ひげ剃りをサブスクリプションサービスで提供しているDollar Shave Clubは、プロモーション動画をYouTubeで公開したところ、ウイルスのような勢いで拡散する「バイラルCM」となり、2日間で1万2000人の新規顧客を獲得した。テレビCMを打つ予算がない企業でも、ソーシャルメディアを効果的に活用することでクチコミを広げ、顧客を獲得できる時代になったことを示す象徴的な事例だ。

とは言え、宣伝媒体としてのテレビの力は依然として無視できない。

プラスサイズ専門ファッションのECサイト「Lane Bryant」は、2010年春、新しいランジェリーのシリーズを発売するにあたり、テレビCMを活用することに決めた。

ところがこのCMは正規のスポンサーとして料金を支払ったテレビ番組よりも、むしろスポンサーになっていないところで大々的に取り上げられ、顧客層が拡大するという珍現象を引き起こした。

100年前からのニッチ市場のパイオニア

米国人に肥満が多いことはいまや否定しようのない事実である。女性人口の相当な割合がプラスサイズに分類されるはずなのに、彼女たちのためのファッションはメインストリームではなくニッチ扱いだ。

Lane Bryantはそんな米国のファッション業界にあって、プラスサイズの女性の需要にずっと対応しつづけてきた稀少ブランドである。このブランドの歴史は、リトアニアから米国に移民したユダヤ系女性が、長男を出産後まもなくして未亡人となり、生活を支える手段として、婦人服の仕立て屋を開いた1904年にはじまる。

あるとき、妊娠中の女性顧客から「公の場に出席するのにふさわしく、しかも着ていて楽な服をデザインしてほしい」という注文を受け、それに応えて、ウエストに伸縮性のあるゴムを入れたアコーディオンプリーツのドレスを縫い上げた。

その服が巷で大評判となり、以降、妊婦のための洋服や下着に力を入れるようになる。

早くも1911年に通信販売を開始し、1917年に売上100万ドル(約1億円)を突破。その後も次々と先進的なアイデアを導入していき、プラスサイズのファッションを幅広く扱う現在のECサイトへとつながった。

そしてさらなる成長を目指し、Lane BryantはテレビCM放映に乗り出す。

米国テレビ界と「胸の谷間」

「プラスサイズの女性用ランジェリー」は、現代のファッション業界において日陰者的扱いを受けている。

たとえば米国最大のランジェリーブランドVictoria's Secretが毎年開いているファッションショーで、スポットライトを浴びてランウェイを歩くのは長身で細身の女性たちばかりで、プラスサイズのモデルは1人も登場しない。

2004年のスーパー・ボールのハーフタイムショーでジャネット・ジャクソンが胸を露出させる「放送事故」を起こしたときには、全米から抗議が殺到し、裁判沙汰になるほど大騒ぎしていたはずだが、下着姿の女性ばかりが登場するこのVictoria's Secretのファッションショーは、4大ネットワークの1つによって、プライムタイムにテレビ放映されている。

しかも、このショーは同じ時間帯に放映された番組の中で最高視聴率を獲得するほどの人気だという。ご覧のように、モデルたちのプロポーションが日常生活で出会う一般の女性たちの平均的な体形からかけ離れていて、現実感や生々しさが乏しく、ファンタジーのような感覚で見ていられることが、お茶の間にも受け入れられている秘訣のようだ。

一方、歌手のケイティ・ペリーが幼児番組の『セサミ・ストリート』にゲスト出演したときは、胸の谷間が目立つドレスを着ていたため、「子供番組であんなに胸を露出する必要があるのか!」という抗議が殺到し、テレビ局が正式な放映を自粛する事態に発展した。

社会にこうしたある種のタブー意識が存在しているため、米国のテレビ局は女性の「胸の谷間」の見せ方と見せる時間帯には、かなり神経を尖らせている。

そんな事情がある中、Lane Bryantが作ったCMは、モデルの女性の胸の谷間を「どうだ!」と言わんばかりに見せつけている。

しかも、この女性はこれから昼下がりの情事に出かけるところという設定らしい。

このCMを午後8時台の番組の途中で放映してほしいとLane Bryantから依頼された全米ネットワーク局のFOXとABCは、CMの内容をチェックして、放映に難色を示した。性的な暗示のあるCMを、子供も見ている番組の途中で放映したくないという局の言い分は、本来ならば、視聴者から支持されてもおかしくないはずだった。

ところが、米国の世論はテレビ局の態度を批判し、Lane BryantのCMの応援に回ったのである。

世論の支持を作り出す基盤となったコミュニティページ

Lane Bryantのサイトでは、この2年前にコミュニティページ「INSIDE CURVE」を開き、プラスサイズの女性のためのファッションやライフスタイルに関係する記事を定期的に投稿し、2010年の時点で、約3万人の熱心なファンを獲得していた。

2010年4月21日、このコミュニティページに「FOXとABCが視聴者に見せたがらなかったランジェリーのコマーシャル」というタイトルの377文字の記事が投稿される。

この記事の主張はざっと次のようなものだ。

「Lane BryantはFOXの番組『American Idol』とABCの番組『Dancing with the Stars』のスポンサーとなり、この2つの局にCMの放映を依頼しました。

ところが、FOXはCMに大幅な編集を加えるよう要求してきたのです。当社がそれに応じず、スポンサーを降板すると脅した結果、FOXは番組の最後の10分の時間スロットで放映することをしぶしぶ認めました。ABCも番組の最後の時間スロット以外では、このCMは放映できないと伝えてきました。

視聴者に向かって何度もお尻を丸出しにしているアニメ『シンプソンズ』や、同じ町内の男性たちに次々と色仕掛けで迫るほどデスパレートな妻たちを描いたドラマをプライムタイムに放映しているテレビ局が、当社のCMを卑猥と言うとは驚きです。

当社のCMは、ランジェリーのCMで一般に起用されるスキニーなモデルたちよりも、世界に見せられるものをより豊かに備えた女性の官能美を表現したもので、セクシーですが、卑猥ではありません。

Victria's Secretには午後9時から午後10時のどの時間でもCMの放送を許可しているのに、Lane BryantのCMは番組の最後の10分でなければ放映できない正当な理由がどこにあるのでしょう?

YouTubeに問題のCMをアップしました。皆さん、ご自分の目でこのCMを見て、この件について、Lane Bryantとテレビ局のどちらを支持するか選び、この記事をどんどんシェアしてください

この記事にはその日の夕方までに、198人が「いいね!」をクリックし、54のコメントがついた。マーケティングや広告をテーマとしたオンラインメディアAdWeekがこの件を取り上げ、「メディア戦争勃発」と報じた。

翌日になると、この話題の注目度はさらに高まり、twitterや各種のブログ、ラジオ番組を通じて、どんどん拡散し、Lane Bryantを支持する声が増えていった。

The New York Post紙は、4月22日の記事で、「もしLane Bryant社がFOXの提案を受け入れて、CMを編集していたら、モデルの顔以外はほとんど何も映せなかっただろう」と、Lane Bryant側の主張に味方している。

YouTubeにアップしたCM動画の再生回数は3日間で200万回を突破し、この週と翌週には、Visible Measuresというサイトが毎週発表している「世界でもっとも多く再生されたCM」のランキングで1位を獲得した。

さまざまなテレビ番組でもこの話題が取り上げられ、その度にこのCMが番組内で再生され、視聴者の目に触れた。

マーケティングの専門家Eve Mayer Orsburn氏によれば、このCMを放映したテレビ番組の数は300にのぼる。それだけの放映時間を正式にスポンサー料を払って購入すれば、4000万ドル(約40億円)に相当するが、Lane BryantがCMに投資した金額は、その8分の1の約500万ドル(約5億円)だった。

Lane Bryantは爆発的な知名度の上昇に乗じて、「40%のディスカウントクーポン」をECサイトに提示し、さらに集客力と売上のアップにつなげた。

顧客を味方につけると、テレビ局にも勝てる。

Lane BryantはFOXとABCがCMの放映に条件をつけたことに対して怒りの声明を発表したが、もしテレビ局側がLane Bryantの要求を最初から受け入れて、問題のCMをそのまま放映していたら、視聴者からはLane Bryantに対してきっと反発も寄せられていたことだろう。

それが「テレビ局に放映を拒否された」ことで、より多くの視聴者の目に届き、同ブランドの好感度が上がる結果につながったことは間違いない。

Lane Bryantが、今回のプロモーションを初めから戦略的に行っていたかどうかは分からない。いずれにしても世論の支持を得られたのは、このずっと以前から、同サイトがプラスサイズの女性たちの要望に熱心に耳を傾け、その要望に応えてきた実績があったからだ。サポートを求めれば、すぐに応えて行動を起こしてくれる顧客コミュニティを構築していたことが、今回の成功につながったのだろう。

この事例では、情報発信と情報操作、世論誘導に長けているはずのテレビ局が、YouTube動画やtwitterなどと連携を取って発信された377文字のブログ記事にあっさり敗北した。それも注目に値する。

話は変わるが、今年5月、化粧品サンプルのECサイトBirchboxが、テレビCMを初めてロンチしたことが話題になった。会員数1000万人を誇る子供服のプライベート・セール・サイトZulilyも昨年からテレビCMに投資している。ECサイトがより多くの消費者にリーチする目的でテレビCMを打つ動きは今後も活発化していきそうだ。