[画像] 最後まで計算された完璧な物語。「彼方のアストラ」レビューギャグと友情が支える緻密なSFミステリー

【彼方のアストラ】
少年ジャンプ+にて、2016年5月~2017年12月まで連載(コミックス全5巻)
著者:桜井海

 最終回までに、これほど読み返した漫画があっただろうか。「彼方のアストラ」を読み終わった時、そう思った。漫画の魅力の1つに伏線がある。読者に気付かれず巧みに張られた伏線が露わになる時、読者は驚き、時には感動し時には絶望しながら、作者にしてやられた高揚感で満たされる。

 多くの作品に数多の種類の伏線が含まれている訳だが、物語の秀逸な構成を実感したとき、読者にとってその作品は特別になる。そんな伏線が見事な作品の中で私が一番読んで欲しいと思うのは篠原健太氏の「彼方のアストラ」である。「彼方のアストラ」は宇宙旅行が一般的になった未来、トラブルにより宇宙に放り出された少年少女達を扱ったSFサバイバルだ。

 しかしその物語は徐々にミステリー色を濃くしていく。その謎に対し、緻密に張り巡らされた伏線が用意されている。本作は全5巻という短い作品であるが、この5冊の中に驚くほどの仕掛けがあり、それがきれいにまとまっている。見事に計算されつくした芸術作品と言っていいくらいである。そんな作品「彼方のアストラ」を紹介したい。

 なお、「彼方のアストラ」は2019年にはアニメにもなっている。全12話で原作をしっかりアニメ化しており、アマゾンプライムなど各種配信サイトで配信されている。こちらもオススメだ。

【TVアニメ「彼方のアストラ」PV】

「彼方のアストラ」は2019年にはアニメにもなっている

SFとミステリーを融合させたことにより増す緊張感

 まず最初に「彼方のアストラ」のストーリーを紹介したい。本作は宇宙に出ることが日常となった西暦2063年を舞台としている。惑星マクパにキャンプにきた9人の少年少女たちは突然現れた謎の球体に飲み込まれ5012光年も離れた遠い宇宙空間に放り出された。

 宇宙空間に放り出された彼らは、近くに漂っていた宇宙船を見つけなんとか生き延びることが出来たが、これだけの距離があっては帰還までに3か月はかかる。なのに水や食料は3日分しかない。その事実に彼らはどうしようもない絶望感に包まれたが、その中の1人の少女・アリエスから現在地から3日で行ける惑星に立ち寄りそこで水と食料を調達し、そこから更に途中の星々に立ち寄り水と食料を補充しながら帰還していこうという案が出る。その案を受け、宇宙空間に出た時に命がけでアリエスを助けたカナタを仮キャプテンとし、全員希望を持ってマクパに向けて出発する。

共に故郷を目指す仲間たち

 「果たして9人の少年少女たちはそこから無事に故郷に帰り着くことが出来るのか?」そんなサバイバルがメインのSFであるが、メンバーの1人がカナタに船の通信機が意図的に壊されていたことを報告したことをきっかけに、自分たち全員が殺される計画があること、そして自分たちの中にその計画の実行犯がいることがわかり、途端にミステリーの要素が加わる。

 なぜ彼らは殺されなければならないのか?刺客は誰なのか?突然現れる謎の球体は一体何なのか?そんな謎とハラハラした緊張感がこのストーリーが本作を単なる宇宙漂流ものとせず、より複雑にし、面白くさせるのだ。

 自分たちを殺そうとする人物が紛れているとわかっても、帰還の為には全員で協力し合い訪れる惑星を探索し食料と水を確保しなければならない。他のクローズドサークルミステリー(何らかの事情で外界との往来が断たれた状況下でおこる事件を扱う作品)の登場人物のように「殺人犯と一緒になんていられるか!俺は1人で行動する!」と1人部屋に閉じこもることなんて出来ない。

 みんなで手分けして食料を探している時、船に残って作業している時、船の修理をしている時、いつ犯人が襲ってくるかわからないドキドキ感。徐々に出される情報から、自分たちが殺される理由と刺客の正体をカナタが推理していく様子を見守るワクワク感が加算されていく。

 だが、この作品を最高に面白くするのはそれだけではなく、中に仕込まれている数々の伏線である。何気なく出てきた言葉が後に信じられない使われ方をしたり、ひとつの言葉にいくつかの意味を持たせたり、読者の思い込みを利用したりと、この作品には実に様々な伏線が張られているのだ。そしてそのひとつひとつが実に秀逸で、ひとつ回収される度に多くの読者が何度も読み返すこととなるだろう。

 筆者も最終回を読む前に、何度も読み返してしまった1人である。特に筆者の心を揺さぶったのは、ひとつの騒動を経て全員一致でキャプテンが主人公であるカナタに正式に決まった場面で出た言葉が、カナタにより再度語られた時であった。そのあまりの衝撃に私は「嘘でしょう」と取り乱し、最初にその言葉が出てきた場面を読み返した。と同時に、これは最初から考えられていたことだったのか?という疑問が沸いた。もし最初からこの展開が決まっており、ここでこの台詞をカナタに言わせようとしていたとするならばなんという計算力なのだと恐ろしささえ感じた。この衝撃は、ぜひマンガを読んで味わって欲しい。

シリアスとギャグの絶妙なバランス

 これほど伏線が張られていながら、それが回収されるまで読者に気付かれずに、最大限の効果を発揮させた篠原氏の手腕は尊敬せざるを得ない。ここまで見事にこの作品を成功させたのは、篠原氏の作風に大きな要因があると筆者は考えている。

 遠くの、どこともわからない宇宙に放り出され、無事に帰ることが出来るかどうかもわからない状況。そして、自分たちの中に自分たちを殺そうとしている者がいる。設定だけをみれば、絶望的で緊張感に溢れるストーリーの作品である。当然読者もピリピリと神経を尖らせて読んでいくようなもののはずである。けれど、この作品の大半は明るく、温かい気持ちを持ちながら読んでいくものになっているのだ。

シリアスな環境でも訪れた惑星での楽しみを満喫するメンバーたち。画像はアニメ版「彼方のアストラ」から引用している

 主人公のカナタは正義感の強い熱血タイプで少々ウルサイ。またもう1人の主人公であり物語の語り部のアリエスは明るく天然キャラで皆を癒し、また映像記憶能力を持っていたり困難を打開するアイディアを出したりする有能な部分もあるが、かなりのドジっこでこちらもかなりかしましい。そんな2人を中心に、個性的なキャラクターたちが協力し合い、惑星探索をしながら旅を続けていく。そんな生活の中で挟まれる笑いの要素がその原因だ。

 篠原氏は「彼方のアストラ」の前作として、2007年より週刊少年ジャンプで『SKET DANCE』というギャグが中心のコメディ漫画を8年間連載していた。「彼方のアストラ」はSFサバイバルとジャンルは変わっていてもその要素は受けつがれ、所々に篠原氏得意のギャグが入っているのだ。

 自分たちの中に刺客がいるとわかった時、取り乱した1人がアリエスに犯人ではないかと詰めより、見つめるメンバーたち共々非常に緊迫した空気になっている中「私じゃありません」と言い続けたアリエスのお腹のが大きく鳴り、手を挙げながら「私です」と告白する姿には、キャラクターたちだけでなく読んでいる私も思わずツッコミを入れた。場面は当然といったように先ほどまでの緊迫感は立ち消え、みんなでおやつを食べ始めるものとなる。

 こんなツッコミどころ満載の場面が読者の緊張感を失くし、心に隙を作らせる。それが描かれている伏線の種を見逃す要因として作用し、そしてこのシリアスとギャグの緩急が、伏線が回収された時の衝撃をより大きなものとさせている。

時折入るツッコミどころ満載のギャグ要素

 また、この衝撃の大きさにより更に「彼方のアストラ」が人気作となったのは、この作品が少年ジャンプ+での連載であったということが大きいだろう。こういった作品にまつわる舞台裏のエピソードを筆者はアニメ化での作者のインタビューなどで知った。

 篠原氏は最初、週刊少年ジャンプでの連載を希望し企画を提出したがボツになり、主人公とストーリーを大幅に変えてWebである少年ジャンプ+に連載することになったという。そして、紙媒体の雑誌という形態なら目的にされていなくても読んでもらえる可能性は高いが、Webでの連載はまず読んでもらうことが難しいと語っていた。

 しかし、紙媒体での連載は後から読み返すことは難しい。伏線が回収され始め、作品の後半からその魅力が周知され始めた「彼方のアストラ」らとっては、すぐに1話から最新話まで一気に読め、何度も手軽に読み返せるWebでの連載はうってつけだったのではないだろうか。

ジャンプ+でいつでも「彼方のアストラ」を読むことが出来る】

 実際、次々と明かされていく真実に話題が話題を呼び、多くの読者を集め、「彼方のアストラ」は当時の少年ジャンプ+を代表する作品となったのだ。

物語の根幹は熱い友情

 そんな伏線の見事さにより話題になった「彼方のアストラ」であるが、その魅力はそれだけではない。この作品の本質であり、読者の心を一番揺さぶるのは、熱くかけがえのない「友情」である。

 メンバーのほとんどが幼少期からこれまで、辛い環境下で育っていた。そんな彼らが最初はバラバラな状態であったのに、ひとつ惑星に立ち寄るごとに起こる様々なトラブルを乗りこえ、強い絆で結ばれていく。

 その要因は、主人公・カナタである。「彼方のアストラ」は前述のように週刊少年ジャンプ用の作品として本作を企画し、ボツになっている。ボツになった後、篠原氏が新たに作り出した主人公・カナタは運動神経に優れ、正義感が強く真っすぐな性格で、仲間を守る為なら危険を犯すことも厭わない熱血漢。最初に宇宙空間に漂ったままスラスターの故障で船に辿り着けないアリエスの為に、命綱を外してアリエスの元に向かったことをはじめ、訪れた惑星で他のキャラクターが危険に陥ると、自分の身も危険にさらされることもいとわず、迷わず走り出して救おうとする。

 そんなカナタだから、最後に立ち寄った惑星で、やはり仲間を助ける為に駆け出したカナタを泣きながら見つめるアリエスの「あぁ」「カナタさん、あなたはいつも走ってる」「まっすぐに」「迷わずに」「初めて会ったあの時から」という言葉が心に沁みるし、家族に愛されなかったメンバーに向かい「オレ達が家族だ!」と叫ぶ姿は胸を打たれる。

 自分の身は二の次にしてしまう愚直な行動と、心から相手を思う自分の言葉をストレートに伝えていくカナタに、メンバーたちは心を許し、かけがえのない仲間になっていく。その過程が本当に堪らないのだ。

皆に好かれる主人公・カナタ

 いくら伏線が秀逸であっても、ミステリーとして出来が良くても、根底にこの熱い人間ドラマがなければこの作品の面白さは半減してしまうと意味がないと私は思う。

 そうやって仲間の絆が生まれ、互いにかけがえのない存在になっていくからこそ、回収された伏線に強烈に感情を揺さぶられ、刺客探しや解明されていく謎にも深みが生まれ、「彼方のアストラ」は胸を張ってオススメ出来る素晴らしい作品となったのだ。

 「彼方のアストラ」には様々な面白さが詰まっている。漂流ものとしてのSFサバイバル、クローズドサークルものとしてのミステリー、仲間同士の不器用な恋愛の過程を描いたラブコメ、仲間同士の強い絆を描いた友情もの。これらに幾つもの巧妙な伏線を混ぜ込みながら、5巻という巻数でまとめあげた篠原氏の手腕には感嘆するしかない。

 たった5冊の中で、どれだけ声を上げて驚き、読み返してまた驚き、読み進めてまた驚き、悔しさや切なさに涙が浮かび、嬉しさに口元が緩んだことか。この作品に出会えて本当によかったと心から思う。

 そんなこの「彼方のアストラ」は1人でも多くの人に読んでもらいたいと思うが、この作品を最大限に楽しむ為にも、絶対にネタバレは見ない状態で読んで欲しい。絶対にだ。

強い絆で結ばれた仲間たち

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