■賑わう市場は「盗品の販売所」に変わった
イスラエルからの攻撃が続くパレスチナのガザ地区で、物資不足による価格高騰が深刻化している。トマト、砂糖、鶏肉など食料品の価格は軒並み10倍前後となり、多くが失職中の市民に手が出る価格ではない。国連の支援物資は市民に届かず、闇市で高額で売りさばかれている。
治安悪化も深刻だ。避難中の住民が多い北部を中心に、自宅や商店などの盗難被害が相次ぐ。子供時代に愛したプレイステーションから、思い出の写真が詰まったスマホやPCまで、金目の物なら何でも盗まれる。
こうした惨状には、地区を実効支配する武装集団・ハマスとの複雑な関係がある。ハマスが支援物資を強奪しているため物資不足が深刻化しているのが、一つの側面だ。同時に、これまで街の治安を維持していたハマスの警察組織が、イスラエル軍の標的となったことで機能しなくなり、治安悪化に拍車を掛けている現状もある。
かつて華やかだったガザの市場は、イスラエルの攻撃による破壊と、その後に訪れた無法状態により、一変した。ニューヨーク・タイムズ紙が現在の状況を伝えている。
長い歴史を誇るデイル・アル・バラの市場は、かつては香辛料の香りと果物を売る声で溢れていた。今ではイスラエルの封鎖の影響で、売れる商品がほとんどない。縦横無尽に広がっていた市場は、たった一本の通りに縮小された。代わりに栄えているのが、各地で見られる盗品市場だ。通り行く群衆が訝しげに盗品の山を目にし、一部の市民が商品を物色する光景が日常の一部となった。
■思い出のプレイステーションを奪われた32歳男性
民家からはトイレさえも盗み出され、ガザの泥棒市場で売られてゆく。避難後に家に戻ったり、戦闘が収まった地域に移動したりした家族たちは、こうした盗品市場で中古のトイレを購入せざるを得ない状況だ。盗まれたトイレは約100ドル(約1万4000円)で売られており、これは戦前の3倍に当たる値付けだ。
ガザの泥棒市場では、市民の思い出の物品さえ家から盗まれ、売られてゆく。詩人男性のマフムード・アル・ジャブリさんは、自分の詩集がたった5シェケル(約190円)で売られているのを見つけた。彼は、「笑いとほろ苦さの間で揺れ動いた」とニューヨーク・タイムズ紙に語る。
住民で32歳男性のアナス・アル・タワシーさんは、自宅が3度も泥棒被害に遭った。姪のパジャマや妻の鍋などが売られていないかと泥棒市場に探しに行ったが、なかでも心の底から探していたのは、カナダにいる双子の兄弟と一緒に遊んだ、思い出のプレイステーションだったという。
「私の子供時代の思い出だったんです」と彼は言う。諦めきれず数日を掛けて探したが、実りはなかった。「それに関しては、とても苦痛を感じています」と無念の胸中を語る。
ガザ市から何度も避難を繰り返したスハ・アラムさんは、家にほとんど何も残されていないと嘆く。彼女は北部に残った友人に家の様子を確認してもらったが、壁の穴から侵入した略奪者によってすべてが盗まれていたと知らされた。
英エコノミスト誌によると、多くの避難民が南部に避難している間に北部の家が略奪され、テレビやキッチン用品、家具までもが盗まれているという。思い出の品々は盗品市場ですぐに売られてゆき、時に被害者が盗まれた自身の所有物を買い戻すこともあるという。
■価格は10倍以上に高騰、生活必需品すら高級品になった
ガザの泥棒市場では、価格高騰が深刻な問題となっている。イスラエルの封鎖と戦争による物資不足が原因で、基本的な生活必需品の価格が急騰している。
米オンラインニュースメディアで中東問題に詳しいモンドワイスによると、砂糖の価格は戦前の3シェケルから25シェケル(約120円から960円)に、ディーゼル燃料は7シェケルから70〜90シェケル(270円から2700〜3500円)に跳ね上がった。記事は、「イスラエルの飢餓政策による極度の物資不足から生じた急速なハイパーインフレ」により生活環境が急速に悪化したと指摘する。
フランス日刊紙のル・モンドは、8人の子供と共に避難生活を送るハラ・エムランさんの生活苦を取り上げている。市場を訪れた彼女は、物価の高騰に驚いたという。
トマト1キロが、ユーロ換算で戦前の30セントから4ユーロ(約48円から640円)に、鶏肉が3ユーロから20ユーロ(約480円から3200円)に、砂糖3キロが2ユーロから20ユーロ(約320円から3200円)に跳ね上がっていた。息子のために手に入れたかったクッキーすら買えない状況だ。最も安いクッキーでも、1枚で2ユーロ(約320円)の値札がぶら下がっている。
■「子供たちは、肉が恋しいと言っています」
物価高だけでなく、生活環境の悪化が市民たちを苦しめる。朝食の準備さえも困難な状況だ。モンドワイスは48歳女性のアムナ・カドゥームさん一家を取り上げている。
彼女は、毎朝早く起きて家族のために朝食を準備する。前日に切った緑の木を燃やして調理を試みるが、野外での調理とあって、煙が目にしみる。夫と子供たちがテントの中でまだ寝ている早朝、彼女は火に興味を持って近づいてくる小さな子供を気遣う。
通常は家庭のキッチンで行われるべきこの日常的な行為が、今では路上で行われている。そのこと自体、ガザの異常な現実を物語っている。カドゥームさんの夫はタクシー運転手として働いていたが、頼みの綱であったタクシー車両が戦争のごく初期に爆撃され、一家は生計を立てる手段を失った。
カドゥームさんはモンドワイスの取材に、「私たちは皆、体調を崩しています。家族の清潔さを保つための石鹸さえも買えません」と苦境を語る。「ディーゼルではなく食用油を燃やして走る車から排出される排気ガスに囲まれ、ゴミや廃棄物に囲まれて暮らしています」
彼女がそう話す間にも、彼女の子供たちの咳の音がテントの中からはっきりと聞こえてきた、と記事は続ける。会話が続く間も、咳はほとんど止まることはなかったという。
「子供たちは、もう何カ月も肉を食べていないし、肉が恋しいと言っています」と彼女は言う。「でも、肉は今では1キロあたり150シェケル(約5800円)もするのです。とても買える金額ではありません」
■10カ月間で4万人が死亡している
ガザ地区の厳しい状況をデータで物語るのが、国連人道問題調整事務所が今年8月16日に公開した報告書『人道状況アップデート #205 ガザ地区』だ。
報告書はガザ保健省のデータをもとに、過去10カ月間で少なくとも4万人のパレスチナ人が死亡したと明かす。そのうち1万627人は子供であり、663人は1歳未満の乳児だった。122のIDPキャンプ(国内避難民収容所)、仮設の避難所、集団センターに、計17万人以上が避難していると推定される。
ガザで水・衛生・衛生管理を統括するWASH当局は、飲料水と家庭用水の消毒に必要な在庫が1カ月分しか残っていないと警告している。報告書は、「避難民が直面している状況は、テントや非食品(NFI)などといった避難所用品の不足、燃料の携行缶やシャンプーなど衛生用品の不足、避難先での基本的なサービスへのアクセス制限が重なり、さらに悪化している」と憂慮すべき事態を克明に伝えている。食料、物資、燃料のいずれも足りておらず、炊き出し施設の運営さえ困難な状況が続いているという。
■ハマスが支援物資の60〜70%を略奪している
なぜ物資が不足し、法外な価格で食料品を売りさばく闇市が栄えるのか。原因の一端は、ガザ地区を実効支配する武装集団・ハマスにあると報じられている。ハマスがガザで支援物資を奪っているという報道が複数のメディアから出ている。
米シンクタンクのゲートストーン・インスティテュートは、イスラエルのテレビ局・チャンネル12のリポートを取り上げ、ガザに入る支援物資の最大60%をハマスが盗んでいると報じている。ハマスはこの支援物資を売りさばくことで、戦争が始まって以来、少なくとも5億ドル(約715億円)の利益を上げているという。
こうして支援物資は直接住民に渡らず、ハマスを通じて闇市へ流れ込み、法外な価格で売られている。国際ニュースチャンネルのフランス24は、その実情を動画で伝えている。
路肩の露店にはチキンスープなどの食料缶や栄養バランス食品が積み上げられているが、ほとんどの商品に「NOT FOR SALE(非売品)」の文字が刻印されている。国連が支援のためガザ地区へ送り込んだ支援物資が、商品として有償で売られているのだ。
ある男性はフランス24の取材に応じ、「強い苛立ちを覚えます」と語る。「これらの商品は、ここで売られるべきでありません。住民に届けられるはずの人道支援物資なのです」
一方、露天商側も生活に必死だ。ある露天商は取材に対し、大した儲けにはなっていないと主張する。彼自身、闇取引業者から高額で仕入れざるを得ないためだという。それでも小麦粉1袋25キロの露店での販売価格は、700ユーロ(約11万円)にまで上昇した。平時価格の35倍に相当する金額だ。
■イスラエル軍は物資強奪への対応を強化
5月には、支援物資強奪の現場が報じられた。米軍はガザ地区への輸送ルートを確保するため、3200万ドルを投じ、ガザ沿岸に浮桟橋を建設した。しかし、ゲートストーン・インスティテュートによると、この新しい浮桟橋を通じて運ばれた人道支援物資のうち、約70%が盗まれたという。国連の倉庫に搬送する途中で、物資を積んだ11台のトラックが襲撃された。
現場に居合わせた匿名の国連職員は、ロイター通信に、ガザに向かう途中で「パレスチナ人によって略奪された」と述べている。「奴らがトラックを見たのは久しぶりのことだった。トラックに乗り込んで来て、食料パッケージを持ち去っていった」と語っている。ここでのパレスチナ人は、ハマス構成員を指すとみられる。
イスラエル国防軍(IDF)は、対応を厳格化している。9月にもガザで人道支援物資を積んだトラックの略奪を武装集団が試みたが、IDFは彼らを殺害した。ニューヨーク・ポスト紙によると、IDFのギヴァティ旅団のツァバル大隊が、ラファ地域での人道回廊を確保する作戦中、武装集団がトラックを取り囲んでいるのを発見している。
■刑務所から解き放たれた犯罪者たち
武装集団は車で逃走を図ったが、IDFはドローン攻撃を行い、逃走車両内の者を殺害した。さらに、車から逃げようとした別の武装集団もIDFの攻撃で殺害された。IDFは10月7日以降、ガザでの人道支援物資の略奪を繰り返し阻止している。
このような略奪により物資が届かないことに加え、治安悪化も闇市が栄える原因の一端を作っている。以前はガザ地区を実効支配するハマスの警察組織が街を巡回し、犯罪を抑制していた。だが、現在はイスラエル軍がハマス警察を攻撃対象としていることから、警察はほぼ街から姿を消している。
刑務所を管理していた刑務官たちも職務を放棄した。ニューヨーク・タイムズ紙は、「ハマスの刑務官が放棄した刑務所は今や空っぽで、重罪人が自由に歩き回っている」と報じている。自由の身となった犯罪集団の構成員たちは、団結して病院や大学の建物を襲ったり、食料や物資を積んで入ってくるトラックの車列を待ち伏せしたりする。支援物資は、住民に届かない。
■報道されたイスラエル兵の悪行
ハマスへの対応を強化するイスラエル軍だが、ガザ地区の住民には決して正義の使者とは映らない。ガザの住民はまた、イスラエル兵の悪行に苦しめられているためだ。
英オンラインメディアで中東情勢に詳しいニュー・アラブによると、パレスチナ住民たちは、イスラエル兵による略奪行為があると証言している。現金、貴金属、ノートPC、携帯電話などを組織的に略奪しており、その総額は約2500万ドル(約36億円)に達すると推計されている。
記事によると、イスラエル兵らは検問ポイントでも価値ある所持品を押収しており、避難を余儀なくされたパレスチナ人が去った後の住宅や店舗、商店も略奪している。パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区に拠点を置く人権団体「アル・ハク」の法務研究者であるタフシーン・エライアン氏は、「報告されている略奪の被害額は、略奪行為が広範に行われていることを示唆している」と話す。
ガザ市南部に住むターベット・サリムさんは、略奪の被害者の一人だ。イスラエル兵が彼の自宅に侵入し、自身と二人の息子を拉致した挙げ句、家にあった金と現金をすべて盗んで行ったという。別の証言者もいる。ガザ市東部のウム・ムハンマド・ガルビーヤさんは、イスラエル兵が彼女の家に暴力的に侵入し、彼女の夫と長男を拘束した後、彼女の宝石を強奪して去って行ったと、恐怖の体験を語る。
■イスラエルとハマスの戦争で住民が犠牲になっている
イスラエル兵はこのような略奪行為をはばからず、一部始終を撮影してはソーシャルメディアに頻繁に投稿している。ガザを拠点とするパレスチナ人ジャーナリストのマハ・フセイニ氏は、「イスラエル兵が市民の財産を略奪し、それを撮影することは、地上侵攻の初期からのイスラエルの慣行である」と指摘している。あるビデオクリップでは、イスラエル兵がガザから盗んだ銀のネックレスを彼のガールフレンドに見せびらかしている様子が映っている。
いつ終わるとも知れぬ戦禍のなか、避難生活を送る人々にとっては、いつの日かまた戻れると信じる自宅が最大の心の拠り所だ。その自宅が繰り返し盗人に荒らされ、平和だった日々の思い出を刻む品々が盗み出されてゆく。戦争で亡くなった家族の形見もあろう。わずかな金のために盗品市場で売りさばかれる現状は、被害者市民たちの胸中を察するに余りある。
このような状況下で、ガザの住民たちは日々の生活をどうにか続けている。彼らの多くが、盗まれた物品を取り戻すために盗品市場を訪れ、わずかな希望を胸に探し続ける。しかし、盗まれた思い出の品々や生活必需品を再び手に入れることは容易ではない。ガザの街は、かつての賑わいを失い、無法地帯と化している。
状況を改善するためには、国際社会の支援と共に、ガザの治安を回復し、住民たちが安心して生活できる環境を整えることが急務だ。一刻も早い戦争の終結と、ガザの再建、そして平和な生活環境の回復が求められている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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