集英社リミックスの「【推しの子】」1巻
原作・赤坂アカ氏×作画・横槍メンゴ氏によるマンガ「【推しの子】」が11月14日に完結する。集英社が刊行する「週刊ヤングジャンプ」にて2020年21号より連載が開始となった本作は、1週遅れでウェブコミック配信サイト「少年ジャンプ+」でも連載されており、「週刊ヤングジャンプ 2024年50号」をもって最終回を迎える。
原作の赤坂アカ氏は、マンガ「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」の作者としても知られており、その原作連載中に「【推しの子】」の連載もスタートするという異例さが話題となった。本作はテレビスペシャルを含めて4度のアニメ化と、男性アイドルグループ「King & Prince」の平野紫耀さんと、「千年に一人の逸材」と評される橋本環奈さんを迎え、2度の実写映画化を果たした作品でもある。
一方、作画担当の横槍メンゴ氏は「クズの本懐」や「レトルトパウチ!」といった恋愛をテーマとした代表作で知られ、本人曰く「まつ毛の描写や髪の毛のフワッとした感じにこだわっている」という、細やかな女性キャラクターの描写に定評がある。
左から赤坂アカ氏の「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~(集英社)」横槍メンゴ氏の「クズの本懐(スクウェア・エニックス)」
そんな両名がタッグを組み、その発表からセンセーショナルな作風でマンガ業界を牽引し続けてきた「【推しの子】」は、20歳の誕生日当日に命を落とした伝説的アイドル・アイと、彼女が極秘裏に出産した双子・アクアとルビーが主軸となっている。
しかしアクアとルビーには前世の記憶と人格があり、アクアにはアイが身を隠すように訪れた宮城県の産婦人科医・ゴローが、ルビーには同じ病院に入院していた重病の少女・天童寺さりなが転生していた。ファンや世間に隠しきって出産したはずの実子の存在を知っており、さらに何故かアイの住所まで知っていた熱狂的なファンの凶刃によって倒れたアイ。果たしてアイを殺した人物は誰なのか? その正体を追う復讐劇として「【推しの子】」は開幕する。本作について具体的に言及する前に、まずはメインキャラクターについて紹介したい。
なお、本記事は「【推しの子】」最終話直前の第165話までの内容を含むため、ネタバレにはご注意いただきたい。
11月14日発売の「週刊ヤングジャンプ 2024年50号」で完結となる
【TVアニメ『【推しの子】』本予告【2023年4月より放送開始】】「【推しの子】」の主要キャラクターたち
・ 星野アイ(ほしのあい)
アイドルグループ「B小町」のセンターを務める伝説的アイドル・アイとして活動していた少女。16歳時点でアクアとルビーを妊娠しており、産婦人科医であるゴローの元へやってきた。
「嘘はとびきりの愛」という信条を持っており、ファンのため実子の存在は隠し切る方針でおり、出産のため活動休止した後はすぐに芸能界に復帰。自身が子どもの頃に母親は窃盗で捕まり、一時的に施設で生活をすることになるが、母親が釈放された後も迎えに来なかったため、そのまま施設で育つことになる。前述の信条からアイドルとしての自分を虚像として作り上げており、その徹底ぶりがカリスマ性となって多くのファンを惹きつけた。
「アイ」(コミックス1巻)
・ 星野愛久愛海(ほしのあくあまりん)
星野アイの双子の子どもで、ルビーの兄。本名は愛久愛海だが、ひょんなことから子役としてデビューし、基本的にはその芸名である「アクア」と呼ばれる。
産婦人科医としてアイの担当になり、アイが出産する直前にある事件に巻き込まれて死亡した人物・ゴローの記憶と人格を持っており、アイが刺殺された際は彼女の一番近くにいた。その犯人を突き止めて復讐するという強い動機を持っており、本作は彼の視点から物語が展開していく。アイを殺害した犯人と近い立場にいるであろう、自身の父親が芸能界にいる可能性が高いと推測し、その人物を探す手段として役者の道を歩み出す。
「アクア」(コミックス3巻)
・ 星野瑠美衣(ほしのるびい)
星野アイの双子の子どもで、アクアの妹。アクアと同じく、基本的に芸名であるルビーと呼ばれる。退形成性星細胞腫という難病を患い、ゴローが務める病院に入院していた少女・天童寺さりなの記憶と人格を持つ。前世ではゴローと深い絆を結び、彼に何度も求婚するほどの仲だったが、ゴローからは「(さりなが)16歳になったら考える」とかわされていた。
ゴローと同じくアイの熱狂的なファンであり、アイの子どもとして転生してからはそのオタクっぷりに拍車がかかっていた。アイドルとして、アイが果たせなかったドーム公演を実現するという夢を持っており、かつてB小町が所属していた苺プロダクションから「新生B小町」としてアイドルデビューする。
「ルビー」(コミックス2巻)
・ 有馬かな
新生B小町のセンターとして、ルビーとともに活動するアイドル。元は「10秒で泣ける天才子役」と呼ばれていた国民的子役で、年齢=芸歴であることを誇りに思っている一方、その人気によって増長していた頃(といっても子どもの時分であるが)に周囲から人が離れていったことや、子役として浴びた脚光に続くような活躍ができなかった時期が長かったことから卑屈になってしまう一面も。アクアが初めて演技をすることになった映画で共演しており、役者として見事に存在感を放ったアクアをそれ以来気にしている。
「有馬かな」(コミックス4巻)
・ MEMちょ
アクアの出世作となった恋愛リアリティショー「今からガチ恋始めます」に出演していた、自称女子高生YouTuber。実際は年齢を7つサバ読んでいたことが後に明らかになる。TikTokでの活動歴もあり、新たに投稿する動画が最も注目されやすいタイミングを熟知しているなど、“バズらせのプロ”であることを自負している。恋愛リアリティショーへの出演をきっかけに知り合ったアクアから、新生B小町の活動に誘われ念願だったアイドルデビューを果たす。
「MEMちょ」(コミックス8巻)
・ 黒川あかね
MEMちょと同じく、「今からガチ恋始めます」に出演していた女優。舞台演劇を中心に活動しており、業界では名の通った劇団「ララライ」のエース。
普段は物腰が柔らかく、どこにでもいる年相応の女の子だが、演じる役にどっぷりと浸かる憑依型の役者で、キャラクターの心情や思考パターンをより深く理解するためプロファイリングの技術を身に着けている。そのノウハウを活かし、アクアが世間的には公表されていないアイの息子であることにいち早く気づくなど、物語の展開を牽引する存在。子どもの頃、テレビで見た有馬かなに憧れて役者の道に入ったということもあり、彼女に対して対抗心や憧れなどが混ざりあった複雑な感情を抱いている。
「黒川あかね」(コミックス5巻)
作中における“推しの子”とは何だったのか?
「【推しの子】」は記事冒頭でも触れたように、ヒット作を手がけている最中の赤坂アカ氏が原作を担当しているという点もあり、並々ならぬプロモーション展開がされていて、いかにも鳴り物入りといった様相を呈していた。そんな機運も相まって筆者も連載当初からチェックしていたのだが、近年は公式アプリでいつでも読み返せるということもあり、何話か溜めては読み、溜めては読みという形で作品に接していたのだが、その間にはTVアニメ化もされ、YOASOBIによる主題歌「アイドル」が歴史的なヒットを記録したことや、この手の作品には珍しく幼児層にも異例のヒットをしている様子を横目で見ていた。
完結まで残り4話のアナウンスが出たあたりから、そんな一大ムーブメントを巻き起こした本作の物語を整理するためにもイチから読み直したところ、「結局“推しの子”とは何だったのか?」という視点で考えてみたいという思いが湧いてきた。
タイトルにある字面としての“推しの子”とは、言わずもがなゴローと天童寺さりなにとっての推し=アイの子どもであり、本作の中心となっているアクアとルビーを指すことに疑いはないだろう。その一方、作中に登場するワードとしては、アクアに対して恋心を抱く有馬かなが、B小町としての活動を通してアクアの“推しの子”になってやると宣言する場面で使われる。
コミックス11巻
定番の箱モノミステリーを芸能界という“密室”で展開した見事さ
そんな「【推しの子】」だが、作品の象徴である星野アイは早々に退場してしまうため、現実の街中やネット上の広告といった露出機会で目にする頻度に対して、アイが直接登場するシーンは意外にも少ない。作中で最大の影響力を持つキャラクターが、不在のまま物語が進んでいくというストーリーラインでは、一般的に密室というシチュエーションが用意されるパターンが多い(余談だが、個人的にはこの手の構造をした作品としては、佐藤祐市監督による映画「キサラギ」が脳裏に焼きついている)。
「【推しの子】」では、その“密室”としての役割を芸能界という特別な、しかし“閉じた”世界に持たせている。この換骨奪胎が見事だと感じた。
コミックス7巻
嘘にまみれた登場人物たちがスポットライトを浴びる瞬間とは
さて、密室が舞台となっている作品では幾重もの謎があり、物語が進むにつれてそれが明かされていくというのがお約束だ。だいたいは密室に集められた人物たちの素性や行動、そもそも何故密室に連れてこられたのか、それを目論む黒幕の正体は? といったことに焦点が当てられるが、「【推しの子】」という作品に横たわる謎らしい謎といえば「アイを殺害した人物の正体」くらいのものだ(フラットに見ればゴローと天童寺さりなが何故転生できたのかという点も謎として扱われるだろうが、本作においてはあまり重要視されていない)。
その代わりにあるのが、アクアを始めとする「登場人物たちの嘘」だ。そもそも本作において絶対的な存在であるアイ自身が、他者への愛として嘘をつくことを信条としており、本作における“嘘”はそのテーマ性と密接に関わり合っている。周りのため、自分の本心を押し殺すために思春期の少年少女がつくようなかわいい嘘から、理想と現実のギャップに負けないようプロフェッショナルとして徹する大人たちの嘘、内心に飼っているとんでもない化け物を隠すための嘘など、本作の登場人物たちは基本的に嘘をついている。
そんななか、嘘を嫌い本心で周囲を動かしていくキャラクターがただひとりだけいる。ルビーだ。嘘が基本となっている本作において、ハイライトされるのはキャラクターがその本心をさらけ出すシーンだ。死の間際、自分の子どもに愛してるという言葉を贈ったアイ、そのアイを奪った犯人への復讐を誓ったアクア、有馬かなへの秘めた憧れを表出させるあかね、「死んだらビンタしてやる」という言葉を嘘にしなかった有馬かな……虚実入り交じった登場人物たちのなかにあって、ルビーだけがひとりスポットライトを浴び続けている。「【推しの子】」という作品はアクアの視点で物語が展開されていくが、そういった意味での本当の主人公はルビーなのかもしれない。
コミックス14巻
最終回を目前とした直近の展開では、自らの手を汚さず価値ある命を奪うことに意味を見出す実父・カミキヒカルを追い詰めたアクアが心中を決行。その死体が発見され、打ちひしがれるルビーや有馬かな、あかねの様子が描かれている。前世から深いつながりを持つ存在と、またしても死に別れてしまったルビーは最後にどのようなハイライトを浴びるのか。その結末を見届けたい。
【YOASOBI「アイドル」 Official Music Video】