アメリカ大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏は、選挙戦でウクライナ支援を見直す姿勢を鮮明にしてきた。ウクライナ支援より国内の移民対策に予算を回すべきだというのだ。4月には支援予算の成立を巡って、共和党議員に圧力をかけて与野党合意を遅らせたこともあった。このためウクライナ軍では砲弾が不足し、ロシア軍の猛攻に耐えきれず敗走を重ねた。
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【写真】身長180センチと抜群のプロポーションを誇るトランプ氏の愛娘・イヴァンカ氏(43)。すらりとした手足には誰もが目を奪われてしまう。
大統領候補としてのトランプ氏は、ウクライナ問題を真面目に議論するというより、ウラジミール・ゼレンスキー大統領に“個人口撃”を行うことも目立った。一時期はゼレンスキー大統領も負けずにトランプ氏を批判し、2人の関係は険悪なものになったと見られていた。
改めてトランプ氏の発言から、ウクライナ支援を問題視したものを振り返ってみよう。まず昨年5月、CNNの番組に出演し、ロシアのウクライナ侵略戦争について「私が大統領だったらこの戦争は起きていなかった。大統領になれば24時間以内に終わらせることができる」と豪語した。
今年9月にはゼレンスキー大統領を「最高のセールスマンだ。米国に来るたびに600億ドルを持ち帰る」と揶揄。「(ウクライナで)建物は倒れ、街は消えた。我々は取引を拒否する男に何十億ドルも与え続けている」と大統領がロシアとの徹底抗戦を貫き、停戦交渉には応じない姿勢を批判した。
こうした発言に対し、ゼレンスキー大統領は「戦争を止める方法を知っていると本人が考えているとしても、実際には本当にその方法を知っているわけではない」と反論。これをトランプ氏は「中傷」と受け止めたとも報道されたが、9月末にトランプ氏はゼレンスキー大統領と会談を行った。担当記者が言う。
最悪の事態が起きる可能性
「会談はゼレンスキー大統領が申し込んでいました。冒頭でトランプ氏はゼレンスキー大統領とは良い関係にあると発言しましたが、ロシアのウラジミール・プーチン大統領とも良好な関係にあるとアピールすることは忘れませんでした。会談後、2人はそろってFOXテレビに出演すると、やはりトランプ氏は『私が大統領に返り咲けば、公平で迅速な取引ができる』と強調し、ゼレンスキー大統領の徹底抗戦路線とは距離を置く姿勢を鮮明にしたのです」
防衛大学校名誉教授の佐瀬昌盛氏は、東京大学大学院で国際関係論を学び、ドイツの国立ベルリン自由大学に留学するなど、東西冷戦研究の第一人者として知られる。
1974年から2000年まで防衛大学校の教授を務め、2007年には集団的自衛権に関する憲法の見直しを検討すべく、当時首相だった安倍晋三氏の私的諮問機関の有識者委員も務めた。
佐瀬氏はトランプ氏が大統領に返り咲くことで、ウクライナを巡る世界情勢は「最悪の事態が起きても不思議ではないと覚悟する必要があります」と警鐘を鳴らす。
「そもそも、トランプ氏が大統領選で勝利を収めたことが大問題です。トランプ氏は大統領だった2022年1月、再選を目指した大統領選で敗れたことを認めず、支持者を煽動して連邦議会を襲撃させました」
唯一の希望
大統領選に敗れたトランプ氏はホワイトハウス横の広場で「選挙の勝利は極左の民主党の連中によって盗まれ、さらにフェイクニュースのメディアによっても盗まれた」、「我々は戦う。ともかく死ぬ気で戦う」と支持者に呼びかけた。その結果、数千人の支持者が連邦議事堂を襲撃。警官を含む複数の死亡者が出たほか、最終的には州兵が緊急出動する事態に発展した。実質的にはトランプ氏によるクーデターだったと指摘する識者もいる。
「トランプ氏が行ったことは、国家反逆罪で有罪になってもおかしくない暴挙だったのです。今回の大統領選では民主主義の価値という近代政治思想の根幹が問われたにもかかわらず、アメリカの有権者は目先のインフレ対策に期待してトランプ氏を選びました。大統領選がこんな結果に終わった以上、どれだけウクライナが苦境に陥っても、アメリカが積極的に支援するとは思えません。ウクライナの戦況が悪化することはあっても、好転することはないでしょう」(同・佐瀬氏)
それでも唯一、期待できるポイントがある。佐瀬氏は「検索エンジンに英語でトランプ氏の名前と、ライアー(嘘つき)と入力してみてください」と言う。
典型的なほら吹き
「大量の検索結果が表示されますが、注目すべきはニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストだけでなく、ヨーロッパの高級紙も『トランプ氏は嘘つき』という記事を相当な数、配信していることです。彼の場合、今日言ったことが1週間後には変わってしまっています。典型的なほら吹きであり、実際に大統領だった時は多くの主要公約が実現しませんでした。ひょっとするとトランプ氏がウクライナの支援削減を忘れてしまう可能性もゼロではないと思います」(同・佐瀬氏)
これまでアメリカはロシアと中国を仮想敵国と見なす政策を採ってきた。ところがトランプ氏はプーチン大統領や習近平国家主席と直接交渉する姿勢を表明してきた。
「こんな方針転換は国務省もペンタゴン(国防総省)も認めるわけにはいかないはずです。アメリカの官僚制では省庁のトップ層は大統領の支持者が任命されます。トップダウンの命令系統を確立するためですが、少なくとも事務方はトランプ氏の指示には必死で抵抗するでしょう。もしトランプ氏が本気でウクライナ支援を打ち切り、プーチン大統領と直接交渉に入ると決断すれば、統合参謀本部は全員が辞表を出してもおかしくないはずですし、私は出すべきだと思います。それにプーチン大統領はトランプ氏のために戦争をしているわけではありません。それほど簡単に停戦交渉は進まないのではないでしょうか」(同・佐瀬氏)
アメリカ内戦とNATO離脱の可能性
最悪のシナリオは2つあるという。まず1つ目はトランプ大統領の施策が成功せず、アメリカ国民が失望を感じた場合だ。
「その際、注意すべきなのは現在のアメリカでは深刻な分断が進んでいるということです。客観的に見てトランプ氏の政策が失敗したことが明らかになったとしても、トランプ氏の熱狂的な支持者は失政を認めないでしょう。トランプ大統領に失望した層と、あくまでも擁護する層の対立が深刻化すると、私はアメリカが内戦状態に陥っても不思議ではないと考えています。連邦議事堂襲撃事件でも、異常な重武装の“民兵”が出現しました。アメリカの内政が混乱すると、外交に目を向ける余裕がなくなります。国内の治安情勢が極端に悪化することで、ウクライナ問題をアメリカが忘れてしまう可能性があります」(同・佐瀬氏)
2つ目は、アメリカがNATO(北大西洋条約機構)と距離を置くことによる混乱だ。トランプ氏はこれまでにも何度もNATO離脱をちらつかせてきた。
「NATOはアメリカの“核の傘”を前提にしています。60年代、フランスのシャルル・ドゴール大統領は光栄あるフランスを取り戻すため、NATOから脱退することを検討しました。フランスは核保有国ですが、もし核攻撃を受けたとしても、NATOに加盟していればアメリカの反撃能力に期待できます。核抑止力が成り立つわけですが、フランス一国だけでは反撃能力が足りません。そのためフランスはアメリカの“核の傘”に入ることを選び、NATO離脱を断念したのです」(同・佐瀬氏)
石破首相がやるべきこと
ただし、フランスは断念せざるを得なかったとしても、アメリカはNATOを脱退することが可能なのは言うまでもない。
「ロシアに近いポーランドなどのNATO加盟国は、ウクライナ戦争を間近に見ながら『次にロシアはわが国に侵攻してくるかもしれない』と脅威を感じています。彼らにとってウクライナ支援が打ち切られるかどうかという問題は、自分たちに直接関係のあることなのです。ロシアと交渉したいトランプ氏と、ロシアを封じ込めてほしい東欧の旧社会主義国家では温度差があまりに大きく、NATOに亀裂が生まれかねません。NATO分裂という事態になれば、やはりウクライナ支援が後退する可能性が生じます。これを防ぐためにはイギリス、フランス、ドイツの3カ国首脳が共にアメリカを訪問し、4カ国協議でNATOの団結をトランプ氏に迫るしかないでしょう」(同・佐瀬氏)
トランプ氏が大統領に就任すると、国際情勢は激変する可能性がある。最後に石破首相はどうすべきなのか、佐瀬氏に聞いた。
「私は石破さんに会ったことがありますが、正直な人という印象を持ちました。ただし、トランプ氏と会談する際は、そうした正直さは封印したほうがいいと思います。とにかく相手は稀代のペテン師ですし、会えば『約束を取り付けさせよう』、『言質を取ろう』と考えているに違いありません。何かを約束するだけで日本にとってはリスクです。表面上は友好な関係を維持しながら、なるべく関わりあいにならないよう逃げてくるのが最も日本の国益に適うと思います」(同・佐瀬氏)
デイリー新潮編集部