日本体育大学が“下克上V”を飾った東京箱根間往復大学駅伝競走(1月2、3日)。今年も学生ランナーたちが熱いドラマを見せて日本のお正月を沸かせたが、その中に、低迷する日本男子マラソンの救世主となる選手はいるのか?

昨年のロンドン五輪・男子マラソンで、日本勢は中本健太郎(安川電機)が粘りの走りで6位入賞を果たし、2008年北京五輪の惨敗からわずかに前進した。

だが、五輪や世界選手権で当たり前のようにメダル争いを繰り広げていた時代と比べると、あまりに寂しい。日本最高記録は10年以上更新されておらず、急速にスピード化した世界の流れに取り残されてしまった格好だ。

そうした状況にあって“人気先行”の箱根駅伝には「選手の最終目標が駅伝になってしまった」「選手が大きく育たない」などと、マラソン弱体化の原因として指摘する声さえ上がっていた。

しかし、近年は選手の意識も変わってきた。東洋大の元監督で2000年シドニー五輪・男子マラソン代表、現在は旭化成のコーチを務める川嶋伸次氏がこう語る。

「各大学の指導者も『箱根が悪い影響を与えている』といわれてきたから、先を見てやらなくてはいけないという意識も持つようになっています。例えば、駒澤大の大八木(おおやぎ)弘明監督らはそういった志を公言しています」

実際、国内の大会では、外国人や実業団の選手に果敢に挑む学生の姿も見られるようになった。

それはマラソンでも同様。昨年3月のびわ湖毎日マラソンには、その2ヵ月前の箱根駅伝に出場し、エース区間の2区で区間賞を獲得した青山学院大の出岐雄大(できたけひろ・現4年)が挑戦。積極的な走りで学生歴代3位の2時間10分2秒で日本人6位になった。

「出岐君はマラソン用の練習をほとんどやっていない状態で走ったので脚に負担がかかって、その後半年くらいはダメージが残ってしまったのですが、センスがありますね。もともとは故障も少なくて練習をたくさんこなす力もある選手。これからマラソンで面白いと思います」(川嶋氏)

コンディション不良で迎えた今回は2区ではなく復路の10区にまわって区間14位と本来の力を出せなかったが、実業団の中国電力に進む今後も目が離せない。

その出岐以外にも、今年の箱根駅伝ランナーには、今後マラソンで期待できそうな選手が多い。

その筆頭として多くの関係者が名前を挙げるのが、強豪・駒大のエース・窪田忍(くぼたしのぶ・3年)だ。

今回の箱根駅伝ではエース区間の2区で区間7位。強烈な向かい風を受け、少し躊躇するような走りになってしまい、チームを波に乗せられなかった。だが、今回の窪田は、3月のびわ湖毎日マラソンへ向けてマラソン練習をしているなかでの出場だった。

駒大の大八木監督が「最低でも藤田敦史(あつし・富士通。00年に当時の日本最高記録となる2時間6分51秒をマーク)の持つ駒大記録(2時間10分7秒)は更新させたい」と話すなど、2時間8分台で走れるような準備をしているという。

前出・川嶋氏はこう評価する。

「箱根ではスピードランナーの活躍が目立っていますが、そうした選手たちが(長い距離の)練習をうまく積めず、マラソンに移行するまでになっていない。でも、窪田君は学生としては練習量も豊富ですし、上下動が少なく、マラソン適性の高い走り方。連戦も大丈夫ですし、勝負強さもある。何より本人がマラソンをやるという高い意識を持っています」

また、マラソンの日本最高記録(2時間6分16秒)保持者でカネボウのコーチの高岡寿成(としなり)氏も、窪田の能力の高さをこう口にする。

「マラソンはレース前の準備も含めて、自分の走りや周囲の状況を理解していないとダメ。その点、窪田君のこれまでの走りを見ると、必要な場面では突っ込んでいけている。考えて走ることのできる選手だと思います。本格的にマラソンをやれば、早い時期に2時間6、7分台を出すことも可能でしょう。それができれば、ほかの選手も『俺も』という気持ちになる」

そう語る高岡氏が、窪田以上の将来性を感じているのが、今回3区で9人抜き(区間2位)の早稲田大のエース、大迫傑(おおさこすぐる・3年)だ。

「フォームに欠点はないし、ハートも強い。僕は30歳まで(1万mや5000mなど)トラック種目をやってからマラソンに移行したのですが、大迫君も時間をかけて、今の走りのままでマラソン練習をできるようになれば、(世界トップレベルの)2時間3、4分台で走れる素質を持っていると思う。ぜひ20代後半でマラソンをやるつもりで今後の練習に取り組んでほしいですね」(高岡氏)

一方、前出の川嶋氏は大迫の能力の高さを認めた上でこう語る。

「早大の渡辺康幸監督が『大迫は自分の学生時代より少ない練習量で結果を出している』と言っていましたが、マラソンは練習量が必要。まずは練習をしっかり積める体づくりからすることと、本人の『マラソンで勝負する』という意識も必要になるでしょう」

その川嶋氏は、王者・東洋大のダブルエース、設楽(したら)啓太、悠太(ともに3年)にも注目する。

「彼らの場合はまだ体ができていないから先の話になりますが、走りに軽さがあり、大きな故障もなく練習をしっかりできる選手だから可能性は十分あると思います。練習をコツコツと積める素直な性格もプラス材料です」

ほかには3年連続で2区を走った早大の平賀(ひらが)翔太(4年)。

「ケガが少なく、ひとりで淡々と押していく走りができるし、天才タイプではない性格もマラソン向き」(川嶋氏)

同じ早大では、山登りの5区で2年連続区間3位の山本修平(2年)も単独走で押せるタイプ。

「昨年、1万メートルの自己ベストを大きく更新し、練習も継続してできるので適性があります。また、予選会で日本人トップになった中央学院大の藤井啓介君(4年)は、最初に突っ込んでも最後まで粘れるタイプで安定感があるからいいと思いますね。それと、東洋大の大津顕杜(けんと)君(3年)も一定のペースで崩れないから、もしかしたら中本(健太郎)君のような遅咲き型のマラソンランナーになるかもしれません」(川嶋氏)

連覇こそ逃したものの、近年の学生駅伝をリードする東洋大の酒井俊幸監督は「(選手を)箱根で終わらせるのではなく、世界と戦えるようにしたい」と、学生たちに前半から突っ込む“攻めのレース”を徹底させている。他大学の監督も、攻めの走りができる選手の育成をしようという意識に変わっている。その流れが“マラソン王国ニッポン”復活につながることを期待したい。

(取材・文/折山淑美)