この6月、日本テレビ系の番組『ザ!鉄腕!DASH!!』で、アイドルグループTOKIOのメンバーたちに農業、家畜の飼育、大工仕事などを指導していた三瓶明雄さんが亡くなられた。若者に伝えられる知恵をたくさん持ち、80歳を過ぎても、農業に情熱を持ちつづけた明雄さんの生き方は、農業に縁のない僕が見ても憧れる。ご冥福をお祈りする。

今回取り上げる「Beekman 1802」は、DASH村にちょっと似た趣があるECサイトだ。このサイトの歴史は、マンハッタンで働いていたゲイのカップルが、ニューヨーク市から車で3時間半の距離にある農場を、都会の喧騒を逃れて週末を過ごす場として2007年に購入したことから始まる。

2014年現在、彼らはヤギ80頭、豚2匹、鶏数十羽を飼う、本格的な農場経営者へと成長。農作業と並行して、ECサイトで、食、美容、ファッション、ガーデニング、インテリアなど、彼らのライフスタイルから誕生した商品を販売している。農場で取れた野菜を使った料理のレシピ本も発売し、ライフスタイルの提唱者という肩書きで紹介されることも増えた。

農場を維持するための2人の奮闘ぶりは、ケーブルテレビ局でリアリティ番組『The Fabulous Beekman Boys』として全米に放映された。

農場を購入後に訪れた思わぬ事態

Beekman 1802の創設者は、Brent Ridge(写真左、以下リッジ)氏とJosh Kilmer-Purcell(写真右、以下キルマーパーセル)氏。2人は2000年にニューヨークで出会い、人生を共にするパートナーになる。

医師であるリッジ氏は、2004年、建築家と協力して、マウントサイナイ医学校の構内に高齢者センターを設計していた。このとき、インサイダー取引を行った罪で服役中だったライフスタイルのコーディネーター、マーサ・スチュワート氏に宛てて、寄付を求める手紙を送ったことが縁となり、後にスチュワート氏が創設したメディア企業Martha Stewart Living Omnimedia社の健康を専門とするHealthy Living部の部長になる。

キルマーパーセル氏は広告会社の幹部兼作家。「ドラッグクイーン」としてパフォーマンスをしていた時代の思い出をもとに執筆した作品はThe New York Times紙のベストセラーリスト入りを果たしている。

2006年9月、2人はニューヨーク郊外にドライブに出かけ、かつて温泉地として栄えたシャロン・スプリングスで美術館のような白い建物に遭遇する。それは1802〜1804年にかけて建造された「Beekman Mansion」と呼ばれるウェディングケーキ型の邸宅だった。

この邸宅が納屋と農地付きで売りに出されていることを知った2人は、翌年3月にローンを組んで購入し、週末をここで過ごし、素朴な暮らしを楽しむようになる。

2人には、マンハッタンのコンドミニアムの屋上で野菜を育てる程度のガーデニング経験しかなかったが、土を耕し、野菜を植え、オーガニック農法に挑戦した。

ところが2008年、景気が悪化。2人はほぼ同時に職を解雇される。リッジ氏はこの農場に居を移し、キルマーパーセル氏は都会に残って、週末に通うパターンを続けながら、差し押さえを防ぐために、農場から収益をあげる道を探った。

ちょうどこの頃、農場を共同で経営していたパートナーと別れた近所の農夫John Hall氏が、彼のヤギ60頭を連れて、2人の農場に加わり、彼らはヤギの乳から石鹸を製造するようになる。

リッジ氏は解雇された後も、マーサ・スチュワート氏とは交友関係を維持していた。出来上がった石鹸を彼女に贈ってみたところ、スチュワート氏はハンドメイドで無香料、ケミカルフリーという点を非常に気に入り、彼女のテレビ番組で紹介してくれた。

趣味の良さで知られるスチュワート氏の推薦があれば、顧客は購入してくれると確信した2人は、ECサイトを開設し、「Beekman 1802」という商品名でこの石鹸の販売を開始する。

次いで、彼らはヤギの乳からのチーズ作りに挑戦。実験を繰り返し、ヤギの乳60%に牛の乳40%という理想の配合にたどり着く。これもスチュワート氏のお眼鏡にかなうよう、味だけでなく、見た目も美しい商品にすることを心がけ、やがて満足のいく製品が完成。ECサイトに加えた。

農園では、有機農法でリンゴや豆、ピーマン、人参などの野菜や果物を栽培。

近所の農家の人々も農業指導に訪れるようになり、2人を中心に地域の結束が高まっていった。

町の人たちの好意に応えるため、2人はECサイトで地域の農産物やハンドメイド製品も扱うようになる。

都会暮らしになれた大人の男2人が、地域の人々を巻き込んで、農業を始めたという実話に、テレビ局が注目し、彼らの生活をリアリティ番組として放映したことから、彼らは「ファビュラス・ビークマン・ボーイズ」として知られるようになり、サイトの集客力も増加した。

彼らのようなライフスタイルに魅力を感じる人たちが増えたため、2人は邸宅の中を公開するツアーを開催したり、農業体験を希望する人たちをインターンとして迎える企画も始めた。

農場での生活を伝えるブログ

同サイトのブログでは、「フード&ワイン」「ガーデニング」「インテリア」「動物」などのテーマ別に記事が投稿されている。また、農産物から作った料理のレシピや最近の出来事も頻繁に報告される。

ブログからは、納屋にいるヤギたちのライブ映像もチェックできる。子ヤギに囲まれた中で、ビークマン・ボーイズの面々がライブショーを開き、視聴者の質問に答えたこともある。

こうした様子を見ていると、DASH村と同じく、この農場に共感を覚え、自然と応援する気持ちが芽生えてくる。

売っているのはただのモノではなく、「ライフスタイル」

2人がレシピ本を発売した際、NASDAQはそれを記念して、2人に開幕ベルを押す役を依頼した。

このとき、NASDAQでは、Beekman 1802を「米国でもっとも速やかに成長しているライフスタイルのブランドの1つ」と紹介した。

なるほど言われてみれば、同サイトが売っているのは、確かに「ライフスタイル」だ。

米国には、ファーマーズマーケットやフリーマーケットなど、農産物や手作りのお菓子やジャム、手工芸品などが手に入る場所は他にもたくさんあるが、Beekman 1802は商品をただ売っているのではなく、商品の裏にある彼らの「ライフスタイル」も一緒に顧客に伝えているからだ。

日本でも、近年、ファッション業界で、服をただ売るだけでなく「ライフスタイル」全般を提案するタイプのショップが増加してきたと報告されているが、ライフスタイルを提案するならば、豊富なコンテンツを提供できるECサイトの方が実店舗よりも向いているのではないだろうか? 今後、日本のeコマース界からも魅力的なライフスタイルブランドが登場することを期待しよう。

著者プロフィール
尼口友厚 株式会社ネットコンシェルジェ 代表取締役社長
国内第一線のウェブコンサルティング会社(株)キノトロープで大手通販コスメ会社(現在は上場)のeコマース支援を行う。その後同社の支援を得てeコマース専門のプロデュース会社(株)ネットコンシェルジェを設立。2003年の設立以来、年商○00億円を超える超大手サイトから、スタートアップ企業のeコマース立ち上げまで、その実績は約8年間で125社に上る。