人間関係や家族関係が希薄になった、今の日本の姿の一端のようなものですね。一見、帰国できないのはお金がないからに思えます。日本行きの航空券を買うことができず、また不法滞在の罰金を納めなければ帰国できません。
しかし、日本に親や兄弟、親しい友人がいれば、彼らに送金してもらうことだってできるはず。なのにできないのは、そんな人がいないからです。問題はお金だけではない。51歳の足が不自由な困窮邦人は親にすら見放されていた。私が岡山の両親に会いに行ったら、もう関わりたくないという強い拒絶反応を感じました。
――なぜそこまでこじれてしまっているのでしょう。
日本にいた頃の不義理があったことは間違いありません。その上で、私は日本の地方の疲弊もあるのだと感じます。昼の12時に、駅前に人の姿がないんです。景気がよかった頃なら、働き口があれば多少の人間関係の問題は覆い隠せたのかもしれない。しかし彼は今、日本に帰ってきても職がない。足の不自由が回復しても同じでしょう。
障害者として手当を受け取ることができても、両親に介護する元気はないし、その意志もない。そんな状況で彼はもう日本で生活することはできないんです。
――不況と過疎で、地方経済が壊滅的な打撃を受けているという話は日本でもよく聞く話です。図らずも、フィリピンの現象を追ううちにそれを実感してしまったと。
経済が立ち行かなくなっても、フィリピンのように助け合いが浸透していれば、そこまで不幸にもならないはず。家族を超えた地域のコミュニティが機能していれば、足が不自由な彼も生活できたような気がします。
――孤独死も自殺者もこんなに多くはないでしょうね。
そうです。困窮邦人が口々に言うのは、日本の閉塞感とか、人間関係の希薄さに耐えられなかったということ。実際に日本に来てみると、彼らが語る日本社会の問題がすごく身に迫って感じられたんです。フィリピンの濃密な人間関係を見ているから余計にです。
この本を読む人には、まずこんなことが起きているということを知ってもらいたいなと思います。その上で、日本の問題を考える補助線になればうれしいです。
●水谷竹秀(みずたに・たけひで)
1975年生まれ、三重県出身。上智大学外国語学部英語学科卒業後、オーストラリアや名古屋などでウエディング専門のカメラマンとして働く。2004年から現在まで、在マニラの日本人向け日刊紙『日刊マニラ新聞』に記者として勤務。『日本を捨てた男たち』で第9回開高健賞を受賞。フィリピンのマカティ市に在住
『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社/1575円)
惚れた相手を追ってフィリピンにやって来た日本人がいる。彼らの一部はホームレスになり、フィリピン人の優しさに支えられて生活している。本書では5人の困窮邦人が登場。彼らの姿から今の日本の社会問題がリアルに浮かび上がる
(写真/高橋定敬)
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