保育園、幼稚園の現場では、子どもたちの身体活動に近年、懸念すべきことが起きつつあるという。
ある保育園では、子どもたちの何割かにヘッドガードを被らせる必要性が出てきている。ヘッドガードとは、クッションの役割を果たす、ヘルメットのようなものだ。運動能力の低い子は、転んだ時にそのまま頭から床にぶつかってしまうため、大ケガをすることがあるので、これで防御しているのだ。
子どもたちの運動能力はどう変わっているのか。
【前編:衝撃ルポ!子どもの運動能力が劇的低下】につづいて、
200人以上の教育関係者にインタビューをした『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(石井光太、新潮社)から引用する形で、近年の未就学児の「変化」について考えてみたい。
都内の保育園の園長によれば、子どもたちの運動能力は年々低下しているが、それがより顕著になったのが、ここ10年くらいだそうだ。そしてコロナ禍になって、それが一層加速したという。
園長は次のように話す。
「10年くらい前から、園の送り迎えの際に子どもたちがスマホを見るようになりました。ベビーカーや自転車に乗っている間、ずっとスマホを見ている。園にいる、明らかに運動能力が低い子はほとんどそういう子でした。しかしコロナ禍になると、子どもたちのそうした光景はもはや当たり前のものとなり、そのうちの何割かの子どもたちが身体の発達の問題を抱えるようになりました」
スキップができない
園の送迎時にスマホを見るから運動能力が下がっているということではない。そうした隙間時間にスマホを見せる家庭は、それ以外の時間もそうしていることが多いだけでなく、運動能力を育てる意識に乏しい傾向にあるという。それが子どもたちの身体能力の脆弱さにつながっているのではないかと指摘しているのだ。
では、どういうところで子どもたちの運動能力の低下を感じるのか。園長が挙げたのが次だ。いずれも年中、年長の年齢で起きている現象だという。
・1分間さえ立っていることができない。途中で座り込んでしまう。
・床に座っていても疲れてしまい、ゴロンと横になってしまう。
・両足をそろえたジャンプができない。スキップができない。
・ジャンプをした後の着地ができずに転んでしまう。
5、6歳の子どもといえば、園庭で走り回って遊んでいるイメージがあるが、このように運動能力が年齢相応に発達していない子どもたちは、外遊びはせず、ずっと園に閉じこもっているだけで、ひどい時には「スマホを貸して」「ゲームをしたい」としか言わないのだという。
立っている、床に座る、ジャンプをするといったことは、人としてごく自然の動作のように思える。なぜ、それができない子が増えているのか。
本書で取材した教員の一人は驚くべきことを口にした。
「要因の一つとして、家庭でハイハイをさせてもらっていない子どもが増えていることがあります。一般的に、ハイハイは子どもが全身の筋力や体幹を鍛えるために必要な動きとされています。なので、ハイハイをさせてもらっていないと、歩けるようになっても筋力やバランスが十分についていないので、基本的な動作ができないのです」
子どもは生後8ヵ月〜1歳くらいになると、四つん這いになってハイハイをするようになる。これによって二足歩行に耐えうる力やバランスを身につけるのだが、なぜ、それができなくなっているのか。
長時間にわたり椅子に括りつけられる
先の教員はこう述べる。
「ハイハイをするには、子どもが自由に動き回れるスペースが必要ですし、親がちゃんと見守ってあげなければなりません。しかし、家が狭かったり、親が多忙でかまってあげられなかったりすれば、ハイハイをさせられない。
そういう家庭では、子どもは長時間にわたって椅子に括りつけられています。座ってじっとしているだけ。スマホを見せておけば子どもは退屈しません。そして、ハイハイをさせないまま、今度はベビーウォーカーに乗せる。そこで足を動かす練習をさせ、歩くようにしていくのです」
ベビーウォーカーとは丸いテーブルの真ん中に子どもが座ることができる、幼児用歩行器だ。たしかにこれを使えば、足は床につくので歩く動作は身につく。ただし、これを使用している間は、体重を体で支えているわけではないので、凹凸のある空間を自力で進むハイハイと比較した際に、どれだけ運動能力の発達が見込めるかは定かではなく、むしろ一部の研究者からはベビーウォーカーは身体の発達を妨げているという懸念が出ているほどだ。
さらに子どもの成長を阻害しかねない社会風潮については【後編:運動を禁じられる子ども「身体能力の成長阻害」社会的風潮】で触れたい。
取材・文:石井光太
’77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。