■「最初の一言」が会話の行方を決定づける

7月22日、イギリスのウィリアム王子とキャサリン妃の間に、世界中が待ち望んでいたロイヤルベビーが誕生しました。

参考にすべきは、産院から赤ん坊を連れて出てきたウィリアム王子に対する、イギリスのマスコミ各社の「ストローク」の投げ方です。

◆第1の記者「それで、ベビーの顔はどちらに似ていましたか?」
◆ウィリアム王子(満面の笑みで)「幸いなことに、キャサリンだよ」
◆(横から)キャサリン妃「まだよくわからないわよ」

キャサリンもまた満面の笑みです。

記者たちは、王子が美しい妻を誇りに思い、自分たちの子どもは彼女に似ているということを言いたいだろうと、前もって予測しています。そこをうまくついて、「相手の言いたいこと」をズバリと質問したため、ウィリアム王子もキャサリン妃も溢れんばかりのスマイルになり、それを見ていた市民もドッと盛り上がり、場は一気に和やかになりました。

続いて、

◆第2の記者「赤ちゃんの髪の毛は、どっちに似ているんでしょう?」
◆ウィリアム王子「ラッキーなことに、それも妻だね。(赤ちゃんは)僕より髪の毛がある」

これにはキャサリン妃も、横で「うふふ」とだけ笑っていました。

これらの質問はともに「相手の話したいことを聞け」という、パフォーマンス心理学の「ストローク成功の法則」にのっとっています。この場合の「ストローク」とは、「相手へのメッセージの第1球を投げること」です。

さて、このストロークで、王子夫妻と市民はどんな欲求が満たされたのでしょうか? 次の3点が挙げられます。

(1)王子の美しい妻に対する誇りという自尊欲求
(2)市民の王室に対する親和欲求(相手と親しくなりたいという欲求)
(3)王子のイギリス王室に対する信頼回復への欲求

ご存じのように、かつて世間を賑わせたチャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚からたった1年後の、ダイアナの悲劇の死。それに対する十分な哀悼の意を王室が示さなかったこと。さらに、ダイアナ妃との結婚前から続いていたチャールズ皇太子とカミラ夫人の交際が発覚、そして再婚。いろんなことが相まって、イギリス王室に対する国民の親近感は、ずいぶん落ちていました。

ダイアナ妃の忘れ形見であるウィリアム王子は、信頼回復のために、できる限り国民と親しくしてきました。今回も、王子がすでに赤ん坊のオムツを替えたエピソードを披露し、ベビーシートにわが子を乗せ、自ら車のハンドルを握り、そのまま妻の実家に向かうという、極めて庶民的な行動をとりました。そこへ記者団から見事なストロークが入ったのです。

「待ってました!」とばかりに王子は質問に答え、特にユーモアがある人を上等とする文化を持つイギリス人たちは、一様に笑い転げながら連帯感を強め、その場は大いに盛り上がりました。

■相手が快感を覚えるスイートスポットを見極める

この手法は、ビジネスでもまったく同じです。「最初のストロークで、相手の欲しい球を投げられるか」、これで、その後の会話の進み方と、ビジネスの成功が決まってきます。

そもそも「ストローク」という単語は、医学では、「脳卒中」や「心筋梗塞」などの致命的な大打撃のことを指します。一方、パフォーマンス学では、「相手に対する決定的なよい第一声」のことを指します。これが素晴らしく、相手から笑いがとれたら最高です。

さてそこで、初対面で相手の気持ちを捉えるストロークが出せるかどうかの1番の決め手は、自分がどれだけ「相手が話したいことを正確に数多く知っているか」にかかってくるのです。

出会いの一瞬でまず、相手が快感を覚える「スイートスポット」に最初のストロークを投げることに、あなたは全力を費やさねばなりません。どうしたらよいのでしょうか?

それにはまず、「事前の情報収集」を徹底しましょう。

例えば、相手の学歴、好み、住まいの場所、相手の会社の最近の業績、今後のビジネス展開や事業計画など、さまざまな情報を集めましょう。それらを準備してから相手に会わないと、第一声が「的外れ」なものになります。

私自身は初対面の相手に対して、世俗的な言い方をすれば、「百発百中」で仕事を決めています。それは、事前に集めた情報から「相手が何を話したいか」を徹底的に分析し、その中から「第一声では何を質問するか?」を前もって決めてから、その場に臨んでいるからです。

逆の例を挙げれば、もっとわかりやすいでしょう。

例えば、私のもとにはいくつかの新聞・雑誌、テレビなどのメディア関係者が、パフォーマンス学に関するインタビューにきます。

なかには、名刺交換が済んだところですぐ、「ところで、パフォーマンス学ってなんですか?」と聞く人がいます。そういう人とはまず、その後の会話がうまく進みません。前もって何冊か私の本を読んできて、「パフォーマンス学について自分はこのように解釈していますが、これで合っていますか?」「本当はどういう意味なんですか?」と聞かれれば、こちらも「まあ、そんなに勉強してくださったんですね」と、嬉しくなって感謝します。そして、質問に対してたくさん返すことができます。

170冊以上も自著を出しているのに、何ひとつ読まず、何も調べず、「パフォーマンス学ってなんですか?」と聞かれると、正直なところ、そこに命をかけている私としては大変に不愉快です。思わず「もう、やめませんか?」と言いたくなるけれど、そこは社交辞令で「まあ、オホホ」などと笑いながら、多少の話をします。でも、内心「とんでもないストロークをもらった」「これは完全なるアウトゾーンだ」と思っているので、あまりいいインタビュー内容にはなりません。

■最初の1分間で相手といい共感関係をつくる

事前の情報収集は絶対的に必要です。しかも、その使い方が問題です。

例えば、学歴を調べたらよいだろうと思って、連帯意識が強いK大学の卒業生であれば、「K大学ご出身の○○さんが○○でご活躍ですね」と言うのは大変有効です。しかし、卒業生同士があまり連絡を取り合わないW大学やT大学のような場合は、いくら一流大学でも、その仲間のことを話して、相手と自分の橋渡しに使っても、あまりうまくいきません。

相手のストライクゾーンをつかむには、事前に充分な情報収集をしたうえで、それらの情報をいかに論理的かつ科学的に分析するかにかかってきます。

自分の感情の「好き」「嫌い」のフィルターだけでつい情報を分析する癖のある人は、気をつけましょう。

簡単なことを言えば、第1に、頭が悪いと情報収集のポイントがズレてしまい、第2に、頭はよくても意欲がなければ、その整理が進まないということになります。よい第1ストロークを出すために、事前の情報をどう処理するかというところに、その人の知恵と能力が総動員されるわけです。

さて、ストロークを投げました。

私のこれまでの実験では、最初の1分間だけでも、平均的に(漢字が交じって)266文字分の文章がしゃべれることがわかっています。

この1分間で、相手もまたそれに対して「フィードバック」を返してきます。投げたストロークにフィードバックをもらう。そこまでで、最短ならば1分間でも可能です。

さらにあと2分、合計3分間話せるならば、約800文字分を話せます。このスタート3分間で、相手と「ラポール」を築いてしまいましょう。

「ラポール」とは、「共感関係」です。「ああ、この人はいい人だ」「自分のことをわかっている」「もっとしゃべりたい」と、相手が思ってくれる関係がラポールです。

このラポール形成をしてしまえば、あとは「こんなことを聞いたら失礼かもしれませんが……」と枕詞をちょっとつけただけで、相手はどんどん内々のことまで話してくれます。

人間の「自分の思うことを話したい」という「自己表現欲求」は、誰にでもあるものなので、聞き手がこれを満たすことによって話し手は「欲求充足」による喜びを感じ、聞いてくれた人をいい人だと解釈します。ここで、良い人間関係が成立します。

さて、3分に差しかかる、この頃にまず、あなたの頭の中に「SOLER原則」を置いてください。

「SOLER」は「square」(まっすぐに)、「open」(心を開いて)、「lean」(上体を前傾させて)、「eye contact」(アイコンタクトをしっかり)、「relax」(リラックスして)の頭文字です。

相手が自分のほうに体をまっすぐ向けて、心をオープンに開いてくれ、上体をこちらに傾けて身を乗り出し、しっかりと目を見て、そしてリラックスして話してくれているかどうかを、よく見ましょう。これは、背骨の傾き、目の輝き方、口元の緩みなどを見ていれば、誰にでもすぐにわかります。

「相手をきちんと見る」という着眼点を持っていない人は、相手が目の前に座っていても、何も気づきません。「相手は自分の目の前に座って、私の話を聞いている」と一律に解釈して安心している人は、あまりに不注意です。それではダメなのです。

相手をよく観察して、相手が「SOLER原則」に従って自分に接してくれているならば、どんどん会話を続けましょう。

「SOLER」ではなく、半身の姿勢で斜めにこちらに向いている。気持ちもどんどん閉じている。上体は後傾し、アイコンタクトは減少し、リラックスどころか、どうやら不安感を抱いているらしい。これらが読み取れたら、あなたが投げたストロークが失敗だったことのサインです。

■ストロークが失敗だったらどうするか

さて、そうなったらどうするか? ここで必要なのが、「リドレッシング・アクション」。パフォーマンス学では「つくろい直し」と呼んでいるステップです。

私たちが相手に会って最初のストロークを投げ、そのストロークが失敗した場合、人間同士の行動には、次の4つのプロセスが発生します。

(1)離(breach)
(2)機(crisis)
(3)つくろい直し(re-dressing action)
(4)統合(re-integration)

お互いがいい関係に戻っていくためには、この「つくろい直し」がうまくいかないといけません。

自分がストライクゾーンにストロークを投げず、とんでもない方向へ球を投げてしまった。会話中にそうわかったら、慌ててクダクダと言い訳をしてはダメです。まず、話題の転換ができるかを試みましょう。「どうも、失礼なことばかり聞いてしまってすみません」と、まずきちんと謝るのが「つくろい直し」です。そして、相手がそれで少し表情を和らげてくれたら、次の話を続けるのもOK。

でも、もし「当然だろう、怒っているよ!」という表情だったら、「次回はもう少し喜んでいただけるような話を用意して、いま一度アポイントをいただきます」と、さっさと退散しましょう。なんとしても今つくろい直そうと思って、不要な言葉を次々に並べていくと、ますます相手は気を悪くします。「この時間泥棒(タイムキラー)!」と、内心舌打ちをしているかもしれません。

ストロークがうまくいって話が進みだした人は、その調子で話をどんどん続けていけばいいのです。どんどん続けるために何が必要かは、また次回お伝えします。まずは、ここまでのストロークの投げ方をしっかりと身につけてください。ビジネスの初動の効率が見違えるほどよくなります。

(日本大学芸術学部教授 佐藤綾子=文 PANA=写真)