その一方、戦後の混乱期の中でくじけそうになった寅子を変にかばおうとして、逆に彼女の憤激を買い続けた人でもある。穂高と再開して顔を合わせては寅子が怒り、異議申し立て。

 次は挽回しようと努力するのにまた怒りを買ってしまい空回り。老齢の穂高がだんだんいたたまれなくなったものだが、なんだかいつまでたってもレギュラー化せずに小林がふわふわしていて、素晴らしく軽妙な名演だった。

 寅子とは唯一といっていいくらい意見が一致しない異質なイレギュラー的存在として位置づけられたともいえる。小林薫の均質な演技が穂高のそうした異質さを際立たせたのだが、余の場合はこの異質さをもっと煎じた異物感になっている。

◆“シチュー廃棄事件”が勃発

 常に優しげに微笑む百合の表情が初めて劇的に変化する場面がある。第21週第102回、再び寅子と優未を交えての昼食。航一からのプロポーズを受けて佐田姓から星姓に変わることを悩んでいる寅子をおもんぱかった航一が、食事の手をとめて改まる。

 彼は百合と子どもたちの方を向いて「結婚したら、僕が佐田姓になるって」と言うのだが、途端に表情を強ばらせた百合が目をむく。「わたくしは絶対に認めませんよ」と高ぶる百合の変化を見て、余がうっすら漂わせていた異物感ある狙いがここで瞬間的に開示される。

 その後は割りとさくさく展開していき、星家の面々は寅子と優未を完全に受け入れすっかり和気あいあい。が、それもつかの間、認知症の症状を見せ始めた百合が、「やめてちょうだい、人をボケ老人扱いするのは」とおどけながらも、冗談には見えない本気の眼差しで目を見開くようになる。

 その姿がやけにリアルというか、いやリアルを超えてダイナミックなやり過ぎ感が……。でも余は百合がこうなることを当然見越した計算ずくで演技をしていたのだ。

 百合の症状は加速し、第23週第112回では夜にすごい剣幕で「どうしましょ」と財布がないことを騒ぎだす。得意の料理を作ることも食事すらままならない。

 第113回のラストでは、腐っていないシチューを台所に捨てる“シチュー廃棄事件”が勃発する。優未は特に「おばあちゃん」と呼んでいた存在のこの変わりようを飲み込めない。百合が星家中を劇的に彷徨う演技を見て、余貴美子は水を得た魚のようだと思った。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu