[画像] アジアのファッションハブへと進化する マカオ 。強い個性が生む新商機【マカオファッションフェスティバル2024レポート】

カジノ都市・マカオが、アジアのファッションハブとして着実に存在感を増している。10月16〜19日に開催されたマカオ最大のファッションイベント「マカオファッションフェスティバル2024(MFF2024)」は、マカオならではのアイデンティティを際立たせながらもグローバルな要素を盛り込み、クリエーションとビジネスの交流を促進する場となった。地元の気鋭デザイナーたちが独創的な表現によって個性を発揮した一方、他地域のデザイナーを招聘することで、グローバルな視点や新たなインスピレーションをもたらした。さらに、デザイナー同士の協業や、アジア各国のクリエイターによるフラワーアレンジメントなど、異なる分野のコラボレーションを実現し、イベントの魅力を広げるとともに、文化的な多様性も体現した。こうした取り組みの背景にあるのは、マカオを含むグレーターベイエリア(マカオ、香港、中国南部の9都市)との経済連携だ。同イベントにおいても同エリア間での協力を強めており、特に今年は、中国返還25周年の記念イベントと位置づけ、その戦略的連携やアジア市場におけるプレゼンスをより顕著に打ち出した。MFF2024を、4つのトピックで振り返る。

1. 15回目を迎えたMFF マカオのファッション産業を支えるCPTTM

CPTTMの局長を務めるヴィクトリア・クアン氏。今年のMFFのビジュアルには中国返還25周年を象徴するロゴを大きく配している

今年で15回目を迎えるMFF2024をリードしてきたのが、マカオ生産性技術移転センター(CPTTM)*だ(主催はCPTTMと招商投資促進局[IPIM])。1996年から約20年にわたりCPTTMで活動し、2022年4月に局長に就任したヴィクトリア・クアン氏は、「2010年に初めてMFFを開催したときは、参加ブランドも少なく継続できるかどうか不安だったが、マカオ政府の支援や周辺地域との連携によって、毎年イベントを続けることができている」とMFFの15年を振り返る。*マカオ政府とマカオ商工会議所の共同出資で設立された非営利団体。地域経済の競争力強化を目的として、企業支援や技術研修、ビジネスマッチングといった活動を通じて、地元産業や人材育成をサポートしている。2003年には、ファッションデザインの基礎や技術を習得するためのファッション教育プログラムを開始。ファッション業界でのキャリアをサポートする取り組みとして、卒業生を対象とした実務経験やビジネススキルの育成にも力を入れている。今回のMFFは15回目という節目を迎えるとともに、マカオの中国返還25周年の記念イベントとして、マカオ政府から承認を得た。クアン氏は、記念イベントであることを示すロゴを指し、「承認を得るまでには多くの苦労があった。こうしてロゴを使用できることは我々の大きな誇りだ」と話した。会期最終日には、マカオの実力派デザイナー5人による特別コレクションショーを実施。ショーの冒頭では、25年間におけるファッション産業の変遷を描いた動画も公開し、マカオにおけるその文化的価値を印象づけた。

中国返還25周年の記念ショーに参加したNega C.のイザベラ・チョイ氏。オレンジ・ブラッサムをテーマにしたコレクションで祝福ムードを盛り上げた。MFF会期中は展示ブースで自ら商談に臨んだ。ツイードジャケット(約1万円)は定番人気アイテムだという。

デザイナーたちのユニークネスマカオのデザイナーたちがMFFや海外の展示会などでコレクションを披露するなかで見えてきたのが、マカオ独自の地理的特性や歴史的背景が強みになっているということだ。クアン氏は、「マカオのデザイナーに伝えたいのは、ほかの地域のデザイナーよりも恵まれた環境にいるということだ。深圳や広州などの中国本土に近いため、生地などの素材の選択肢が多い。中国本土から質の良いものを迅速に仕入れることができる」と指摘する。

Work.In. Process.Moデザイナーのンガ・レオン・チャン氏は、台湾大学でテキスタイルデザインを学んだ経験があり、「オリジナル性を出すために、小さな工場を回って生地を厳選している。着心地の良さも併せて大切にしている」。MFF2024では、マカオ政府文化局とCPTTMが主催するサンプル製作作品コンテスト**の受賞デザイナーとして作品を披露した。「多くの人に作品を見てもらえる機会でもありありがたい。賞金(16万パタカ)はブランドのプロモーション費用に使いたい」という。(Image via CPTTM[右])

サンプル作品とともに、事業・販売プランも併せて提出する必要があり、クリエイティビティーとビジネスの両面で評価される。受賞者には賞金16万パタカ(約300万円)がおくられる。クリエーションについても、「ポルトガル領であったことで、欧州と中国の双方の文化に触れて育ったデザイナーたちは、ほかの地域のデザイナーとは異なる独特のデザイン感覚を持っていると思われる。これはCPTTMがデザイナーとともに海外に出向いてコレクションを発表するようになってから指摘されることが多い。それだけに、今でも残るポルトガル領時代の文化をどう維持していくかも大きな課題になるだろう」(クアン氏)。香港の服飾産業訓練局(Clothing Industry Training Authority)の会長であり、香港ファッション界のキーパーソンとして長年に渡り同イベントに出席しているリチャード・チェン氏も、マカオのデザイナーたちの独自性に注目する。「香港のデザイナーたちにも言えることだが、マカオのデザイナーたちも個性がより強く発揮されてきたと感じる」という。若手デザイナーたちがさらに成長するための要素として「市場が小さいため、グレーターベイエリアなどとの連携は欠かせない」とし、Glossy Japanに向け、「ユニクロの柳井氏は、変化に柔軟に対応しながら信念を持って事業を拡大してきた。デザイナーもそうした視点を持つべきだ」と語った。

香港の服飾産業訓練局で会長を務めるリチャード・チェン氏

持続的な成長と新たな商機の創出CPTTMは今後もマカオのファッション産業の持続的な成長やデザイナーたちの国際的な競争力をさらに高めることに重点を置く。「コロナ禍の影響はまだ残っており、経済の完全な回復には至っていない。それだけに新しいアイディアが求められている」とクアン氏。MFF2024では「会場内にデザイナーやブランドの展示・商談ブースを設け、来場者との接点を増やした。コロナ禍前のように、ポルトガルをはじめとする他地域からも有力デザイナーを招聘していきたい」という。「現在の形でイベントを続けて10年以上が経過した。若いデザイナーたちがどのようにすればより力を発揮できるのか、その形を研究し続けていきたい」という。

ミッシェル・ヤン氏は、MACONSEF***の2023年度卒業生としてほかの学生たちとともに作品を披露。もともとは専業主婦だったが、子育てもひと段落し、コロナ禍で在宅時間が増えるなか、フェイスブックでCPTTMの教育プログラムを知ることに。現在は作品づくりに没頭する。「もっともっと勉強したい。CPTTMではファッションに関する短期講座も豊富にあり興味がある」。CPTTMと香港Fashion Farm Foundationとの協業企画の一環で、香港のファッションデザイナーブランド「MOODLABBYLORRAINE」とのニットコレクションを製作。MFF会場でも展示を行った。(Image via CPTTM[右])

***マカオ唯一のファッション&クリエイティビティーのスペシャリスト養成機関ハウス・オブ・アパレル・テクノロジー(HAT)での18カ月間のディプロマプログラムを修了した学生が、さらに実践的なプログラムを学ぶ機関MFF以外においても、機能素材を開発する企業とデザイナーとのコラボレーションや、デザイナーたちの生産性や効率を高めるためのデジタル技術の導入など、企業や機関からのオファーも増えた。「新しいアイディアがあるのなら、抵抗せずにできることをやってみる。動きながら考えることが何より大切だ」とクアン氏は話した。

会場はブランドの展示・商談ブースを設けた。

2. コラボレーションがもたらすMFFの多様性

キッズモデルたちが地元デザイナーたちが製作した子ども服を着てウォーキングするマカオキッズファッションパレード、デザイナーたちが互いの作品を組み合わせて新たなスタイリングを提案する合同ショー(Light of Macao Designersの一部)など、MFFにおいて「コラボレーション」は欠かせないキーワードとなっている。コンテンツが多様化することでクリエーションに対する多層的な視点が生まれそうだ。会期3日目に行われたマカオ華道デザイナー学院(The Macau Academy of Flower Arrangement Designer)による花とファッションをテーマにしたショーは、フラワーデザイナーらが制作したアート作品をモデルが身に纏いランウェイで披露するというもの。3回目を迎えた今年は、グレーターベイエリア(マカオ、香港、広州、中山)およびアジア(日本、韓国、フィリピン)のフラワーデザイナー22人が参加。「Bloom」をテーマに、花が咲き誇る際の美しさを7つの色で表現した。

(左から)戸川力太氏、野間香織氏の作品

日本からはフラワーアーティストとして活動する戸川力太氏、野間香織氏が参加した。昨年に続き2度目の参加となった戸川氏は、椿をメインに、月をイメージしたオブジェや着物の帯締めをスタイリングし、和の文化を彷彿とさせる作品を披露した。「実は予定していたスタイリングの変更を余儀なくされたのだが、それをリカバリーできるかも実力のひとつ。今回のような国際的なショーに出演することは、自身の活動や花に対する視点が広がる機会になっている」という。今年6月には、全国の生花店が加盟する一般社団法人JFTD(花キューピット)が主催するジャパンカップ」で初優勝。活躍の場をますます広げている。同イベントに初めて参加した野間香織氏は、黒いスキンスーツを着たモデルに花をスタイリングしていくのは初めての経験であったという。しかし、アート作品を発表したり、空間コーディネートなど手がけてきた経験が活かされた。アパレル業界にいたこともあり、今回の作品づくりは、「アート、花、ファッションと、私自身のこれまでの経験が繋がるいい経験だった。今後もグローバルな活動を積極的に行いたい」と話した。

3. グローバルなファッション都市としての進化

同イベントで近年力を入れているのが、グレーターベイエリアのファッション業界との相互連携だ。マカオとともに同エリアに属する香港、深圳、広州、中山から招いたデザイナーたちによるコレクションショー「Fashion Parade(ファッションパレード)」がMFF2024のオープニングを飾り、イベント会場では、マカオ、香港、深圳、珠海の7つのファッションデザイン教育機関の若手デザイナーたちによるコレクションも展示した。海外から参加したデザイナーたちは、ローカル文化を軸にしながら、グローバル市場での事業拡大を目指す姿が目立った。廊などでみられる風車や店舗の鉄格子による紋様、ネオンサイン、タクシーといった香港の文化を象徴するモチーフを伝統的なチャイナドレスに取り入れて注目を集めたのが、香港のファッションブランド「Sparkle By Karen Chan」だ。香港の著名書道家とのコラボレーションした草書(Cursive Script)コレクションや、香港で人気のアニメキャラクター「老夫子」との協業を通じ、ウェアラブルアート(着るアート)の可能性を追求している。

香港ならではのカルチャー要素を落とし込んだカレン・チャン氏のコレクション。パワーショルダーやパンツスタイルを取り入れ、デニムやレースなどの素材を採用するなど、チャイナ服にもモダンな解釈を加えている。

デザイナーのカレン・チャン氏は、クリエーションにおけるミックス感覚は、米国やカナダなどでの長期海外経験も影響しているかもしれないと話す。日本の浴衣や着物が日常生活に溶け込んでいる点にも多くインスパイアされているといい、「温泉宿で浴衣を着る体験はとても心地よく、香港でも同じように伝統衣装を日常に取り入れるカルチャーが根づいてほしい」と話す。「フォーマルな場やパーティーだけではなく、通勤でもチャイナドレスを着る姿を見ることができれば」と期待する。

香港最大のファッションイベントのひとつであるセンターステージ(CENTRESTAGE)の常連であり、NYやパリでも作品を発表しているカレン・チャン氏。MFFへの参加について、「香港を代表して作品を発表できるのはとても光栄。グレーターベイエリアのファッションシーンを盛り上げていきたい」とコメントと語った。

フィリピンから参加したのは、ハンズ・コキーラ氏によるウィメンズブランド「Hanz Coquilla Alta Costura」。最新の来春夏コレクションは、フィリピンの伝統衣装テルノからインスピレーションを得た。テルノの大きな特徴である肩部分が大きく張り出したバタフライ・スリーブをデニムのラッフルワンピースやショートジャケット、ツイードのワンピースなどに取り入れた華やかなドレス群だ。コキーラ氏は、「コレクションのコンセプトはその時々で変わるが、フィリピンの伝統的な文化をデザインに取り入れ、それを若い世代やグローバルな場で発信することは、デザイナーとしての使命だと感じている」と話す。サステナブルな素材を採用するなど環境に配慮したブランド運営にも力を入れている。

ハンズ・コキーラ氏。フランスや米国のファッションイベントにも積極的に参加。日本でもコレクションを披露したことがあるが、いずれは東京のファッションウィークにも参加したいという。

今回のMFFには2017年、2019年に続いて3度目の参加となった。「マカオのデザイナーたちとも交流でき、互いにインスピレーションを受けられる貴重な機会。何より、運営する人々もイベントそのものも素晴らしい」とコキーラ氏は話した。

4. 業界全体の底上げを図る 新たな非営利団体MFDIAの役割

今年で2回目を迎えたのが、MFDIA(Macao Fashion Design Industry Association/マカオファッションデザイン産業協会)による合同ファッションショー「Light of Macao Designers」だ。MFDIAに所属する19名のデザイナーが、メンズ・レディースウェア、カジュアルウェア、イブニングウェアを含む全75点の作品を披露した。ゲストの招待や運営のすべてを会員デザイナーたちが手がけ、互いの創造力やビジネススキルを高め合う場としても重要な役割を担っている。MFDIAは、マカオのファッションデザイン業界の交流や活性化を目的に2021年に設立された非営利団体。会員数は順調に増え、現在は約70人が所属している。会長を務めるアロ・ロー氏、理事長を務めるアキナ・レイ氏も現役のデザイナーとして活動している。しかし、MFDIAの活動はデザイナー支援にとどまらない。ファッション産業そのものを支えるプラットフォームになることだという。アキナ・レイ氏は、「教育、セールス、バイイングなどファッション産業にかかわるすべての人々を繋ぎ、業界全体の底上げを図る」ことを目的としているという。

Salut, ça va?のデザイナー、アキナ・レイ氏。現在はMFDIA理事長としての仕事に奔走する毎日だというが、MFFではキッズモデルたちのためのコレクションを製作した。

また、MFDIAは、マカオ外部のリソースも積極的に取り入れており、中国や台湾から招聘したゲストによるセミナーなどを通してデザイナーの知識向上を図るほか、国際市場へ向けたマカオファッションの訴求力強化にも取り組んでいる。企業とデザイナーのビジネスマッチングもそのひとつだ。合同ショーの「Light of Macao Designers」について、「まさにデザイナーたちに光を当てるイベントだ」と話すレイ氏。「ブランドを持たないデザイナーも参加可能だ。外の世界に目を向け、デザイナーとして成長を続けられる環境を提供したい大切なのは、中国での展示会やイベントに参加するなど、外の世界に目を向けること。人に会うことで発見が生まれ、それがマカオのファッション産業の継続や発展に繋がると考えている」と次世代育成への意欲を示す。今後はインターンシップ制度の導入も視野に入れているという。

合同ショーの「Light of Macao Designers」で、NO.42のデザイナーであるヴィーナス・トウ氏とオフィリア・ヴォン氏は、ella épelerデザイナーのエラ・レイ氏とタッグを組んだ。互いの作品を組み合わせ、新たなスタイリングを生み出す作業はとても刺激的だったという。MFDIAの活動自体も「新しい発想が生まれる好機となっている」(トウ氏)。(Image via CPTTM)

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