[画像] コパ・アメリカ2024でロドリゴはブラジル代表を救えるか サッカー王国の必殺技「タベーラ」の使い手

西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第3回 ロドリゴ

日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。第3回はブラジル代表の10番を背負ってコパ・アメリカ2024を戦っている、ロドリゴです。

【新しい「ペレ」】

 ブラジル黄金時代の幕を開けたのはふたりの天才プレーヤー、ペレとガリンシャだった。

 ペレは主に中央突破、ガリンシャはサイドアタック。ふたりのスーパースターと攻撃ルートは、その後のセレソン(ブラジル代表の愛称)にも受け継がれていく。「ペレ」のほうは「白いペレ」と呼ばれたジーコ、リバウド、ロナウジーニョ、カカ、ネイマールがそのDNAを継承。「ガリンシャ」はジャイルジーニョ、ミューレル、ロビーニョ、ドウグラス・コスタなど。


ブラジル代表の10番をつけてコパ・アメリカ2024を戦っているロドリゴ photo by Getty Images

 コパ・アメリカ2024を戦うセレソンでは、ロドリゴが「ペレ」の後継者だ。「ガリンシャ」はヴィニシウス・ジュニオール、ラフィーニャ、新星サヴィーニョも登場している。

 元祖のペレは背番号10の象徴だが、1958年スウェーデンW杯で10番だったのは偶然である。登録メンバー表に背番号が記されていなかったので、関係者が適当に割り振った結果だそうだ。そのため当時のポジション番号とは微妙にずれているのだが、開幕時にはレギュラーでなかったペレに、なぜか本来のポジションである左インサイドフォワード(インナー)の10番が割り振られていた。

 ペレはセンターフォワード(CF)のババの周囲をうろうろしていて、ラスト30mの崩しからフィニッシュまでを担当。右インナーのジジがプレーメーカー、左のペレがセカントトップという左右非対称のフォーメーションだった。生涯で1000得点を超えている破格のゴールマシーンだったが、CFでプレーしたことはなく、ずっとFWとMFの中間的なポジション。今でいうトップ下だが、むしろ「ペレ」としか表現のしようのないプレースタイルだった。

 コパ・アメリカ2024、初戦のコスタリカ戦でのロドリゴはCFのポジションだった。ただし、その役割は「ペレ」であり、左の「ガリンシャ」であるヴィニシウスと入れ替わりながらのプレーは、レアル・マドリードのやり方をそのまま導入したものと思われる。MFルーカス・パケタとの縦の入れ替わりもあった。このダブル10番は他国にはあまり見られないが、ブラジルには1970年メキシコW杯でのトスタン、ペレのコンビという原型がある。

 いずれにしてもロドリゴは9番ではなく10番、あるいは「ペレ」の担い手として期待されているようだった。

【ブラジル独特の壁パス「タベーラ」】

 ロドリゴが受け持っている「ペレ」のプレーは主に中央突破だ。誰もが担えるものではなく、「タベーラ」のセンスはとくに問われる。

 タベーラは「壁パス」を指すが、一般的な壁パスやワンツーとは少し違っていて、そこはブラジル独特で他国にはあまり見られない特徴でもある。

 基本的にパスを後追いするように走るので、敵味方で密集化する。その密集をかいくぐるところがタベーラの真骨頂だ。人が密集すれば守備側のほうが有利というのが一般的な考え方なのだが、ブラジルが狙っているのはわざと密集化させて、まとめて置き去りにする突破なのだ。

 ブラジルはカウンターアタックが極めて鋭い。しかし、それに固執していない。現在は一般的に縦への速い攻め込みが主流だが、ブラジルは相手に引かれてスペースがなくなることをさほど苦にしない。どこかで密集させてまとめて置き去りにすれば、カウンターと同じ効果が得られると知っているからだ。

 多くのチームは相手に引かれて攻撃スピードがダウンすると、なかなか中央を突破できない。相手のカウンターも恐いので、中央でボールを失わないようにU字型にボールを動かしてサイドからの攻め込みを狙う。ブラジルには「ガリンシャ」の攻撃ルートがあるのでこれもやるのだが、「ペレ」の攻撃ルートも放棄しないのだ。

【即興をやれる資質を持った選手がいるか】

 ただし、「ペレ」をやるにはそれなりの人材が不可欠である。

 密集を突破できるのはテクニックとスピードも重要だが、それ以上に何が見えているか、何を見ているかが決定的で、そのセンスの持ち主が何人いるかでほぼ成否が決まる。ペレとトスタン、ジーコとソクラテスのようなパートナーが必要だ。

 長年、セレソンを率いていたマリオ・ザガロいわく、「プランを廃して自由にプレーすること。監督に言われたようにプレーするのではなく、どうプレーするかわかっている選手たちと共にあることが重要だ」。

 即興をやれる資質を持った選手を、どれだけ揃えられるかにかかっている。だから、10番タイプを何人も同時起用するといった、他国がまずやらない編成も平気でやってきたわけだ。

 何を見るか。タベーラの名手たちは、複数の相手を見ている。

 具体的には主に「門」になっている相手センターバック(CB)ふたり。まず、CBのどちらにも捕まりにくいポジションにいる選手にパスをつける。そして「門」の開閉に応じて進入路を決める。閉じれば外、開いていれば間。相手が動く(または動かない)ことで、守れない場所ができるので、そこを通過する。

 原理は単純だが、密集していて突破スペースがないなか、数秒先に空く場所をイメージできる選手はけっこう希少なのだ。

 最初は「ガリンシャ」だったネイマールは、のちに「ペレ」になった。カタールW杯のクロアチア戦でのゴールはまさにタベーラの神髄。2つのワンツーでど真ん中を破ったネイマールのパートナーは、ロドリゴとルーカス・パケタだった。

【中央突破はますます難しくなっている】

 コパ・アメリカ2024のブラジルにロドリゴとルーカス・パケタはいるが、ネイマールを欠いている。ロドリゴは曖昧なポジショニングから中央突破を先導したが、ついにコスタリカの堅陣を崩しきれずスコアレスドローに終わった。

 同時進行中のユーロ2024では、中堅国の健闘が光っている。ブラジル風の中央突破が得意なフロリアン・ビルツ、ジャマル・ムシアラ、イルカイ・ギュンドアン、カイ・ハヴァーツを擁するドイツだが、グループリーグ最終戦はスイスに1−1だった。90+2分の同点弾は、タベーラとは何の関係もない放り込みからのヘディングである。

 強豪国に対抗するために守備の精度と強度を高めてきた中堅国は、簡単に相手の突破を許さなくなっている。強豪相手にボールは支配されても、接戦に持ち込めている。

 タベーラは均衡状態を打ち破る決定打、カウンターとセットプレーの中堅国にない武器であるはずなのだが、それさえも通用しなくなったのかもしれない。ネイマール不在とはいえ、タベーラの使い手として現代最高クラスのロドリゴを擁しても、ブラジルは得点できなかった(2戦目のグループ最下位・パラグアイ相手には、タベーラから先制点を挙げたが......)。

 過去の偉大なチームは常に中央の強みがあった。

 1950年代のスーパーチームだったハンガリー代表は「偽9番」ナンドール・ヒデグチとフェレンツ・プスカシュのコンビがあり、1970年代のオランダにはヨハン・クライフとヨハン・ニースケンスのダブル10番、1980年代はディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)とミッシェル・プラティニ(フランス)が「ペレ」だった。現在は言わずと知れたリオネル・メッシがいる。何よりブラジルは伝統を継承してきた。

 万が一それが通用しない、消滅するという事態になるなら、もはや強豪国というカテゴリーもなくなっていくのかもしれない。だが、おそらくそうはならないだろうし、そうならないと期待したい。