博報堂 取締役常務執行役員・名倉健司氏(左)と三菱自動車工業 代表執行役副社長・中村達夫氏(右)が手を取りあった(写真:三菱自動車工業)
アウトドアに特化した新会社、株式会社NOYAMA(ノヤマ)が2024年7月18日より事業開始した。三菱自動車工業(以下、三菱)が66.6%、博報堂が33.4%出資する合弁企業だ。
ウェブサイトのURLは、noyama-outdoor.com。コロナ禍によるライフスタイルの変化、キャンプブーム、4輪駆動車といったキーワードを思い浮かべると、「三菱=アウトドア」という発想は事業として正攻法に思える。
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近年の「デリカD:5」や「デリカミニ」はもちろん、そのキャラクターである「デリ丸。」、三菱の代表車種であった「パジェロ」など、三菱とオフロードやアウトドアのイメージがマッチするからだ。
ただし、直近での世間の風潮としては、キャンプやキャンピングカーの人気はコロナ禍での急拡大から「ひと息ついた」といった印象がある。
そんな中で、三菱はアウトドア領域の事業に特化した、日系自動車メーカーとしては類のないチャレンジに踏み出した。しかも、NOYAMAのサービスの一部では、あえて三菱色を抑えているという。
「冒険の学校」と「e-Outdoor」の2軸から
立ち上げ初年度のサービス事業は、大きく2つ。1つ目は、「みる、つながる、やってみる。」をテーマとする「冒険の学校」。
これは、キャンプやサバイバル術に関しての動画コンテンツ、アウトドアに特化したコミュニティ向けSNS、そしてプロ講師による体験イベントで構成する。
2つ目は、「e-Outdoor」。プラグインハイブリッド車(PHEV)とアウトドアギア・電化製品の一括レンタルサービスだ。
オンラインで予約を行い、レンタカー会社などで車両の受け渡しを行う。7月の横浜、8月の東京都内を皮切りに、年内に10カ所でのサービス開始を目指す。
中期的には、プラットフォームビジネスとして、EC事業、広告配信事業、データコンサルティングなど、アウトドアを中核として多面的に事業を展開するという。
では、なぜいまNOYAMAなのか。同社の久保田和拓社長に、真正面から質問をぶつけてみた。まずは、会社設立の経緯から。
NOYAMA社長の久保田和拓氏。幼少期からボーイスカウトなどアウトドア経験豊富な人物(写真:三菱自動車工業)
もともとは、三菱本社の新規事業開発・VC(バリューチェーン)推進本部での新規事業開発から生まれた発想だ。
同本部は2023年1月に準備室として始まり、同年4月に本部が正式に立ち上がった。命題はいたってシンプル。新たな収入源としての新規事業拡大である。
「三菱らしさ」に対する新たな取り組みを模索する中、博報堂からも提案があったアウトドアを「新しい視点」で捉える事業を検討。市場における需要調査を重ねたうえで、事業化のGOがかかったという。
ただし、「三菱が行う単なるプロモーション事業ではなく、独立した新会社としての持続的な事業化」が条件だった。こうして誕生したのが、株式会社NOYAMAである。
同時期に立ち上がったEVNIONという存在
社名の由来は、「原っぱや野山を駆け回った子どものころの原風景を想起し、そのような原風景への回帰や自然の中での冒険を求める人々へ、豊かなアウトドアの時間や新たなアウトドアの体験価値を提供すること」からだという。
NOYAMAのキャッチコピー、キャッチフレーズには「冒険」や「自然」といった言葉が並ぶ(写真:三菱自動車工業)
文面だけを見ると、いかにも広告代理店が考えたプロモーションという印象を持つ人がいるかもしれない。
だが、高度成長期から現在までの日本社会の変遷と、全国各地が直面している次の時代に向けた社会変革の必要性が問われている現状に、筆者の人生を重ね合わせてみると、NOYAMAの由来がなんとなくわかるような気がする。
さらに興味深いのが、NOYAMAとほぼ同時期に新規事業開発・VC推進本部が需要調査を行い、結果的に新会社設立に至った事案が、もうひとつあることだ。それをEVNION(イブニオン)という。
こちらは、三菱に加えて三菱商事と三菱ふそうトラック・バスが連携する、EV総合サービスのオンラインプラットフォーム事業で、イブニオン株式会社を設立している。
NOYAMAとEVNION、いずれも他社がこれまで検討はしても、踏み込むことができなかった、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を活用した新事業領域ではないだろうか。
こうして三菱だけではなし得ない、各種パートナーと組んだ新しい事業を創出してのチャレンジが始まったのだ。
久保田氏は、三菱の新事業として見ると「NOYAMAとEVNIONが両輪として動く」と指摘する。EVNIONについては、別の機会に同社取材を実施する予定だ。
三菱自動車の本社が入るビルのショールームにて。デリカミニなどアウトドア向け車両が並ぶ(筆者撮影)
NOYAMAはオープンプラットフォームである
NOYAMAにおけるプラットフォームビジネスについて、もう少し噛み砕いていく。
久保田氏は「アウトドアに特化して、イベント、EC販売、地方自治体と協力した教育、社会貢献、そして防災など、さまざまなコトとモノ(いわゆる“コトづくり”)をウェブの複合サービスとして提供する」と説明する。
初年度の「冒険の学校」と「e-Outdoor」に加え、コンテンツとして「三の矢、四の矢と展開する事業を増やしていき、最終的には、そこで得たデータを活用していきたい」とプラットフォームによるデータ活用の可能性を見出す。
さらに、「NOYAMAはオープンプラットフォーム」である点を強調した。
つまり、広義におけるアウトドアに関連する異業種を含めた、多様な企業・団体・自治体などとコラボレーションやタイアップしていくわけだ。その中では、自動車メーカー各社との連携も模索する。
現行のルノー・日産・三菱アライアンスや、先に公表されたホンダ・日産・三菱による技術関連連携の枠組みには「とらわれない」という。
このように、データ連携と事業連携の両面において、NOYAMAがプラットフォームとして機能することが、NOYAMAの事業戦略の根幹だと言える。では、事業性についてはどうだろうか。
本社ショールームには「デリカカレー」なるカレー専門店もあった(筆者撮影)
NOYAMA単体事業としてのKPI(成果の指標)については、外向けには非公開。ただし、三菱社内では当然、ロードマップに沿った数値目標を持っているという。
初年度事業の収益については、「冒険の学校」では年間費やイベント参加費などを見込むほか、SNSのみならず、アウトドア情報を発信する自社メディアとして育てることで、関連する収益も考慮できる。今後は、メタバースなどDX関連の技術を盛り込むことも検討する可能性があるようだ。
e-Outdoorでは、キャンプ市場を調査した結果、昨今のアウトドアブームでアウトドアギアをすでに購入した層は広がっている反面、「所有よりレンタル」を希望する需要が継続して増えていることや、「ちょっと違うギアを試してみたい」という声も少なくないことがわかったという。実際にハイシーズンでは、アウトドアギアのレンタルも好調のようだ。
しかも、レンタカーとレンタルギアの一括サービスの事例はまだめずらしく、NOYAMAとして事業の拡大に期待を寄せている。
アウトランダーPHEVなどプラグインハイブリッド車の有用性も伝えていく(筆者撮影)
また、「プラグインハイブリッド車をじっくり試してみたい」という声も市場にはあるため、新車販売会社と連携して、e-Outdoorを試乗プランの一環としてユーザーに提案することも考えられる。販売会社によってレンタカーサービスの有無はあっても、結果的に新車や中古車の販売につながる効果も期待できる。
レンタル車両については、給電機能のあるプラグインハイブリッド車「アウトランダーPHEV」「エクリプス クロスPHEV」に限らず、デリカD:5や「トライトン」も含めて、市場の要望に応じた展開もありうるだろう。
大きな変化を迎えている社会の中で
また、「冒険の学校」についても当然、NOYAMAと新車販売会社が連携を深めていく。三菱本社、または全国の新車販売会社が主催するユーザー参加型の人気行事「スターキャンプ」についても、これまで通りの運営を維持しNOYAMAがサイドサポートする形となるという。
ここまで見てきたように、NOYAMAは三菱が持つハードウェアとソフトウェアのアセットを最大限に活用し、さらに新しい仲間と新技術を併せ持つ、これまで誰も手をつけなかった次世代アウトドア事業への挑戦だと言える。
久保田氏は、インタビューの中で何度か「生きる力」「生き抜く力」という表現を使っていた。いま大きな変化を試みようとしている日本の社会、そして自動車産業界において、こうした言葉は「実にしっくりして、腑に落ちる」ものだ。
(桃田 健史 : ジャーナリスト)
外部リンク東洋経済オンライン