――そんな時にはじめたのが、TikTokだった。

いぶ:はい。ちょうどそのタイミングでコロナが蔓延し、遊ぶことすらできない状態に。一度実家に帰ることになったのですが、世間とのかかわりを絶やさないためにTikTokをはじめました。すると、「現役東大生」という肩書のインパクトの強さからか、これが大バズり。初月で20万円もの収益があがったんです。20万円なんて大学生には大金ですから、「俺には才能がある」と当時はかなり浮かれていましたね。今考えると、コロナが大きな人生の岐路になったと思います。

その後もTikTokのトレンドを分析し、「もう学力偏差値はいらねぇわ」などの煽る動画など多数投稿。狙い通りに伸び続け、始めてまもなく総再生回数が2億回を突破しました。ただ、大学3年になるタイミングで「現役東大生というブランドがなくなったらどうなるんだろう」、「卒業後も続けられたとして、インフルエンサーって何歳まで続けられるんだろう」と進路に迷うようになり、一旦休学を選択。そこで出した結論が、インフルエンサーを続けながら、個人事業主としてSNSコンサル業をはじめることでした。これもとんとん拍子で軌道に乗り、最終的には5人の従業員を抱えるまで成長しました。

◆「3年以内に社長になる」。いぶさんがシーシャにかける想い

――シーシャとは、どのようにして出会ったのですか?

いぶ:偶然、PukuPukuの代表の方からSNS運用代行の依頼がきたんです。運用代行するにも、その分野についてある程度詳しくなくてはいけません。リサーチのためシーシャ文化に触れるうちに、すっかりその魅力に取りつかれてしまいました。

また、シーシャ作りの上達には、これまで培ってきた物理の経験が活きることも大きかった。科学研究における対照実験の要領でひとつひとつ検証していくことで、どんどん味をよくしていくことができる。それが楽しくてたまらなかったんです。次第にシーシャだけに集中したいと思うようになり、従業員やクライアントに謝り倒してSNSコンサル業をたたむことにしました。

――東大を卒業して、シーシャの世界へ歩み出したことについて、ご自身ではどのようにお考えですか?

いぶ:僕には、自分が集中したことに関してはめちゃくちゃ極められる才能があると思っています。それが、たまたまシーシャだった。両親には心配をかけてしまい申し訳ない気持ちもありますが、僕は心から熱中できることだけを愚直にやっていきたい。他者からの理解は必要ないし、むしろ誰かと同じなんてまっぴらごめんです。

よく「せっかく東大を卒業したのにもったいない」と言われますが、もったいないどころか東大ブランドを最大限活用しています。TikTokもそうですし、シーシャの世界でも個人ブランディングはすごく大切で、東大卒という肩書は唯一無二のもの。東大に入ってよかったと、本気で思っています。

――今後の展望について教えてください。

いぶ:今は、シーシャの道をどこまで極められるかしか考えていません。PukuPukuグループを全国トップに押し上げ、いずれは世界進出したい。

僕は、子どもの頃から一貫してオープン管理を徹底しています。つまり、目標を人に言うことで、あとに引けない状況を自ら作り出すんです。代表にも「3年以内にPukuPukuの社長になりますよ」と宣言したので、それに向けて邁進していくだけです。

あえて将来の目標をあげるなら、心に余裕のある男になることですかね。その時その時で集中したいことにのめり込むだけなので、心に余裕を持って視野を広くできたらいいなと思っています。

【いぶさん(25歳)】
1999年、栃木県生まれ。物理オリンピック日本代表候補選考という実績から、東大に推薦で合格。東大在学中はTikTokインフルエンサーとして活動し、現在はシーシャバー・PukuPuku恵比寿店店長を務めている。TikTokアカウント: @ibuchan_ut

<取材・文/MySPA!特別取材班>

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