このゲル材料表面に、複数個の微小な傷(深さ:約2mm)をつけ(画像2a)、用いた液晶の相転移温度(35.5℃)よりやや低く、ゲル状態が保たれる温度(32℃)で、損傷部分にレンズなどで集光した紫外光(波長:365nm)を局所的に約10秒間照射すると、照射部分にアゾベンゼン誘導体のトランス体からシス体への光異性化反応による着色が生じた。

同時に液晶の相構造が「ネマチック相」から「等方相」へと変化して、微粒子が構築する三次元網目構造が崩壊するため、照射部分ではゲル状態からゾル状態への転移が起きたというわけだ。

そして、ゾル状態への転移によって材料の流動性が増し、損傷部分がゾル状態の材料によってふさがれた(画像2b)。

液晶は、細長い棒、あるいは平たい円板のような形を持った分子が作る凝集状態であり、分子がある一方向にそろって配向することにより屈折率などの物性に異方性が生じる。

ネマチック相は液晶相の1つであり、分子の配向方向はそろっているが、重心位置に関しては秩序がない。

一方、等方相は配向と重心位置の秩序が共に完全に消失した液体相のことであるである。

紫外光照射により誘起されたゾル状態は、同じ温度(32℃)で約10秒間の可視光(波長:435nm)照射によりアゾベンゼン誘導体をシス体からトランス体へと逆異性化させ、液晶の相構造をネマチック相へと変化させると、微粒子による三次元網目構造が再構築されて元のゲル状態が回復し、表面損傷が修復された(画像2c)。

なお、暗所で終夜放置することで色も元通りとなった。

画像2は、微粒子/液晶複合ゲルにおける表面損傷の光修復の様子を段階を追って撮影したものだ。

(a)は初期状態、(b)は紫外光照射後(照射時間:約10秒)、(c)は可視光照射後(照射時間:約10秒)。

表面損傷の修復後、ゲルを暗所に終夜放置することで色も元通りとなる。

画像3は、ゾル-ゲル光転移を利用した光損傷修復の模式図。

(a)光照射前(損傷あり、ゲル状態)、(b)紫外光照射後(損傷なし、ゾル状態)、(c)可視光照射後(損傷なし、ゲル状態)という流れだ。

微粒子/液晶複合ゲルの基本的な特性である硬さの指標となる「貯蔵弾性率」と添加微粒子濃度の関係が測定された(画像4a)。

このゲル材料の貯蔵弾性率は、添加微粒子濃度が大きくなると直線的に増加するので、材料の硬さを添加微粒子濃度によって調節できる。

なお貯蔵弾性率とは、材料に与えられた力学的エネルギーの内、材料が内部にエネルギーを貯蔵する能力(弾性成分)に相当し、材料の硬さを表している。

一方、「損失弾性率」は力学的エネルギーを熱として散逸する能力(粘性成分)に相当し、材料の柔軟性が評価できる。

貯蔵弾性率の増加は、添加する微粒子の量が増えると、構築される三次元網目構造がより強固になる特徴を持つ。

現在のところ、貯蔵弾性率が104Paを超えるゲル材料を調製することが可能であり、形状が保持できる程度に良好な「自己支持性」と成型性を持つことが確認されている(画像4b・c)。

なお自己支持性とは、高分子やゲルなどを薄膜や小片などに成形した際に充分な硬さを有し、基板などがなくても形状を保持できる性質のことをいう。

一般にゲル材料は、大きな「せん断ひずみ」を加えて材料中に構築された三次元網目構造を破壊してゾル状態にすると、ゲル状態へと回復しない場合や、回復に長時間を要する場合が多い。

なおせん断ひずみとは、材料に対して横方向に加えられたひずみであり、その大きさは材料の高さ方向の長さに対する横方向への変位の割合として定義される。

一方、今回開発されたゲル材料は、大きなせん断ひずみを加えて材料をゾル状態にしても、ひずみを取り除くと直ちにゲル状態が回復する高速「チキソトロピー性」が示された(画像5)。