ある日のラスベガス。

コンベンションの時期でたくさんの人がやってくる。

当然、レストランのディナーは激混み。

予約をいれていながらも散々待たされる。

ディナーの途中も次の料理がまったくやってこない。

業を煮やして急かすと、「ネクスト!」とウインクをするだけ。

デザートはあきらめ、精算しようとすると、テーブル会計だという。

当然、会計もずっと待たされた…。

それで、会計時に怒り心頭でTipの欄に大きく「$0」と書いた。

本当は「-50%」と書きたかったくらいだ。

するとホール担当は、顔を真っ赤にして、「Tip is zero?」「Are you really Japanese?」とも言う。

そこで、ボクは「No I am Jew Japanese」とウインクをして言い返した。

Jewとはユダヤ人のことで、アメリカではユダヤ系の人はお金に関してうるさいことは周知のことだ。

つまり、ケチンボなのである。

しかし、ケチンボとはなんでも節約するのではなく、納得がゆけばチップをたんまり弾むし、納得がいかなければチップを一切払わない。

ボクはユダヤ人の合理的な考え方は、学生時代やその後の取材で何度もイスラエルに行き、彼らの考え方にすごく共鳴している。

だから、お金にまつわるトラブルの時は、必ず、「I m Jewish Japanese ユダヤ系日本人」と名乗るようにしている。

いつも、世界の中で日本人はいいカモなのである。

怒らない、文句を言わない、おとなしい、遠慮する。

日本人はもっと世界に対して自分の感情に対して正直であるべきだ。

日本人の思い描く、謙虚さは、シャイ(恥ずかしがり屋)と同異義語で彼らには通じない。

音をたててパスタをすするほうが、まったく謙虚ではないと思う(笑)。

■極寒のニューヨークの日本レストランでの出来事ニューヨークの地下鉄で、「神田さーん!」と日本語で呼ばれてバッタリと出くわした日本の国営放送のダイレクターのKさん。

…なんともこんなところで!というところで一緒に会食した。

翌日からイギリスに渡り、ザ・ビートルズの歴史をたどるという取材の最後のニューヨーク。

その日のニューヨークはマイナス20度ちかくもある極寒…お店もさすがに人影もまばら…。

ボクは寒くていつまでたってもコートが脱げない状態。

ニューヨークでもこれだけの寒さは珍しい。

明日から、リバプールなんですよ…とかビートルズ談義中に、突然、Kさんが、驚いたように「後ろ…後ろ」とボクの背後にいる客をうながした。

なんとそこには、オノヨーコさんと、ショーン・レノンさん。

思わず、神が与えてくれたチャンスとばかりに、いつも当時いつも持ち歩いていたシャープの最新の液晶ビューカム(ハイエイトカメラでポール・マッカートニーもご愛用だった)を抱えて、「キャン・アイ・トーク・ユー・フュー・ミニッツ?」といつもどおり適当な英語のボク。

日本語でヨーコさんが「どうぞ、いいわよ!」と気軽にお返事。

ヨーコさんのお隣でしばしご歓談。

ショーンさんはボクの液晶ビューカムがとても珍しかったみたいで、「クール!クール!」としか言わない…。

ショーンさん、ボクのビューカムを本当に欲しそうだったけど、申し訳ないこれ一台でしかないんですよ。

最後にサインいただきました。

撮影:ショーン・レノンさんもしかすると、ヨーコさんたちには迷惑だったかもしれないけれど、謙虚でシャイだったら、こんなボクにとってハッピーな出来事はおきない。

「リバプールお気をつけて!」とのお言葉をいただけた。

当然、この出会いはビートルズ取材に花を添えてくれた。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥 Ask much, know much.(たくさん訊いて、たくさん知る)当然、こんな時のお店にはグッドラックも含めて20%はチップを支払う。

では、また来週!といいながら間が空いてしまってすみません!2013年も、よろしくお願いいたします!文/Paul toshiaki kanda 神田敏晶神田敏晶 KandaNewsNettwork,Inc. 代表取締役 ビデオジャーナリスト / ソーシャルメディアコンサルタント神戸市生まれ。

ワインの企画・調査・販売などのマーケティング業を経て、コンピューター雑誌の編集とDTP普及に携わる。

その後、 マルチメディアコンテンツの企画制作・販売を経て、1995年よりビデオストリーミングによる個人放送局「KandaNewsNetwork」を運営開始。

ビデオカメラ一台で、世界のIT企業や展示会取材に東奔西走中。

1999年に米国シリコンバレーに進出、SNSをテーマにしたBAR YouTubeをテーマにした飲食事業を手がけ、2007年参議院議員選挙東京選挙区無所属で出馬を経験。

早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部で非常勤講師を兼任後、ソーシャルメディア全般の事業計画立案、コンサルティング、教育、講演、執筆、政治、ライブストリーム、活動などをおこなう。