国軍のクーデターによって今も混乱が続くミャンマー。ここにきて中国が国軍支援を鮮明に打ち出したことで、ミャンマー国民からは絶望の声が聞こえてくる。旅行作家の下川裕治氏が取材した。
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11月6日、ミャンマーの国軍トップであるミンアウンライン総司令官が中国雲南省の昆明市を訪問した。2021年2月のクーデター以来初の訪中である。メコン川流域6か国の首脳会議に中国から招待された形で、李強首相との会談も実現した。
ミンアウンラインは演説で、「国軍は和平を求めているが、少数民族軍が応じない」と発言。中国との蜜月を演出し、「これで国際社会から認められた」といった発言も国軍関係者から聞こえてくる。これまで国軍を支援していたのはロシアぐらいだった。中国のこの動きは、状況を大きく変える可能性がある。

ミャンマー国内では、国軍支援にまわった中国への非難の声が強い。「中国は間違った選択をした。さらなる混乱を生む」といった投稿がSNS上に溢れている。
当初は少数民族軍を黙認していた中国だが…
昨年の10月27日、ミャンマーの3つの少数民族軍が連携し、国軍に対する一斉攻撃を開始した。MNDAA(ミャンマー民族民主同盟軍)、TNLA(タアン民族解放軍)、AA(アラカン軍)である。その際、中国との国境付近のミャンマー側に拠点を置く特殊詐欺グループの取り締まりも宣言した。
中国はこの詐欺グループに手を焼いていた。中国の高齢者を狙った「振り込め詐欺グループ」による被害は、日本の特殊詐欺グループとは桁違いだったからだ。
当初、中国は国軍に取り締まりを要求したが、詐欺グループから莫大な賄賂を受けとっていた国軍の反応は鈍く、国境付近には、何をしても捕まらない無法地帯ができあがっていった。その取り締まりを少数民族軍は宣言したわけで、彼らの国軍への攻撃を、中国はほぼ黙認した。結果、士気に勝る少数民族軍は優位に地上戦を進め、国軍は多くの軍事基地を失っていく。少数民族軍はシャン州北部やラカイン州で彼らの支配エリアを広げていった。
この状況は、軍事政権に反対する多くの国民はもちろん、NUG(国民統一政府。クーデター後に発足した民主派政治組織。影の政府とも呼ばれる)、PDF(国民防衛軍。クーデター後、国軍に反発する人々の武装組織)などが歓迎した。
一方、国軍は中国を非難した。ミンアウンラインは「中国が少数民族軍を支援している」とまで語っていたのだ。
6月頃から雲行きが…
ところが今年の6月ごろから、両国の高官の往来が活発になる。まず、国軍ナンバー2のソーウィンが訪中し、武器の購入が目的だったという噂が流れた。8月に入ると中国の王毅外相がミャンマーでミンアウンラインと会談に臨んでいる。
その目的が明らかになってくるのは8月末だ。中国と少数民族軍との仲介役をはたしてきたのは、ワ区を事実上統治するUWSA(ワ州連合軍)だが、彼らと中国側関係者が雲南省で行った会議の議事録が流出。そこで中国は少数民族軍に圧力をかけようとしていることが判明した。それを受けるかのように、国軍に一斉攻撃をした少数民族軍のひとつMNDAAは、「NUGとの協力否定」を表明した。
この報道を耳にしたとき、ヤンゴンで法律関係の仕事につくMさん(48)はフェイクニュースかと思ったという。
「しかしその後の情報をみると、どうも本当のよう。これはまずいと思いました。ミャンマーの国民は、クーデター以来、国際社会に国軍の弾圧について訴えてきました。しかしどの国も積極的に動いてはくれなかった。そして中国が国軍支援にまわると……」
「この国が嫌です」
日本に暮らすLさん(48)は、少数民族軍が支配する北部出身のシャン族だ。独自の情報ルートがあるらしい。
「問題は民主派政府のNUGにあるよう。NUGは欧米の支援を受けています。少数民族軍がNUGと手を結ぶということは、欧米側に近づくことになる。中国はそれを警戒して圧力をかけたようなんです」
現地の民主派メディアは「中国はミャンマーの軍事政権を中国の傀儡にしようとしている」という論調で、民主派と少数民族軍を分断させようとしていると主張している。中国はかねて「停戦」を呼びかけているものの、その背後にはさまざまな策動が見え隠れする。
10月18日にはマンダレーの中国領事館に手りゅう弾が投げ込まれた。反発する民主派の犯行という見立てだが、ミャンマー国民の間では国軍の自作自演という推測も流れてきた。
これらを経て、11月に国軍トップが訪中したわけである。中国が国軍の支援に動いたことは、多くのミャンマー国民に焦燥感を生んだ。厭世的な言葉を口にする人も少なくない。
ヤンゴンの会社で働く女性のCさん(22)はこういう。
「その話、もう訊かないでください。森のなかで私たちの代わりに戦っている若者を思うと息が詰まってしまって。中国が支援すれば、国軍はもっと強く出る。もうミャンマーは終わりです。この国が嫌です」
男性のMさん(26)は、
「僕は徴兵される可能性がある。田舎の友達の何人かは拉致されるように国軍に連れ去られて兵士にされた。僕らになにができるっていうんです?」
仲買業者のNさん(42)の声には覇気がない。
「私たちはもうなにもできない。猛烈な物価高で、生きていくのがやっとなんです。もう国軍のことを考える余裕もない」
「和平を求めている」と言いながら空爆
トップのミンアウンラインは「和平を求めている」と言いつつ、少数民族軍に支配権を奪われた街やエリアに、国軍は激しい空爆を加えている。そんな地域に住む人の意識は違う。AA(アラカン軍)と国軍が衝突しているラカイン州。いま州内のほとんどのエリアはAAが支配している。国軍は地上戦では太刀打ちできないため、空爆でAAに対抗している。ある村の村長さんが話してくれた。
「私の村も空爆に遭い、娘が足を失いました。これだけ激しい戦争をしてきて、そこで中国から停戦を促されても、言うことは聞きませんよ。私たちはそんな状況じゃない」
国軍の空爆は激しさを増しつつある。最近では見境がなくなりつつある。ラカイン州では、戦闘が再び起きる可能性のある市街を避け、住民は郊外に仮設の避難村をつくって生活しているが、そこへの空爆も厭わなくなってきている。
10月21日、国軍は、1000人ほどが暮らすラカイン州の避難村のひとつへ空爆を行い、市民5人が死亡した。ラカイン州ではこの2ヵ月間の空爆で、民間人約400人が犠牲になっている。そこには約130人の女性と、18人の子供が含まれているという。
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954(昭和29)年、長野県生れ。旅行作家。『12万円で世界を歩く』でデビュー。『ホテルバンコクにようこそ』『新・バンコク探検』『5万4千円でアジア大横断』『格安エアラインで世界一周』『愛蔵と泡盛酒場「山原船」物語』『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』『沖縄の離島 路線バスの旅』『コロナ禍を旅する』など、アジアと旅に関する著書多数。『南の島の甲子園―八重山商工の夏』でミズノスポーツライター賞最優秀賞。近著に『僕はこんなふうに旅をしてきた』(朝日文庫)。
デイリー新潮編集部
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