それってわざわざネットで買うものなの?と、誰もがいぶかしむアイテムが、ECスタートアップに成功をもたらすことがある。

例えば、ひげ剃りがそのひとつだ。

当ブログで取り上げたものでいえば、「わざわざ買いに行くのが面倒くさい」というニーズを見抜き、廉価なひげ剃りのサブスクリプションサービスで成功したDollar Shave Club

あるいは、廉価品と高級ブランド品にマーケットが二極化していることに着目し、ほどほどの価格で高品質な品を提供することでひげ剃り男子たちの心をとらえたHarry's。

これらのサイトを見ていると、スーパーやドラッグストアで買えばよいと思ってしまいがちなひげ剃りに、そんな売り方もあったのかと感心してしまう。

今回紹介したいのは、まさにそんな驚きのあるサイト。子供用ネームラベルに特化して成功したECサイト「Labels4Kids」だ。

子供のネームラベル? それこそ、ネットで買う必要なんてこれっぽっちもなくはないか。もっと言えば、名札ほど消費者にとってどうでもいいアイテムも珍しいんじゃないか。失礼ながら、この僕も一瞬はそう思ってしまったことを白状しておく。

子育て中の悩みが、ビジネスチャンスのヒントをくれた

Labels4Kidsのロンチは2004年だが、創業者Ann-Maree Morrison(以下、モリスン氏)が起業のアイデアを思いついたのはその2年ほど前。当時彼女は、まだ幼い3人のやんちゃな男の子の子育てに追われていた。

子供は「なくしもの」の名人だ。ある日息子が帰ってくると、靴の片方だけが2サイズも大きい。誰かの靴を間違えて履いてきたのだ。どうして、と問いただすと、「だって、わかんなくて」と答えるばかり。

とにかく靴を返しに行ってはみたが、結局息子の靴の片方は見つからずじまい。そこで改めて気づかされたのは、どの靴も同じなので紛らわしいということ。靴には名札がないので、こうした間違いが起こりやすい。

そうでなくても、自分の息子たちはなくしものが多い。毎日のように何かを無くし、その度に母親の自分は対応にエネルギーを奪われている......。

悩んだモリスン氏ははたと思いつく。いっそ、子供の持ち物すべてに名札をつけてしまえばどうだろう。

そこでネットで検索してみたが、なかなか良いものが見つからない。近所の母親たちにも聞いてみると、同じ悩みを抱えた人が意外に多かった。

おしゃれな名札への需要はあるのに、供給はほとんどない。これはひょっとすると、ビジネスチャンスかもしれない。そう考えたモリスン氏は起業を思い立ち、下調べに取りかかった。

調べてみて思い知らされたことは、ネームラベルの使用環境が意外なまでに過酷だということ。衣類は毎日のように洗濯されるし、コップや水筒は毎日ごしごし洗われる。

それも手洗いだけでなく、食洗機で汚れたパスタ皿などと一緒に洗われることも想定しなければならない。また、サンドイッチケースやコップは、電子レンジで容器ごと温められることも多い。

そうした環境に日々さらされるネームラベルの善し悪しは、購入直後ではなく、何ヶ月か使ってはじめてわかるものだ。

最初は、見た目のおしゃれさばかりを考えていたモリスン氏だったが、ネームラベルの問題を知るごとに、考えを変えざるを得なかった。ネームラベルはデザインで売ってはいけない。品質こそが最大のセールスバリューなのだ、と。

品質がよければ、毎日家事と子育てに追われる母親たちは、必ずやその価値を認めてくれる。そして、使った母親たちが口コミで評判を広げてくれるはずだ。

そう信じた彼女は、何ヶ月使っても剥がれず、文字が薄れないネームラベルを作るため、信頼のおけそうな製造業者選びに時間をかけた。そしてスコットランドの自宅でLabels4Kidsを立ち上げたのである。

ニーズに応じて、さまざまなラベルを提供

ネームラベルの需要が一番多いのは、やはり衣類だ。子供が身につけるものに片っ端からつけようと思えば、上着から帽子、靴下、手袋に至るまで対象物はかなり多く、手間を掛けてでもしっかり取りつけたい人もいれば、手軽さを重視する人もいる。

そこでLabels4Kidsでは、利用スタイルに応じたラベルを複数用意した。最も一般的で、耐久性も一番あるのは、糸で縫い付けるタイプ(Sew on Labels)だ。こちらは36枚セットで、7.99ポンド(約1400円)となっている。

こちらのアイロンで蒸着するタイプ(Iron on Labels)も耐久性の強さが売りで、90℃の熱湯での殺菌にも耐えることから、老人介護施設でも使われている。25枚セットで7.99ポンド(約1400円)のものなど、3タイプがある。

手軽に取りつけられて耐久性も抜群なのが、ホッチキスのような器具で取りつける「Click on name tags」と呼ばれる製品。

専用器具が7.5ポンド(約1300円)、「芯」に相当するプラスチック部品が50個で4.99ポンド(約860円)と初期費用はかかるものの、ネームラベルを手間なく取りつけられるようになる。

これはシール式で貼り付けるだけのタイプ。Label Planet社が製造販売する「Stikins®」を、Labels4Kidsも取り扱っている。こちらは30枚セットで5.99ポンド(約1000円)だ。

エントリーユーザー向けの詰め合わせパックもある。この画像のものはIron onタイプのネームプレートを中心に、バッグなどにつけられる大型のタグや、汎用のビニールラベルをセットにしたもので、価格は23.99ポンド(約4100円)。

半円形をしたビニールラベルは靴の中に貼るためのもの。足の発汗で蒸れてインクがにじまないように透明なカバーがついている。そのように、利用シーンに応じて耐久性を保つ工夫が尽くされていることが、Labels4Kids製品の特徴だ。

品質へのこだわりは徹底していて、Labels4Kidsでは、ユーザーが製品に満足しなかった場合に購入額の100%返金を保証している

学校の口コミとFacebookを巧みに活用

子供を持つ主婦同士の口コミの場は今ではネットもあるが、学校のクラスでのつながりに勝る場はない。学校についての話題を共有する母親たちがじかに会って言葉を交わすだけに、良い評価も悪い評価も一気に拡散する。

Labels4Kidsでは、その口コミを販売に生かそうと、一種のアフィリエイトプログラムを提供している。学校内のグループでまとめて買ってもらうことで10%のペイバックと、紹介者による別途の購入に10%の値引きを提供しているのだ。

ネームラベルという商品の性質を生かした巧みなセールス手法だと言えよう。

その一方で、ソーシャルメディアならではの拡散力も巧みに生かしている。Facebookページ限定で値引き情報を載せるようにしたのだ。それを目当てにファンが定期的に見に来てくれるし、ファンからその友達へと注目が広がる効果も期待できる。

Labels4Kidsが大きく飛躍したのは2010年頃だ。この年、Online Retail Awardsが主催するIndependent Online Retailer of the Year 2010を受賞し、それから毎年、国際的な賞で大賞に輝いている。

2013年には創業者兼経営者のモリスン氏がNectar Business Small Business Awards 2013でEntrepreneur of the Yearを受賞し、彼女への注目もこれまで以上に高まった。

かつてはモリスン氏がほぼすべてをひとりでこなし、手が足りない部分をパートタイマーに補助してもらう程度だったが、現在ではフルタイムの従業員4人を雇っている。それでも、スタッフの半分は家庭に子供がいる人たちで、子育て中の母親と問題意識を共有できている。

たとえば今年夏のブログ記事で、モリスン氏は近ごろの日焼け止めに含まれる新成分に対応する製品テストを行い、インクが薄れたりしないことが確認できたと報告している。

ひとたび成功するとその地位に安住し、改良を怠るようになる例はあまりに多い。しかしモリスン氏は母親目線を失わず、子育てママが新たに出くわしうるトラブルの種を事前に摘もうとし続けているのだ。

Labels4Kidsの顧客は7万2000人で、売上高は37万ユーロ(約5350万円)ほど。事業が拡大し、ファンが増えた今、せっかくつかんだファンを飽きさせないための工夫もしている。ブログやFacebookでの情報発信もそのひとつだ。

真似て参入してきた競合との差別化要因は「創業者のキャラクター」

Labels4Kidsの勝因は、ネームラベルというニッチな市場に眠っていた潜在ニーズに着目したことだ。かつては母親たちも、子供の無くし物が嫌なら油性ペンで名前を書くしかないと思っていたはずだ。お店で売っているラベルなんて、何度か洗えばどうせ剥がれてしまうのだし、と。

Labels4Kidsの商品は安くない。それでも売れると確信して事業化できたのは、モリスン氏が子育て中の母親で、丈夫で可愛いネームラベルが欲しいという潜在的な需要を、口コミや直感で見抜けたからだろう。

もっともニッチが、いつまでもニッチであり続ける保証はない。ネームラベル販売サイトはLabels4Kidsの登場以前からちらほらあったし、今では多くの業者が乱立して競争も厳しくなった。100%返金保証の商品も珍しくはなくなっている。

その点でLabels4Kidsが競合他社より優れていたのは、モリスン氏のキャラクターを前面に据え、彼女の魅力をセールスアピールにつなげたことだろう。

ヒゲのケア製品を販売するECサイト「Beardbrand」を扱ったこのブログの過去記事で、「価格では勝てないサイトがすべきことは、自分の存在感を育てていくこと」という言葉を紹介したが、同じ言葉がLabels4Kidsにも当てはまる。

モリスン氏は母親目線でブログ記事を書き続けた。それが母親たちの共感を呼び、品質の高さへの口コミとあいまって、「彼女から買いたい」という気分にさせた。

競合他社の経営者にも実は母親が多いのだが、モリスン氏ほどには存在感をアピールできていない。そこに大きな差があると感じるのだ。

商品で何より大切なのは品質。それは動かしようのない事実だ。ただ、品質は使ってもらわないと伝わらない。そして、商品を手に取ってもらうために大きいのは売り手の人柄だ。その2つがうまく噛み合えば、商売は成功する。

ネームラベルを立派な商品に仕立てあげたLabels4Kidsの事例から、改めてそのことを実感させられた。