関節リウマチ患者として、日常生活での“あるある”や日々の治療について赤裸々に発信するふゆさん。29歳での離婚をきっかけに病気が判明した時、「一人きりになってしまった」と絶望したという彼女が、今では「病気になったことも悪いことばかりではなかった」と思えるようになった背景にはSNSがあると語ります。

【動画カット】関節リウマチの症状、ふゆさんの”手の動き”に注目…日常動作の困難「歩くことも不自由になるので移動に苦労」

■「若い子が優先席に座って!」症状が見えづらいゆえに電車内で罵倒されたことも

――いつごろ、関節リウマチを発症されたのでしょうか。

「発症したのは29歳の冬のことです。手足のしもやけのような症状がやけに長引き、指の付け根までパンパンに腫れていたため、近所の総合病院を受診しました。医師からは『関節リウマチかもしれないから、リウマチ科のある大きな総合病院にかかったほうがいい』と指示があり、別の総合病院を受診しました。そこですぐに判明しました」

――29歳とはお若いですね……。

「10年間連れ添った元夫との離婚直後に関節リウマチの診断がありました。経験上、リウマチとストレスは関連があるように思いますので、離婚に至るまでに生じたストレスがきっかけになっていると思います。一生治らない病気だと知った時は、ただでさえ離婚したばかりで漠然とした不安を抱えていたのに、一人きりになってしまったと絶望しました」

――そうだったのですね。関節リウマチは主にどういった症状があらわれるのでしょうか。

「関節リウマチは、全身の関節に腫れや痛みがでます。時に倦怠感を伴うこともあります。発症当初は、手足のしもやけのような症状でした。その段階で、リウマチの診断がされたので、早期発見、早期治療が出来たことが良かったのか、数年間は自分がリウマチである事を疑うほど症状を感じずに過ごしていました。

しかしいつの頃からか、全身(顎、肩、肘、手首、手、指、股関節、膝、足首、くるぶし、足の指、足の裏)の関節痛や腫れが出るようになりました。今では利き手である右手首の骨の隙間がなくなって毎日痛みがあり、可動域がせまくなっています」

――利き手が使えないとなると、日常生活でかなり不便さを感じますよね。

「仕事のデスクワークもしんどい時があります。趣味だったテニスや卓球などは出来なくなりました。 手が痛むと、ペットボトルの蓋があけられなかったり、お風呂やトイレでの動作が大変だったり、些細な日常生活にも支障が出ます。下半身の関節が痛むと、歩くことも不自由になるので移動に苦労します。 顎が痛い時には喋ることも食べることも難しいことも。

何より一番痛みが出るとつらいのは、肩です。関節が大きいからか、唸り声をあげてしまうほど痛みを感じます。肩に症状が出ると、両腕が不自由になってしまうので出来ることがかなり制限されてしまいます。例えば腕を広げられなくなるので体のバランスがとれなくなり、歩くことすら不自由になってしまいます」

――お話を想像するだけでも痛々しいですが、一番辛かったことはどんなことですか。

「関節リウマチは『朝のこわばり』という症状があります。1人暮らしをしていた時、朝目が覚めると、こわばりの症状で動けず、あらゆる関節に痛みを感じて少しも動くことができませんでした。トイレに行きたくても、電気をつけたくても動けないまま数時間が経過し、救急車を呼ぼうと思い立ってはみたものの、スマホを手に取ることもできませんでした。あまりに悲しく絶望的で印象に残る出来事でした。

また、ある時は、痛みがひどく、予約外の日に病院へ診察に行くことになり電車に乗りました。手が痛くてつり革につかまることができず、足が痛くて立っていることができず、という状態だったので優先席に座っていたら、『若い子が優先席に座って!』と大きな声でしばらく言われました。その頃は、自分の病気のことを伝える勇気もなく黙って過ごしたのですが、その後そのことで数カ月も悩むこととなってしまいました。杖を購入して、見た目に不自由さがわかるように工夫したものの、手が痛くて杖がつけなかったことも。どうやって自分の心を守ろうか考え続けたなかで、ヘルプマークの存在を知り、今ではヘルプマークによって支えられています!」

■モットーは「今日の笑顔を明日も♪」 前向きに寛解を目指せるようになったSNSとの出会い

――現在ふゆさんは、ご自身の関節リウマチについてSNSで発信されていますが、ご自身のことをありのままに投稿されようと思ったのはなぜでしょうか。

「関節リウマチについて自分と同じ経験をしている人の情報を得ようとYouTubeで検索したところ、関節リウマチの専門家が配信する動画が多く、専門的で素人には難しいものでした。私が患者の立場として知りたいのは、関節リウマチ患者の本音やそこに至るまでの経緯、現在の状況など、もっと身近な情報。それが少ないと感じたので、自分で発信しようと考えました。

妹がYouTubeをやっていたこともあり、あまり敷居が高いとは感じなかったのと、仕事で動画編集の作業に携わる経験もあったのでYouTubeが一番スムーズに始められました。その後、多くの方に知っていただくために、X、Instagram、Tiktokも始めました。私のようなリアルな患者の声を関節リウマチ患者やそのご家族に届けたい、そして、関節リウマチを知らない人へもっと認知してもらいたいと思って活動をしています」

――ふゆさんの発信に同じ症状で悩まれる方のお声が多く寄せられていますが、反響についてどう感じていらっしゃいますか。

「皆様から反応をいただけることは、活動するうえでとても励みとなっています。応援のメッセージも嬉しいですし、私の動画が参考になったという声をいただけるのは、心の支えになっています。具体的な例を出すと、 私は自分で注射(生物学的製剤の皮下注射)を打っているのですが、その様子を配信した動画へのコメントで『自己注射は怖くてできなったけど、この動画を見ながらだと一緒に打つことができました。 今後も動画をみて一緒に頑張ります』とおっしゃった方がいました。 この出来事は、私の経験してきたことを人のために活かすことができていることがわかって、勇気づけられました。

このように皆さんからの反響が、私の原動力になって活動を続けることが出来ています。 動画をご覧いただく方々、コメントを寄せてくださる方々、そして応援してくださる皆様に心から感謝しています」 

――一方で、SNSでの発信によって、ふゆさんの価値観に変化はありましたか。

「私は40歳を超えてから、発信者として活動を始めました。この年齢になると友達や仲間を作るということはなかなか難しいです。ですが、SNSを通じて、同じ病気の方と知り合い、年齢も住む地域も違う方とも交流する機会が増えました。 また、皆様により多くの情報を発信するためにも、色んなことにチャレンジをしたり、沢山の方へこちらからアプローチしてお話を伺ったり、様々なリウマチ関係者と連携するなど行動力がついてきました。

こういった出会いや行動の変化は、持病をもったからこそできたのだと思います。このように、病気になったことも悪いことばかりではなかったな、と前向きに捉えられるようになりました」

――今後は関節リウマチとどのように向き合っていきたいですか。

「病気と向き合いながらも、生活の中で楽しみや希望を見つけ、充実した日々を過ごしていきたいと思います。 また、リウマチを持つことで得た経験や気づきを活かし、他の患者や支援者とのつながりを大切にしたいと思っています。 私のモットーは、『今日の笑顔を明日も♪』です。 病気でも笑顔で過せるよう、心はいつでも元気に前向きな姿勢で寛解を目指していきたいと思っています」