[画像] 「服の色が分からないくらい血まみれに…」「肝臓や腸が飛び出した状態」 「日本人学校10歳男児刺殺事件」救命を手伝ったママ友の証言

「妻が“妙な胸騒ぎがする”と……」

 中国・深センで日本人学校に通う10歳の男児が中国人の男に惨殺された事件にはまだ不明な点も多い。今年春に兵庫県尼崎市から引っ越してきたばかりだった被害者一家の素性、中国のSNSで拡散された「遺族の手紙」を巡る謎など、事件の「全真相」をお伝えする。【前後編の前編】

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 中国南部・広東省深セン市にある日本人学校に子供を通わせている水野さん(仮名)が事件について知ったのは9月18日午前8時ごろのことだった。

「あの日は7時半くらいに出社し、しばらくたった8時ごろ、学校の保護者が入っているWeChatの緊急連絡網で『通学中に児童が刺されました』との連絡が来たのです。われわれ保護者はそれで初めて事件が発生したことを知りました」

深センの日本人学校に手向けられた花束(吉川真人氏提供)

 水野さんは中国人の妻にすぐ連絡を入れた。すると、

「妻は『今日はたまたま早く子供を学校に送り届けたから事件に巻き込まれずに済んだ』と。あの朝、妻は『悪い夢を見た』と言っていて、妙な胸騒ぎがするということでいつもより早く子供を学校に送り届けていたのです。普段の家を出る時間はもっと遅いので、本当にちょっとした差で事件に遭わなくて済んだといえるのかもしれません」

「服は元の色が分からないくらい血まみれ」

 中国共産党深セン市委員会の機関紙、深セン特区報などの記事によると、事件が発生したのは午前7時55分。母親と一緒に登校していた10歳の男児が男に腹部などを刺された。現場は、日本人学校の校門まであと約200メートルの場所だった。

 シンガポールのメディア「聯合早報」は学校の近所の住民による次のような目撃証言を伝えている。

〈現場には電動自転車が倒れていた。幼い男の子が血だまりの中で目を見開いて横たわっていた。母と思われる女性が近くで泣いており数人の通行人が少年に心肺蘇生処置を行っていた〉

 母親と思しき女性は中国語で「私の子に何をするの」「助けて」と叫んでいたという。

 現場に救急車が到着したのは8時5分。

「被害に遭った子の20〜30メートル後ろを歩いていて“助けて”という声を聞いて駆け寄り、救急車にも一緒に乗り込むことになった保護者の方がいます。その方は同じ学校に子供を通わせている中国人のママで、被害に遭った子のママの友達でもあります」

 そう明かすのは、水野さんの妻である。

「そのママは被害に遭った子が救急車から病院に運ばれるのを見届けた後、その足で学校に自分の子供を引き取りに来た。私も事件後、自分の子供を迎えに学校に行きました。それでそのママとエレベーターで鉢合わせになったのですが、彼女の服は元の色が分からないくらい血まみれでした。現場で救命活動を手伝った時に自分も血だらけになってしまったのでしょう」

「肝臓や腸が飛び出した状態だった」

 その様子が衝撃的で彼女の顔を見ることができなかったという水野さんの妻。

「エレベーターの中で他のママ友から質問された彼女は『刺された子は腹部から肝臓や腸が飛び出した状態だった』と言っていました。あと、『心臓が一時停止してしまった。救急車が到着した後、一時回復した』という話もしていました」

 しかし被害男児が腹部や脚に負った傷はあまりにも深く、翌19日午前1時36分、死亡が確認された。

 水野さんが言う。

「刺された子が救急車で運ばれたというのは妻から聞いていたので、何とか助かってほしいと思っていたのですが……。犯人は現場ですぐに取り押さえられたようです」

「偶発的な事件」

 深セン市公安局が公表した文書によると、逮捕されたのは鍾という名の44歳の男。ちなみに同文書では被害者について「未成年の沈さん」としている。

「私の妻が他のお母さんから聞いたところによると、犯行後も犯人は動くことなく現場に立ったまま、警察の車で連行されていったそうです」(水野さん)

 深セン特区報によると男は漢族で定職に就いていない。また、2015年に公共通信設備を破壊した容疑、19年には虚偽情報を流した公共秩序騒乱容疑で身柄を拘束されたことがあるという。ただし肝心の動機が明らかにされることはなく、事件2日後の20日、深セン特区報は地元警察が「偶発的な事件」と判断した、と報じた。

 また、その前日には中国外務省の林剣報道官が、

「類似の事件はいかなる国でも起きる可能性がある」

 などと主張していた。

「日本人の気持ちを逆なでする愚かな発言」

「あの発言は日本での報道で知ったのですが、おそらく翻訳が間違っているのだろうと思いました。まさか中国の報道官がそんな愚かで心ない発言をするはずがない、と……」

 そう語るのは広東省で20年以上暮らしている日本人男性である。

「それで気になって中国語の原文を見てみたら全く翻訳ミスなくその通りの発言をしていたことが分かって驚きました。責任逃れというか、日本人の気持ちを逆なでする愚かな発言だと思いましたね」

 林報道官は会見で、「被害児童は日本国籍で、父母はそれぞれ日本人、中国人だ」とも説明していた。

「日本人学校に通うためには日本国籍である必要があり、中国国籍の子は基本的に通うことはできません。公安局が発表した被害児童の『沈』という名は母親の名字で、通名なのでしょう。戸籍上の姓ではなく通名で発表したのは、警察当局としては、中国人同士の事件と思われたほうが都合が良い、という思惑があった可能性も考えられます」

 中国特派員はそう話す。

「中国人が日本人学校に通う日本人を襲撃したとなれば、そのような社会不安を起こした責任は習近平国家主席にある、ということで批判の矛先が中国共産党指導部に向きかねない。それが習主席が最も危惧することです」

スクールバス事件でも「偶発的な事件」

 6月には江蘇省蘇州で、日本人学校のスクールバスを待っていた日本人母子ら3人が刃物を持った中国人の男に襲われる事件も起こっている。その際も中国政府は「偶発的な事件」との見解を示したが、今回も同じ説明を繰り返したわけだ。

「被害者のご一家は今年4月に深センに引っ越してきて、被害に遭った子は日本人学校に通い始めたばかりでした。下に小1のきょうだいがいると聞いています」

 と、先の水野さん。

「お住まいは日本人学校から歩いて5分くらいのところにあるマンション。そこから学校までは一本道で、事件があった現場はちょうどマンションと学校の真ん中あたりです」

 深セン市に住むさる日本人に聞くと、

「事件のあった辺りは、日本人学校に子供を通わせている日本の駐在員が住んでいるエリアと、古いボロアパートが連なるエリアの境界。事件現場は日本人学校に通う児童が常に使う道で、ランドセルを背負っていることが多いので、日本人の子だなというのはすぐに分かります」

 後編【日本人学校10歳男児刺殺事件「父親の手紙」の裏側 「お父さんはお別れの会で涙をこらえて」】では、中国のSNSなどで話題になっている「感動の手紙」について詳しく報じている。

「週刊新潮」2024年10月3日号 掲載