調理や提供工程のロボット化、フードデリバリーサービスの台頭など、ここ数年で外食産業を取り巻く環境は目まぐるしく変化している。
【写真】牛丼太郎の「牛」の字をガムテープで消して「丼太郎」としている看板。佐藤社長の優しそうな顔が印象的だ
しかし、そんな流れに逆らうように、職人の手でつくる温かい味と、地域密着にこだわる牛丼店がある。文京区茗荷谷にある『丼太郎』では、従業員4人で店を切り盛りし、牛丼並盛を破格の390円(税込)で提供。昨今、『吉野家』『松屋』『すき家』の大手チェーンの牛丼並盛の価格が400円台となり500円を突破しようとしているなかで、破格の低価格だ。
その秘密はベテラン従業員4人での徹底的に切り詰めた経営スタイルにあった。思いを取材した。【前後編の後編。前編から読む】
* * *
店に入って購入した食券をカウンターに置くと、冷蔵庫から冷えた薄味の麦茶がすぐに出てくる。その麦茶をひと口、ふた口飲む間に、カウンターの向こうで手際よくご飯をよそい、熱々に煮込まれた牛肉をのせた牛丼ができ上がる。
「牛丼並盛りです」──店内が混雑していても、驚くほどスピーディーに提供される。客の食事中には適宜、卓上の紅生姜を補充するなど、隙のない動きを見せるのが社長の佐藤慶一さん(59)だ。
「牛丼一筋40年。でも実は、4人いる従業員の中で僕が一番手際が悪いんですよ。他のスタッフはもっとスゴい。2人で店に立っていても阿吽の呼吸なので、どんなに混んでいても絶対にぶつかりません」
こう話す佐藤さんにとって、《この従業員こそ会社のいちばんの資産》と語る。牛丼作りのプロたちとともに働くなかで、従業員らに十分な生活をしてほしいとの思いから、自身の給料は一番低く設定しているのだとか。
地域に愛される店舗に
かつて、佐藤さんは『丼太郎』のチェーン展開も考えたが、現在目指しているのは“地域に愛される店舗”だ。毎日のように顔を見せる常連客が店を支えているという。
「昔ながらの内装だからか、ドラマなどのロケ撮影の依頼もあります。常連さんから『見たよ』って喜んでもらえるので依頼を受けることもありますが、ロケで店を長時間閉めなければいけないものはお断りしています。常連さんが来てくださった時に食べてもらえないのは、本末転倒ですから」
また、佐藤さんは「ウーバーイーツ」などのデリバリーサービスの導入も見送っているという。
「ウーバーの方が『一度どうですか?』って来たこともありました。でも、牛丼一杯じゃ割に合わないので、700円や800円のセットにする提案をされたんです。でも、それはうちの目指す方向性とは違うんです」
体が動かなくなるまでやる
現在の従業員は、全員がベテラン揃い。店を続けていく意思があるか尋ねると、佐藤さんは「体が動かなくなるまでやりますよ」と即答する。
「4人で相談して、最後までやろうって決めました。もともと、僕たちには牛丼しかないんです。“牛丼バカ”4人が集まって、趣味でやってるようなもんなんですよ」
この記事の場を借りて“後継者を探しましょうか”と尋ねたが、キッパリと断られてしまった。過去には“店を継ぎたい”と、志望者が来たこともあるが、長くは続かなかったそうだ。ビジネスモデル的に儲かる商売ではないから“牛丼バカ”にしか務まらないということか。
情熱が詰まった一杯は、ここで静かに守られている。
(了。前編を読む)