[画像] 『離婚しない男』『買われた男』『東京タワー』…過激な濡れ場ドラマが配信再生数を獲得する必然とリスク

●深夜の放送枠で配信再生を稼ぎたいという現状

ネット上には連日、春ドラマに関するさまざまな情報がアップされているが、このところ存在感を増しているのが、配信再生数を報じた記事。「初回100万回突破」「累計1000万回突破」「歴代最速」などを報じた記事を多くのネットメディアがアップしている。

TVerの利用がいまだ右肩上がりで増えているだけに、「視聴率より配信再生数を報じる記事のほうが気になる」という人が増えているのかもしれない。

さらに、配信再生数に関する記事の中でこのところ顕著なのが、「過激な濡れ場を扱ったドラマほど伸びる」という現象。実際、篠田麻里子らの濡れ場が話題となった前期の『離婚しない男―サレ夫と悪嫁の騙し愛―』(テレビ朝日)は、1月期の見逃し配信再生回数ランキングで全番組1位を記録(ビデオリサーチ調べ)したほか、今期の『買われた男』(テレビ大阪)、『東京タワー』(テレビ朝日)、『好きなオトコと別れたい』(テレビ東京)なども好結果が報じられている。

「濡れ場を扱ったドラマは配信再生数が伸びる」は本当なのか。そして、その背景にはどんなことがあり、リスクはないのか。テレビ解説者の木村隆志が掘り下げていく。

(左から)『離婚しない男』篠田麻里子、『買われた男』瀬戸利樹、『東京タワー』MEGUMI


○放送前から注目を集められる強み

「濡れ場を扱ったドラマは配信再生数が伸びる」のは事実であり、もはや業界内でセオリーの1つという感すらある。数字が獲れるため、民放各局系列はもちろん、その他の動画配信サービスからの営業的な引き合いも上々。数字が計算できるため「局内で企画が通りやすい」という声を何度か聞いたことがある。

ただ、テレビでの放送時間は、多くの人々が目にしやすく、大企業のスポンサーがそろうゴールデン・プライム帯ではなく、深夜帯に限定されている。この点でも「視聴率ではなく配信再生で稼いでいこう」という姿勢が見えるし、裏を返せば「視聴率の低下が避けられない中、深夜帯の放送枠を使って配信再生で稼いでいきたい」という民放各局の現状が分かるだろう。

それにしても、『離婚しない男』と『買われた男』の脚本・演出は、「民放地上波のドラマも来るところまで来たな」という感がある。前者は篠田麻里子にあえぎ声や恍惚の表情を繰り返させ、後者はそれらに加えてキスや愛撫などの音を強調。その他の作品も含め、あえて舌を絡めたキスや過激な体位を選ぶような演出が見られる。

しかし、『離婚しない男』の原作漫画は“子どもの親権争い”がテーマで過激な濡れ場を前面に押し出す必然性はなかったし、『買われた男』は“女性用風俗”がテーマという確信犯。また、『東京タワー』は現役アイドルの永瀬廉と松田元太、『好きなオトコと別れたい』は「今最も色気のある俳優」と言われる毎熊克哉に生々しい濡れ場を演じさせることで過激な印象を与えている。

これらの脚本・演出・プロデュースによって放送前からネット上の記事数が増え、SNSでつぶやかれていく。さらに多少の批判があっても放送が始まると反響が広がり、ますますSNSでつぶやかれ、TVerなどの動画配信サービスでの再生につながり、「初回配信再生数100万回突破」などの分かりやすい好結果が報じられる。すると、これまで見ていなかった人々の配信再生にもつながり、より大きな賛否両論の声が広がっていく。

また、もう1つ見逃せないのは、昨年あたりから「過激な濡れ場があるドラマは家族や恋人から離れて1人で見る」というスマホやタブレットでの“こっそり視聴”が定着したこと。これらの理由から、話題の中心が「面白いか、つまらないか」よりも「過激な濡れ場への賛否」になるほうが再生数を獲得しやすくなっている。

●「クリエイティブ」「社会性」との両立

もちろん制作サイドとしては、ただ過激な濡れ場で押し切ろうというわけではない。『離婚しない男』は伊藤淳史演じる主人公の奮闘や水野美紀演じる弁護士の笑い、『買われた男』は女性ゲストの悩みと癒やされる姿など、他の要素を入れてエンタメ性を高めたり、共感を誘ったりなどの工夫でバランスを取り、見応えを作っている。

これは過激な濡れ場が付き物だった“不倫ドラマ”でも同様。性的なシーンだけではなく、献身的な純愛やセックスレスなどの社会性をセットで描いてバランスを取り、見応えを作るのがセオリーとされてきた。

いずれもプロデューサー、演出家、脚本家らクリエイターとしてのプライドであり、意地であるようにも見える。そもそも「数字を獲る」ことと「クリエイティブ」「社会性」の両立はドラマ制作で目指すべきところだが、過激な濡れ場を扱うことで、さらに「それを心がけなければ」という意識は高まるのかもしれない。

しかし、前述した作品が「最適なバランス」「両立できている」とまでは思われていない感がある。それは劇中の濡れ場だけでなく、タイトルにも過激さが及んでいることからも分かるのではないか。

今期で言えば、『買われた男』に加えて『あなたの恋人、強奪します。』(ABCテレビ)も過激なタイトルの作品。さらに前期は『瓜を破る〜一線を超えた、その先には』(TBS)、前々期は『くすぶり女とすん止め女』(テレ東)、『帰ってきたらいっぱいして。』(読売テレビ)、『18歳、新妻、不倫します。』(テレ朝)、『こういうのがいい』(ABCテレビ)と、濡れ場をイメージさせるタイトルがあった。

これらを見る限り、「いかに作品の入口から過激さを感じてもらうか」という意識が強くなっているのは間違いないだろう。ただ、もともとドラマに限らず「刺激を優先させたコンテンツは慣れられやすく、飽きられて長く持たない」のは業界のセオリー。なかでも過激な濡れ場のような賛否の声が強いコンテンツは、さらにその傾向が強く、民放各局の制作サイドはそれを知っているはずだ。

『あなたの恋人、強奪します。』武田玲奈

『瓜を破る〜一線を超えた、その先には』久住小春(左)と佐藤大樹 撮影:蔦野裕

○俳優へのサポート体制は万全か

そのため、もし今後の夏ドラマと秋ドラマ、年明けの冬ドラマで、過激な濡れ場がエスカレートしていったら、それだけ制作サイドが「配信再生数を欲しがっている」ということであり、同時に「他のアイデアがない」ことの裏返しにもなってしまう。

現状、配信再生数は「好結果しか報じられない」「他作と比較されづらい」という民放各局にとって都合のいいものであり、決してフェアなデータとは言えないものに留まっている。このようなフェアではない数字を獲るために過激な濡れ場を量産するような事態が続けば、人々の反発を招いてしまうかもしれない。

そしてもう1つ、ふれておかなければいけないのが、演じる俳優たちへのサポート。濡れ場では心身両面でのケアが求められるだけでなく、「本当にこのセリフや演出は必要なのか」「必要以上に露出しすぎではないか」「スタジオの人数が多すぎるのではないか」などの疑問を抱かせないようなコミュニケーションが求められている。

しかし、ドラマや映画の撮影現場における性的シーンで俳優をサポートする“インティマシー・コーディネーター”の導入はまだまだ不十分。『東京タワー』は導入が報告されているが、インティマシー・コーディネーター自体が少ない上に、深夜帯のドラマには予算面での難しさもある。

制作サイドは「服を着たままで」「服の上からだから」「声だけでOK」「暗い場所で撮る」などとあの手この手で不安を取り除こうとしていくのではないか。しかし、それでもハラスメントなどとは紙一重のリスクがあり、繊細な対応が求められるだろう。

木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら