャル時や見終わった後に話をするとよいでしょう」