川崎ブレイブサンダース・小針幸也インタビュー後編

 バスケットボールBリーグの川崎ブレイブサンダースは、今季転換期を迎えている。長年主軸を担ったニック・ファジーカスらがチームを去り、クラブ史上初の外国籍ヘッドコーチとなるロネン・ギンズブルグ氏を招聘。顔ぶれが大きく変わり序盤戦から苦しい戦いが続くものの、そのなかで新たな可能性を感じさせるプレーを見せているのが今季期限付きで加入したPG小針幸也だ。地元・神奈川県の出身。高校までは全国的に無名で、大学卒業後も実業団を経てBリーガーになった異色のキャリアの持ち主でもある。後編では実業団からBリーグ挑戦を目指した背景や、プロ入り後もハングリー精神を忘れずに全力で戦い続ける姿に迫った。(取材・文=青木 美帆)

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 2022年4月、秋田でスタートした小針の新たなバスケットボール人生は、非常に恵まれていた。月・火・水曜は17時30分、木・金曜は12時で退勤し、練習。多くの実業団チームが苦労する練習時間が、社のサポートにより潤沢に確保されていた。9月の天皇杯予選ではB3のしながわシティバスケットボールクラブを撃破し、JR秋田の単体チームとして出場した10月の栃木国体では4連覇を達成した。

 そして小針の胸には、ある思いが生まれ始めていた。

「俺、プロでもやれるのかもしれない」

 実は小針は、大学4年のリーグ戦が終わった後に、B1を含む複数のクラブからオファーを受けていたが、就職が決まっていたため、それらを断っていた。入社当初は、恵まれた環境で過不足ない日々を過ごしていたが、次第に自分が華やかで、ひりついた世界を求めていることに気づき始めた。

 そして2023年の冬、ガードの選手に負傷者が出た長崎ヴェルカから声がかかった。

 シーズンは残り数か月。プロキャリアのない23歳に提示された条件は、当然ながら、かなりシビアなものだった。安定した環境を捨ててまで行くべき価値があるのかと、当然迷った。

「めちゃくちゃ迷いました。怖かったです。けど、まあ最後は行くしかないなと思って行きました。親も挑戦することを喜んでくれていました」

 退職に向けてのプロセスは、長崎の伊藤拓摩GM(現・社長)のサポートを受けながら自ら踏んだ。JR秋田の部長は「このチームからプロが出るのはめでたいこと」と喜び、煩雑な手続きに素早く対応してくれた。ヘッドコーチは将来有望なルーキーの離脱を残念がりながらも、小針の真摯な思いに共感し、快く送り出してくれた。

「所属していた課の人たちもすごく応援してくれたし、チームメートからも『早ければ早いほどいいから行ってこい』と背中を押してもらいました。すごく恵まれていたなと思います」

「こんなにきついのか」プロ入り直後に受けた衝撃

 2023年の2月初旬。同期たちから少し遅れて始まった小針のプロ生活は、出だしからフルスロットルだった。小針は懐かしげに振り返る。

「シーズン終盤でチームがほぼ完成していたので、死ぬ気で過ごしました。覚えることも多いし、外国籍の選手とやるのも初めて。最初マット・ボンズ(現・大阪エヴェッサ)は全然パスをくれなかったし、ジョーダン・ヘディング(現コンバージ・ファイバーエクサーズ)も自ら攻めたいタイプだから『早くよこせ』みたいな感じでしたし。『練習に行きたくないな』『こんなにプロってきついのか』と思いました」

 2020年に創設し、ファーストシーズンの2021-22シーズンにB3優勝・B2昇格を果たした長崎は、この年も1年でのB1昇格というミッションを掲げていた。トライアウトから這い上がってきたメンバーも在籍しており、誰もがハングリーで必死だった。

「合流初日に狩俣さん(狩俣昌也)とマッチアップしたら、遊ばれましたもん(笑)。健滋朗さん(前田健滋朗ヘッドコーチ、現・滋賀レイクスHC)もそれをめちゃくちゃ煽ってきたし、強く言わないと練習を変わってくれない人もいましたし。最初はそういう雰囲気に慣れるのが大変だったけど、だからといって『入ったばかりだから……』みたいな姿勢は許されなかった。本当に刺激的でした」

 死に物狂いの奮闘の末に信頼を得た小針は、加入して5節目となる香川ファイブアローズ戦で初めて先発起用され、以降もB1昇格のワンピースとして仕事を全う。翌年の契約を勝ち取り、年明け以降からは安定的にプレータイムを獲得し、3月からシーズン終了までの21試合のうち16試合で先発のPGを担った。

苦戦が続く川崎の現状に「もっと危機感を持たないと」

 プロとして2シーズン目を戦い終えた今夏、期限付き移籍の報はエージェントから受け取った。

「最初は焦りました。B1間のレンタルはあまりないから、B2だと思ったので……。そうしたらB1の、しかも川崎と聞いたので『え、川崎に行けるの?』って感じでした」

 その後、伊藤社長と面談し、詳しい説明を受けた。長崎の新しいヘッドコーチがこれまでのようなハイペースバスケではなくハーフコートバスケを志向していることを説明され、すぐに状況を理解した。

「拓摩さんから『せっかくスタートで出られるようになったのに、プレータイムが減るのはすごくもったいない。まだ若いし、欲しいと言ってくれているチームがあるなら行ったほうがいいと思う』と言われて、けっこうすんなりと決めましたね。もちろん、川崎で出られる保証もないけど、(長崎の)HCの方針が変わることはないだろうから移籍しようと」

 昨季までの長崎と同様に、ハイペースバスケを展開する今季の川崎において、小針のスピードは加入直後から大いに重宝された。今はまだ「もともと持っていたものがさらに伸びた感じ」というほどに持ち味を生かせた長崎のようには、自分がフィットしている感覚はない。ただ、その違和感こそが小針のプロ選手としての伸びしろとも言えるだろう。

 ロネン・ギンズブルグHCは、その1つに判断力を挙げ、練習後に2人でビデオクリップを見ながら、意識のすり合わせを行っていると話した。また、PGの先輩にあたるキャプテンの篠山竜青は、ディフェンスについてこんなことを話していた。

「長崎は元々決められたルールを遂行しなさいというスタイルだったらしいんですけど、ネノさん(ギンズブルグHCの愛称)は状況に応じて選手たちに判断させる余白を持たせるスタイルなので、そこで戸惑っている部分もあるのかなと思います」

 今回の取材を実施した11月1日時点で、川崎は9試合を終え2勝7敗という成績だった。HCとメンバーが一新された上に、HCと外国籍2人がBリーグ未経験。チームの歯車が噛み合うには、それなりに時間がかかるというのが関係者の見立てではあった。

 しかし、小針はそうは考えていなかった。

「『まだ始まったばかりだから』と言う人もいると思うんですけど、そろそろ完成度を上げていかないと、と思いますね。特に今年は、他のチームの完成度がすごく高いので。もちろん、60試合は長いし、僕も去年後半から一気に出始めたので、シーズン中に状況が大きく変わるリーグだというのは分かっているつもりです。でも、もっと危機感を持たないといけないんじゃないかと感じています」

 まだ若く、いつ契約解除されるか分からない境遇からプロキャリアを始めた小針らしい、ハングリーな言葉だ。

無名だった子どもの頃から信じ続けた自分の価値

 市の選抜にすら入れなかった、「プロ」のプの字も思い描かなかった少年が、少しずつキャリアを積み上げ、10余年の時を経て国内トップカテゴリーのプロ選手として躍動する──。

 まるで「わらしべ長者」のようなキャリアを歩む小針の、節目と言えるタイミングでの動向を簡潔にまとめてみると、驚くほどに同じことを繰り返していることに気づく。

 すなわち、自分の価値を低めに見積もり、ここぞという場面でしっかり結果を残し、オファーをポジティブに受け入れ、自らのレベルを引き上げて新しい環境に適応していく。

 小針はプロに至るまでの道のりを「ほぼ運」「直感」とごくごく簡単に括ったが、その大前提に間違いなく本人の努力が存在していることは補足しておきたい。

「なんか、自信はあったんです。『選抜とか入っていないけど、やれるでしょ』みたいな自信はずっとありました」

 県内屈指の強豪である桐光学園高校からオファーを受けた時のことを、小針はこのように振り返っているが、チームの結果や周りの評価はさて置いても、マイペースに努力を重ねてきたからこそ自信があったのだろう。そして、その姿勢が以後のキャリアでも変わっていないことは、高校時代から節目節目で実施してきた彼への取材と、今回のインタビューを通して伝わってきた。

 小針の言うように、人生は運やタイミングや縁といった、自分ではどうしようもないものに翻弄される。努力だけではどうにも叶わないこともある。それでも、何かを成し遂げようと思った時、目の前にぱっと現れたチャンスを簡単に掴み取るためには、月並みではあるが、やはり努力は欠かせない。

「自信を持ってほしい。本当にそれくらいですね。そして、自分の価値みたいなものを見失わないでほしいです」

 小針は高みを目指していく子どもたちに、そうエールを送った。

■小針幸也(こばり・こうや)

 1999年5月18日生まれ、神奈川県出身。抜群のスピードを誇るPGとして頭角を現すと、桐光学園高校ではインターハイに出場。神奈川大学でも司令塔として活躍した。卒業後は東北リーグ所属の実業団であるJR東日本秋田ペッカーズに入団したが、2023年2月に当時B2の長崎ヴェルカに加入。Bリーグでのキャリアをスタートさせると、B1に昇格した2023-24シーズンは終盤にスタメンに定着した。川崎ブレイブサンダースへ今季期限付き移籍し、さらなる飛躍が期待されている。

(青木 美帆 / Miho Aoki)