その女性の白さに目を奪われた。華奢な体躯に透き通るような素肌をしている。眉毛や睫毛さえも雪のような色をしていた。
「なつお」名義でモデルやインフルエンサーに似た活動をしているが、本人は「長く勤めたBarを辞めたばかりの、ニートです」と笑った。腕や手首、掌に至るまで刺青を施し、その墨は首を伝って顔面をも覆っていた。彼女はなぜここまで自分の身体に墨を入れるのか。

◆「刺青なんてもってのほか」厳格な家で育った

 極めて礼儀正しく、物腰の柔らかな女性だ。取材を開始してすぐに、彼女が誰もが知る一流企業の幹部の娘であることを知って合点がいった。両親との仲も良いのだという。

「父のことは尊敬しているし、母のことは大好きですね。学生時代、反抗心から険悪だった時期もありますが、常に私の気持ちを優先して守ってくれる母には、頭が上がりません。今でもよく一緒に出かけては、私が母にまとわりついてるんです。私がショートカットにしていた頃は、地元で『あそこの奥さんは顔じゅう刺青を入れている男と不倫している』って噂になったほどです(笑)。不倫相手だと勘違いされた相手は、もちろん私です」

 だが、ここまで広範囲にわたる刺青には、両親もさすがに閉口したという。

「結構厳格な家なので、刺青なんてもってのほかです。昔から、私は『シンプルな服装に刺青がよく映えるな、かっこいいな』とは思っていました。そこで高校卒業後、耳の裏側にワンポイントの刺青を入れたのが最初だったんです。しかしそれはすぐに母に発見されました。母は驚きながらも折り合いをつけてくれたようで、『とにかくお父さんには言わないように』ということで話は終わりました。直後に私が独り暮しをする予定があったので、その後は頻繁に顔を合わせることはなくなりました」

◆刺青を見つけてしまった父の反応は「足にお絵かきが…」

 ワンポイントのお洒落のつもりで入れた刺青は、独り暮しをしているうちに増殖していった。

「最初に入れてから4年くらいしたとき、実家に泊まる用事があったんです。それまでも両親には会っていたので、バレにくい場所――たとえば手足の甲などにちょこちょこ入れていました。日焼けするのが嫌で幼い頃から袖の長い服をよく着ていたので、案外バレなかったんですよ。ところが寝るときには靴下を履かないので、布団からはみ出た足の甲の刺青が父にバレたようでした。父は私に直接言うのではなくて、母に『足にお絵かきがあったけど』と伝えたようです(笑)。ショックだっただろうなぁとは思います」

◆顔に刺青を入れ、一度だけ後悔した出来事が

 間を取り持った母親の功もあり、厳しい父親の溜飲も下がったという。現在では「実家ではタンクトップで過ごしてます」と語るほど、隠し事をしなくていい関係になった。だが一度だけ、理解者である母親を泣かせてしまったこともある。

「顔に刺青を入れたときは泣かれました。彫師の方からも、『もう一度よく考えた方がいい。顔に彫るのは人生を変えてしまうから、安易に決めないように』とアドバイスをいただきました。でも、やりたいものはやりたかったんですよね」

 その日は一度持ち帰ったものの、後日決心が変わらないことを告げ、なつおさんの顔は墨を纏った。彫師すら一旦は保留を勧めた顔への刺青に、後悔はなかったのだろうか。

「顔に入れた模様はとても気に入っています。でも、一度だけ後悔をしましたね(笑)。実は有名ブランドのモデルとして内定していたのですが、大詰めの段階で企業側から『顔に墨が入っている人はNG』ということで実現しませんでした。日本において刺青は人口に膾炙したとはとてもいえないので、そういう弊害はあります」