判事・花岡悟(岩田剛典)による「ありがとな」や星航一(岡田将生)が初めて心の内を明かす雪景色など、『虎に翼』(NHK総合)には男性俳優たちがかもす名場面が多い。

 主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が、新潟から帰ってきてからは、上司である桂場等一郎(松山ケンイチ)が、映像演出が突出する瞬間を担っている。

 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、桂場の「失言だった!」に感動しながら、本作のカメラワークに着目する。

◆カメラワークに着目

 ここ数年の朝ドラ史上では最大の力作だと銘打てる『虎に翼』だが、選択的夫婦別姓など戦後の現代史の課題に取り組む作品態度や第21週第103回でオープンリーゲイの俳優やトランスジェンダー女性の歌手を配役した社会的意義ばかりが本作の美点ではない。

 映像作品とはそれだけで政治的なものでもあるが、もっと映像そのものの技法やカメラワークを含む演出にも着目する視点があってもいいんじゃないか。第20週から佐田寅子が、異動先の新潟から東京へ戻ってくる。第97回、東京地方裁判所に配属された寅子が所長室に挨拶にくる場面を特筆しておきたい。

 所長室に入ると、ここまで寅子を引き上げてくれた上司たち、ライアンこと、久藤頼安(沢村一樹)と多岐川幸四郎(滝藤賢一)が手放しに歓待してくれる。ただひとりむっとした顔して所長の席に座る桂場等一郎以外は。

◆手の動きと連動する美しさ

 朗らかな笑いと和やかなユーモアを交えた歓待を済ませて、久藤と多岐川は所長室を出ていく。寅子は所長席とちょっとだけ距離を置いて、改めて桂場と対面する。

 多岐川の下、家庭局の英雄のような存在になっていた寅子の新潟異動を突然決めたのが、他ならぬ桂場だった。その辞令に多岐川は憤慨するが、異動を命じた理由が、他の裁判官同様に着実な地盤固めを促すものだと知り、逆に桂場の愛を讃えた。

 数年のときを経て、見知らぬ土地に投げ込まれた寅子はしっかり地盤を固めてきた。寅子が席に近づくと、桂場はむにゅっと唇を上げる。間髪いれずに東京地方裁判所での配属先を告げ、「早く行け」。いつもの調子で、そろりと右腕をつきだし、相手にしっしと手の甲を動かすのだ。

 この動かし方に注目。まず1、2(しっし)の拍で手を動かし、半拍置き次に1、2、3(しっしっし)と動かす。寅子が退室しようとするとふたりをサイドから捉えたカメラが滑らかにフォローし、桂場の指先の延長にあるかのように下手から上手へムーヴ。途中、どこからともなく鐘の音。桂場のしっしと連動したこのカメラワークの美しさは、本作でたぶん最も美しい。

◆映像演出が突出する瞬間

 あんまり安易にたとえるのもあれだけど、そうだな、これまでに筆者が同じように感じてきた映像作品だと、ルキノ・ヴィスコンティの『夏の嵐』(1954年)冒頭。ヴェネツィアのラ・フェニーチェ歌劇場内部を捉えた流麗なカメラワークのことを思い出した。

 激動のイタリア史をヴィスコンティ特有のメロドラマとして描く同作もたぶんに政治的で社会的な意義がある名作だが、それ以上に観客たちはカメラの美しいムーヴに魅了されっぱなしである。同様に『虎に翼』のカメラワークだって、社会的メッセージを超えた力強い表現力がある。

 新潟篇から東京篇となり、桂場の再登場によってこうした映像演出が突出する瞬間は他にもある。たとえば、戦前から寅子たちが憩いの場にしてきた甘味処「竹もと」での場面がわかりやすい。

◆桂場と団子の決闘場面

 第99回、新潟で心を通わせ、現在交際中の寅子と星航一が会話しているところへ、桂場がやってくる。あからさまに嫌そうな顔をする桂場に対して、「そんな顔しなくていいじゃないですか」とすかさず寅子。