このブログで僕が紹介してきたECサイトの多くは、隠れた需要がありながらそれを提供するサービスがないというスキマに着目することで、オンリーワンの価値を提供することに成功したものだった。しかし、いったん需要が掘り起こされた後には、ほぼ間違いなく競争が巻き起こる。
その分野に先鞭をつけた「元祖」ECサイトは後発組の追い上げに直面するし、後発各社もシェアを奪おうとあの手この手をしかけてくる。ひらめいたビジネスアイデアをECサイトに結実させるまでの苦労は確かに大きいが、商売人としての戦いはむしろその後にこそ本格化すると言ってもよい。
ヘアカラーも、隠れた需要が放置されていたジャンルだった。美容院で高いお金を払って染めてもらうか、安い市販品で妥協するかの二者択一しかなかったこの分野に、顧客の髪色に合わせたオーダーメイドのカラーを比較的安価に提供することで人気を集めた「eSalon」を以前に紹介した。
その「元祖」を猛烈に追い上げている「Madison Reed」を、今回は紹介しよう。2013年にサンフランシスコでロンチし、すでに1600万ドル(約16億円)もの投資を受けている。先行のeSalonよりも一層上の高級感と、行き届いたサービスを売りにするこのサービスから、僕たちは何を学ぶことができるだろうか。
ヘアカラーは年商150億ドルの巨大マーケット
Madison Reedの共同創業者兼CEOはAmy Errett(以下、エレット)氏。ペンシルベニア大学で経営学の修士号を取得し、ビジネスでもバンカーズ・トラスト銀行を皮切りに、金融・マーケティング・投資などの業界で経営陣やCEOを歴任してきた。
そのエレット氏を中心に4人の投資家が共同で2013年に創立したのがMadison Reedだ。共同創業者の顔ぶれからはっきりしているのは、これが主婦や美容師が日常の体験からニーズに着目して起ち上げたECサイトではなく、最初からビジネスを意識して設立した企業であることだ。
同氏は創業直後のインタビューでも、「イノベーションが皆無だったヘアカラー業界には、大きなビジネスチャンスが眠っていると確信しました」と語っている。先行のeSalonへの彼女の言及は見当たらないが、市場の大きさからしてeSalonと同じしくみで競争できると考えたようだ。
米国のヘアケア市場は年商480億ドル(約4兆8000億円)、毛染め需要だけでも年商は150億ドル(1兆5000億円)に及び、4000万人以上もの女性が自宅で髪を染めている。そして自宅用のヘアカラー商品だけで年商3〜4億ドル(約300〜400億円)の規模になる。それだけの巨大市場なのだ。
eSalonの記事でも触れているが、ヘアサロンでカラーリングをしてもらうと30〜150ドル(約3000円〜1万5000円)の料金がかかるし、料金以外にも15%以上のチップを支払わなければならない。
スーパーやドラッグストアで売っている市販品なら4〜10ドル(約400円〜1000円)ほどで済むが、米国は移民国家。多種多様な民族の髪色に合うカラーをすべて店頭に用意することは難しく、期待した色に染まらなかったり、ムラができたり、髪が傷んだりといった不満が起きやすい。
Madison Reedはこうした、「自宅で毛染めができる、高品質なヘアカラーがあったら」という、ヘアサロンと市販品のスキマの宙ぶらりんで満たされていなかったニーズに着目して2010年に正式にロンチしている。
2013年9月までに50万セットほどが売れ、facebookの「いいね」も11万件、レビューも平均9.4点と評価も上々だ。
先行のeSalonを下敷きに、ひとまわり上のサービスで差別化をはかる
Madison Reedが狙う客層はeSalonと同じで、ヘアサロン代は節約したいが安っぽい市販品では満足できないという女性たち。市販品が自分の髪に合わないのでオーダーメイドしたい。それをほどほどの価格で提供するのがポイントだ。
それでは、Madison Reedの具体的な使い方を紹介しよう。
トップページの「Find Your Color」から、髪質、白髪の割合、毛染めをしているか/その頻度、髪の色などの質問項目を埋めることで、パーソナルデータが作成される。
僕が同年代の女性を想定して試してみたところ、上の2色をおすすめされた。また「Color Translator」というボタンを押すと、現在使っているヘアカラーを元に最適の色を教えてもらえるし、専属のカラーアドバイザーにチャットや電話で相談することもできる。
ここまでのやり方は、先行のeSalonとほとんど同じだ。模倣と言っても過言ではない。では、どこでMadison Reedは差をつけようとしているのだろうか?
(左写真がeSalonのカラー、右写真はMadison Reedのセット)歴然と差があるのは商品価格だ。eSalonのヘアカラーは、顧客の髪色に合わせてオーダーごとに調合されたものが19.95ドル(約1995円)。一方Madison Reedは、27色から顧客が選んだ1色を元にしたセットが29.95ドル(約2995円)。後者の方が10ドル高い。
Madison Reedの方が高い理由のひとつは、カラークリーム以外にも必要な一式が詰め合わされていることだ。ヘアカラーが皮膚につかないように生え際に沿って塗るバリアクリームや、専用のシャンプー&コンディショナーなどがついてくる。
もうひとつの理由は、Madison Reedのヘアカラーがすべてイタリアで手作りされているということだ。アンモニアやレジンシノールを含有しないので特有のツンとくるにおいがしないし、ケラチン、アルガンオイル、朝鮮人参抽出物などの美容成分を含んでいる。
eSalonもビタミンB、ケラチン、大豆プロテイン、アロエ、カモミール、小麦タンパク質などの美容成分を配合していると謳っているが、アンモニア・フリーとは書いていない。そこから察するに、Madison Reedの方が上等な素材を使っていると考えてもよさそうだ。
また、eSalonの色のパターンが2000色あるのに対してMadison Reedは27色しかないが、その27色はあらゆる髪質のモデルを対象に2000回のテストを行い、3種類の光の条件に照らして選び抜いたものだという。
さらに、eSalonはオーダーごとにヘアカラーを調合してボトル詰めしたものを発送することを売りにしているが、Madison Reedではさらに進んで、顧客が開封したその場で混ぜ合わせるようにしている。種類が27色しかないことを逆手にとって、フレッシュさを売りにしているわけだ。
ここまで見てきてわかるのは、Madison Reedが品質の点でつねにeSalonのひとまわり上を意識して、より高級志向の強い顧客にアピールしようとしていることだ。29.95ドルという価格はサロンの相場下限の30ドルをどうにか超えない額だから、高級志向と値ごろ感のぎりぎりのバランスを狙った値付けと言える。
使い勝手の違いでも差をつける
ヘアカラーの利用者層はおもに40代以上の女性だ。ネットは日常的に使っているが、ギーク的な裏技探しなどはせず、とにかく手軽に無難に使えればいいと考える人が多い層だ。Madison Reedはそんな顧客層の年齢構成に着目して、サイトの使い勝手でも差をつけようとしている。
iPhone用の専用アプリを用意していることも、eSalonにはない特徴だ。アプリにはハンズフリーで説明動画が見られるという機能があり、毛染めの際、両手がふさがってしまうときも、手順で迷った時に動画で確かめながらできるのは大きな利点だ。
また、専属のカラーアドバイザーが色選びの相談に乗ってくれるのは両社とも同じだが、Madison Reedはそれにも多様な選択肢を用意している。電話やeメールはもちろん、その場でチャットをして相談することもできるのだ。さらに、写真を送って判断してもらうこともできる。
「価格競争」ではなく「価値競争」が市場を活性化させる
さて、ここまでMadison Reedを紹介してきたが、後発組が「元祖」ECサイトを追い抜くための工夫の一例として参考にできることは少なくない。
Madison Reedの取り組みでユニークなのは、先行他社よりも売値を高く設定したことだ。ちょっと例えが古すぎるが(笑)、牛丼の松屋が味噌汁をプラスすることで吉野家に対抗したように、新参企業はたいてい割安であることをアピールすることで老舗から客を奪おうとする。
ただしそうなると、先に待ち受けるのは体力勝負の価格競争だ。Madison Reedは、市販の家庭用ヘアカラーに飽き足らない女性の中に高級志向の人が多いとみて「高くても良いもの」で違いを見せようとしたわけだが、その選択ははたして吉と出るのか、凶と出るのか?
eSalonは2010年ロンチで、フルタイム従業員が40人。2013年の売上見込みは1000万ドル(約10億円)。Madison Reedは2013年ロンチで、社員31人。売上見込みなどは不明だが、すでに述べたように1600万ドル(約16億円)の投資を受けている。会社の規模はだいたい同じと見ていいだろう。
僕はその道の開拓者となるビジネスが大好きなタイプだ。しかし、その開拓者よりも更なる価値を探求して成功を目指すMadison Reedにも敬意を表したい。先発のeSalonと、追い抜こうとするMadison Reedとの戦いがどんな結果になろうとも、この「価値競争」によって市場が活性化することは間違いないと確信している。