闇バイトのきっかけはスマホ

大きな社会問題になっている闇バイト。安直に手を出す若者が後を絶たない。先日、強盗事件の現金回収役で逮捕されたのは子持ちの主婦だったが、実行部隊として犯罪組織にアテにされているのは、若い世代ばかりではないようだ。

「まさか今年で82歳になる自分の父親が、闇バイトに手を出すとは思いもしなかった。発覚したときは手足が震えましたよ…」

こう話すのは、神奈川県に住む前田満さん(仮名・60代)である。この夏、都内で一人暮らしを続ける父親(82歳)に起きた出来事を語って貰った。

「すべては父にスマホを与えたことから始まります。父はずっとガラケーを使っていたのですが、同年代の仲間たちが、スマホを使っているのをみて、『みんなスマホを使っているから俺もスマホが持ちたい』と言い出したんです。

今どきの高齢者はカラオケやグランドゴルフの集まりも、ラインのグループチャットでやり取りしますからね。ねだる気持ちもわからなくもない。それで80歳の誕生日を迎えた時に、傘寿のお祝いということで、スマホをプレゼントしたのです。

父は凄く喜んでくれて、意気揚々とスマホ教室に通っては使い方を覚えて、孫とLINEでビデオ通話したり、脳トレのアプリを入れたりして、スマホで楽しむようになったんです」

父はアマゾンや楽天も使いこなし、重たい日用品を家に届けてもらう方法も完璧に覚えたという。

「私も月2〜3回は父の家に様子を見にいっていましたが、スマホの使い方を覚えてくれたことで、私自身も楽になりました。LINEでメッセージを送れば返してくれるし、手軽に安否確認もできるようになったから、ほんとスマホを持たせて良かったなとずっと思っていたんです」

ところが今年の8月、まさかの異変が起きる。

突然、知らない男から電話が…

満さんのスマホに、知らない男性から突然電話がかかってきたのだ。

「確か、夜の10時頃だったと思います。非通知で電話が鳴り、出てみたら30代くらいの男性の声で、『お宅のお父さんに電話をかけているけど、出てくれない。年齢のことを考えると何かあったのでは?』と言われたです。こっちもびっくりして、『教えてくれてありがとうございます。いますぐ父の安否確認をします』と答えて電話を切りました」

満さんはすぐさまスマホと実家の固定電話を鳴らしたものの、応答はなし。

「頼むから生きていてくれっ!」

そう祈りながら車を走らせ、父のもとに急いで向かったという。

「そうしたらですよ! 家に灯りがついていて、インターホンを押したらフツーに父が出てきて『こんな時間にどうしたんだよ?』と逆に聞かれた。『どうしたもこうしたもないよ。30代くらいの男性から連絡が取れないって俺に電話が掛かってきたんだよ』って若干キレながら伝えると、『あっ…! 忘れていたわ。約束の仕事は今日だったわ。しまったなぁ、友だちとカラオケ行っちゃったよ』って言い出したんです」

満さんはその場で脱力して、ほっと胸を撫でおろしたという。しかし、そこで冷静になってみると、電話を掛けてきた「謎の男」と「約束の仕事」というのが気になったので、問いただしたという。

「仕事はこれだよ」

軽い感じでスマホを見せられた満さんは、思わず仰天した。差し出されたX(旧Twitter)に書かれてあったのは、

〈たった2時間、封書を届けるお仕事、即金2万円、年齢不問〉

という文章だったからだ。

父は闇バイトに気づいていなかった

「その先にある誘導サイトに入って確認することができなかったのですが、誘導サイトに行くまでもなく、見た瞬間、ダメだ…これ闇バイトだって気づきました。

すぐに父を問い詰めましたよ。そうしたら『Xを見ていたら、2時間で2万円で年齢も性別も学歴も問わないと書いてあったから、生活費の足しにしようとサイトに入った』と…。それで自宅住所に電話番号、そして息子である僕の家の住所と電話番号まで伝えたと知らされました」

父が受けた仕事は、この日、22時に自宅から3キロほど先にあるコンビニの駐車場で待ち合わせをして、そこで封筒を受け取ったあと電車に乗り、5つ先の駅で降りて待機。電話がかかってきたら、さらに指定された待ち合わせ場所に移動して、その封筒を渡すことになっていたという。

報酬はそこで現金で渡される予定だったらしい。

「父は、闇バイトを日中までは覚えていたのですが、夕方に友人からカラオケを誘われ、歌っているうちに約束自体を忘れてすっぽかしていました。最近物忘れが酷くなっているのを気に病んでいましたが、この時ばかりはボケてくれて本当に良かったと思いました。あやうく犯罪の片棒を担ぐところでしたから…。

でも…。問題は大ありです。犯人グループに自宅の住所はもちろん、私の住所や電話番号まで教えているわけです。家族に何かあると怖い。実際、謎の男から私に電話も掛かってきたわけですから…」

満さんは父を車に乗せ、警察署に直行。すぐに相談したという。

「警察官はこんな父を責めもせず、『とにかく巻き込まれなくて良かった』と話してくれました。でも、もちろんそれだけじゃ済みません。そこから2時間以上にもわたる事情聴取が始まり、父のスマホも証拠品として警察に預けることになりました。父の家に帰宅できたのは深夜。もう2人ともヘトヘトになりました。

父を叱りつけたかったのですが、警察の方には『たくさんお灸をすえたから、もう怒らないでやってください』と言われましたし、あくまで未遂で終わっているので、大目にみることにしましたが、事後処理も大変でした」

新しい父のスマホを購入し、新しい電話番号で契約。満さん自身も非通知の番号には出ないようにし、自宅には防犯カメラを設置することに。20代ではあるが、学生で夏休み中の息子には一人での外出を禁止し、家族旅行も中止にするハメになったという。

「それだけではありません。父は『80代でも働ける簡単な仕事があるんだ、2時間で2万円も稼げる』とスマホを使う高齢者の友人たちに『闇バイト』をおすすめしていたことがわかったんです。頭がクラクラしました」

父の「闇バイト」は未遂に終わったが、今度は父の友人たちが犯罪に手を染めかねない――そんな「絶体絶命の大ピンチ」に陥っていることが判明したのである。

警察の事情聴取で知らされた意外な事実とは――。つづく後編記事『まさか82歳の父が「闇バイト」に手を出していた…!“怪しい仕事”に高齢者が応募してしまう「切実な理由」では、今回の騒動の深層にさらに迫ります。

まさか82歳の父が「闇バイト」に手を出していた…!“怪しい仕事”に高齢者が応募してしまう「切実な理由」