乗れない路線に乗ろうとする青春18きっぷユーザー
格安旅行に欠かせない「青春18きっぷ」。その仕様が、この冬の発売開始分から大きく変更されることになり、利用者からは“改悪”だとの声が沸き上がっている。鉄道会社の現場からは「鉄道を利用する客が減るのではないか」との不安が持ち上がる一方で、「自動改札が利用できるようになるので、改札口で対応をしなくて済むのは助かる」と歓迎する声も聞かれる。
【画像】客のクレーム対応の舞台だった「みどりの窓口」も削減方向へ…代わりに増え続ける「話せる自動券売機」を使ってみてわかったこと
そもそも、青春18きっぷはあくまでもJRに限って、全路線、普通・快速列車が乗り放題となる切符である。一部例外はあるものの新幹線には乗車できないし、大前提として私鉄や第三セクターの鉄道では利用することができない。しかし、そのルールを知らない利用者が新幹線や私鉄でも利用できると勘違いし、駅員と揉めるトラブルがこれまでも珍しくなかった。
ある関東のローカル私鉄の駅員は、「うちの路線で18きっぷは利用できないのに、強引に“乗せろ”と迫られたことがあるし、勘違いして乗車されることが本当に多い。はっきり言って面倒な切符なので、廃止してほしいのが本音です」と打ち明ける。以前にデイリー新潮で取材したJR東日本の駅員も、「青春18きっぷの利用者はルールをわかっていない人が多すぎる」と漏らしていた。
青春18きっぷを購入すると取扱説明書も同時に渡される(発券される)のだが、おそらく、読んでいる人はほとんどいないだろう。SNSを見てみると、鉄道ファンの間でもルールを誤解している人が非常に多いし、なかには自己流のルールを自慢気に語っている人も見られる。利用期間中はこうした客が殺到するのだから、駅員の苦労は想像以上に大きいとわかる。
新幹線開業を巡り、トラブルが続出している
特に多いのが、第三セクターの鉄道会社の駅で起こるトラブルである。既に述べたように、第三セクターの鉄道会社はJRではないので、当然、青春18きっぷは利用できない。しかし、以前はJRの路線だったのに、新幹線開業を機に第三セクターに移管されたため、結果的に青春18きっぷが使えなくなってしまった路線が全国に存在する。このことを知らず、18きっぷで今まで通り利用できると思い込み、乗車する人が多いという。
今年、北陸新幹線の金沢〜敦賀駅間が開業した。この区間は、開業前まではJR西日本が運営する北陸本線の一部だった。新幹線開業に伴いJR西日本の管轄を離れ、第三セクターのIRいしかわ鉄道とハピラインふくいの2社に運営が移管された。したがって、かつて北陸本線だった区間はもう18きっぷで利用はできない……はずなのだが、特例が存在するので厄介なのである。
詳しい解説は省くが、北陸のエリアでは第三セクターであっても指定された駅であれば青春18きっぷで途中下車が可能だったりするのだ。ところが、指定された駅以外で降りると別途運賃が発生する決まりになっている。これは青い森鉄道など、一部の第三セクターでも適用されるルールだが、詳細に覚えている人がいったいどれだけいるのだろうか。
新幹線開業を機にこういった特例がいくつも登場した。これは、利用者はもちろんだが、現場の駅員にとっても、煩雑すぎて事細かに頭に入っている人は少ないと考えられる。このようにルールが細かすぎるのも、青春18きっぷを巡るトラブルに拍車がかかる要因である。青春18きっぷが面倒な存在と考える駅員が少なくない理由が、理解いただけるのではないだろうか。
「途中下車印を捺してほしい」がとても困る
これまでの青春18きっぷは自動改札を利用できないため、利用者は駅の改札口で駅員と接触する機会があった。そのため、利用者が増える夏休みや冬休みの期間は改札口が慢性的に混雑していたし、駅員と利用者の間で小競り合いはたびたび発生していた。従来の青春18きっぷで特に厄介だったのが「途中下車印を捺してほしい」という要望だと、あるJRの駅員は話してくれた。
「青春18きっぷのユーザーで、途中下車の記念に途中下車印を集めている人は多いです。駅名が書かれているので確かに記念になりますが、本来は青春18きっぷに捺す必要はないんですよ。あくまでもサービスで捺しているのです。ただ、困ったことにきれいに捺すのはなかなか難しいですし、改札口が混雑していると対応できないことも多い。すると、怒り出す利用者が必ずいるのです」
駅員によると、現在の感熱紙仕様の切符は途中下車印をきれいに捺すのが難しいという。インクが乾く前に触ればすぐに擦れてしまうし、表面がつるつるしているのでインクの乗りがそもそも悪く、駅名が潰れて見えなくなってしまうこともあるそうだ。すると、「どうしてくれるんだ!」と怒鳴りだす利用者がいるという。「する必要がないことをサービスでやっているのに、怒られてしまってはたまったものではない」と、前出の駅員。
自動改札に対応しても、途中下車印を求める要望はあるはずだ。そういう要望にはこれからどう対応するつもりなのか。「求められたら捺しますよ。私たちも鉄道に乗って思い出を作ってくれるのは嬉しいですし、下車印を通じてコミュニケーションをとるのは本来であれば楽しいことなのです。しかし、一部の方のせいで悪い印象を持ってしまうんですよね」
青春18きっぷ利用者の意識改革が必要だ
筆者は取材に伴う出張が多いうえ、個人でも旅行が好きである。しかし、旅先で駅員と利用者が言い争いになっているのを見かけると、残念な気持ちになってしまう。駅員に喧嘩腰で絡む人で多いのが酔っ払いやコワモテな雰囲気の人だが、明らかに鉄道ファンとみられる人(列車のストラップや缶バッジをリュックにつけていたり、途中下車印がびっしり捺された青春18きっぷを手にしたりしているのですぐわかる)も、多いと感じる。
2000年以降、鉄道が漫画やテレビ番組で取り上げられる機会が増え、現在もブームは続いていると考えていいだろう。前出の駅員はこのこと自体は歓迎しつつも、「モラルのない利用者が増えた。特に多いのが青春18きっぷの利用者」と語っている。青春18きっぷのシーズンは憂鬱になる駅員は少なくないようだ。
青春18きっぷの廃止論は以前から取り沙汰されていたが、このたびの改変が鉄道ファンに与えた衝撃は非常に大きかった。しかし、その一方でSNS上では「仕方ないことではないか」という声も聞かれる。今回の改変は、モラルのない利用者が各地でトラブルを引き起こしていることと無縁ではないという指摘は多い。
青春18きっぷが発売された国鉄末期と異なり、現在は新幹線が各地に延伸され、ローカル線が次々に廃止されている。青春18きっぷの長所を生かした旅をすること自体がだんだん難しくなっているし、働き手不足で鉄道会社も人材難に直面している。そんななか、青春18きっぷは鉄道会社から利用者へのサービスのような存在だった。ゆえに、利用者のモラルが改善されなければ、廃止されるのも時間の問題なのかもしれない。
ライター・宮原多可志
デイリー新潮編集部