京都・鴨川の納涼床(筆者撮影)
当連載「高速道路最前線」では、高速道路マニアとして“高速道路の今”をお伝えしている。そのため、筆者のことを高速道路の専門家だと思っている方もいるかもしれないが、実は観光学の研究者だ。
そんな筆者がいま、危惧しているのが「日本の観光が危うい」ということ。
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2024年は外国人観光客、すなわちインバウンドの訪問が過去最高になることがほぼ確実になっているし、浅草や鎌倉、京都などの定番だけでなく、青森県の秘湯中の秘湯であるランプしかない温泉宿「青荷温泉」や、四国の秘境、祖谷渓(いやだに)にも大勢のインバウンドが訪れている。
また、高速道路のサービスエリア/パーキングエリアで外国人を見かけるケースも増えているから、「何が危ういのか?」と思う人もいるだろう。
外国人観光客の姿が多く見られる東京駅、丸の内口付近(筆者撮影)
しかし、国内外をあちこち“観光”している筆者からすると、「10年後20年後も観光をし続けられるだろうか?」と感じることが極めて多いのだ。
筆者はこの9月、『観光消滅 観光立国の実像と虚像』という新書を中公新書ラクレから発刊した。余談だが、高速道路最前線が始まるきっかけとなったのは、中公新書ラクレの『高速道路ファン手帳』であったから、何かと縁のある新書レーベルである。
今回は、なぜ『観光消滅』というタイトルの本を書いたのか。高速道路が主体ではないが、高速道路とも深く関わる“観光”について、大きく2つの視点から筆者の危惧を述べたい。
京都の猛暑日、54日間
1つ目は、自然災害や地球温暖化など、自然の脅威が増えていることだ。2024年の日本の夏が、例年にも増して暑かったことに異論をはさむ人はほとんどいないであろう。
気象庁のデータを拾ったところ、インバウンドで賑わう京都では、今年6月から9月までの4カ月間で、最高気温が35度を超える猛暑日が54日もあった。ほぼ2カ月間、35度を超える暑さが続いたのである。
今年8月の京都駅烏丸口、市営バス乗り場はドライミストが噴霧されても暑かった(筆者撮影)
京都の観光地でもっとも人気が高いのは、当然ながらお寺と神社である。お寺なら、本堂や方丈など室内での観光だから、それほど暑くないだろうと思われるかもしれないが、風が通らないうえに冷房設備もない寺院が多いため、参拝中でも汗が噴き出してくるようなところがほとんどだ。
この夏は、あまりの暑さに京都の夏の風物詩である鴨川納涼床のランチ営業が、中止になったところも多かった。
いくら川沿いとはいえ、35度を超す炎天下で食事をするなど、観光客にとっても接客や配膳をする従業員にとっても、生命の危険に直結しかねないからである。
ランチ営業中止により閑散とした鴨川納涼床(筆者撮影)
この8月の京都の主なホテルの客室稼働率は72.8%で、コロナ前の2019年に比べて10%以上の減少となっている(京都市観光協会調べ)。
8月は、南海トラフ地震の臨時情報が出たり、台風の影響で新幹線が何日も前から運休を決めたりするなど、旅行そのものをキャンセルした人が多かった影響もあるが、この夏の暑さは京都を歩く意欲を失せさせるに十分なインパクトがあったと思われる。
名産地で名産が食べられない事態にも
そのほか、海水浴客が全国的に減少しているのも、砂浜が暑すぎて海水浴どころではない状況があったようだし、暑さだけでなく日本近海の海水温の高まりにより、台風の勢力が衰えないまま日本に接近・上陸したり、思わぬ迷走をしたりするなど、安定した夏空が続くこれまでの夏とは、様相を異にしていることもたしかである。
また、気候や海水温の変化が農作物の生育状況に影響を与えたり、漁港に水揚げされる水産物の減少、魚種の変化などをもたらしたりする事例も、各地で報告されている。そしてそれらは、観光の大きな目的である「食」にも影響を及ぼす。
ブリ料理が名物の港町に出かけてもブリが提供されず、新鮮なサンマや秋鮭を目当てに旅を計画しても、それを味わうことができない。そんな事例が各地で報告されている。
こうした地球温暖化の影響は世界各地で報告されている中で、日本では地震や水害も頻発しており、当然ながら被災地は観光どころではなくなる。
元日に大きな地震が発生し、9月には水害にも見舞われた能登半島が観光客を受け入れるのは、しばらく難しいだろう。災害による観光へのマイナスの影響は、計り知れない。
バス路線の減便・廃止に加えて…
2つ目の観光を消滅させかねない状況は、「人手不足」である。この連載で昨年「高速バス『運転手不足』で路線廃止が続く深刻度」と題し、北海道をはじめ各地で高速バス/長距離バス路線の廃止や運行本数が削減される状況について触れた。『観光消滅』でもこの点を取り上げている。
八戸久慈自動車道を走る高速バス(筆者撮影)
運転士が足りないバス会社は、地元の通勤通学の足を守るため、路線の維持に努める一方、観光などに利用される高速バスを減便するようになってきた。特に、今年になって富山から各地を結ぶ高速バスは、かなり減便・廃止されている。バスの捻出ができないために、修学旅行に影響が出たというケースもあった。
バス業界だけでなく、鉄道や航空機といった運輸業は、全般に運転士不足となっており、空港では地上職や管制官が足りない地域もある。
ホテルや旅館の人手不足も深刻で、部屋は空いているのに宿泊客を制限せざるをえない施設もあるという。
しかも、少子高齢化はさらに加速している。観光は、そこがどんなにすぐれた景勝地であっても、観光施設の運営や飲食店、土産物店の営業、バス/タクシーなどの交通機関に携わる多種多様な地域の人たちがいなければ、そこは観光地たりえない。
今はまだ「その気配」はなくても
一方で視点を変えると、収入や所得がなかなか上がらない中で、光熱費や食費の増加、あるいは円安による輸入品の価格高騰などで、旅行に出かける意欲がそがれている人も多い。まして、海外旅行は円安の影響で高嶺の花になりつつある。
前回、「通行無料も『トイレは有料』それどこの高速道路?」に記したように、筆者はこの夏、中央ヨーロッパを巡ったが、中国・台湾・韓国人観光客には大勢出会ったものの、日本人観光客を見ることはほとんどなかった。ウィーンやハルシュタット(ともにオーストリア)といった大観光地でさえ、そんな状況だった。
この夏のウィーンの旧市街。日本人をほとんど見かけない(筆者撮影)
ひるがえって日本の高速道路の利用状況を見ると、走行台数や渋滞の発生頻度などは、例年とあまり変わらず、「観光消滅」などありえないように思うが、これも中長期的に見れば、人口減や観光需要の低迷が続くと、どうなるかわからない。
通勤通学や用務のほか、帰省も含めた広い意味で“観光の足”となる高速道路が、こうした観光への逆風を受け続けるとどうなっていくのか。環境変化や人手不足による影響を如実に感じたこの夏、より気がかりに思うようになったのであった。
(佐滝 剛弘 : 城西国際大学教授)
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