ウルトラマン」が“大復活”しているのをご存知だろうか。庵野秀明氏が企画・脚本を務めた「シン・ウルトラマン」(2022年公開)の記憶も新しいが、近年、特に躍動しているのがテレビシリーズだ。13年の「ウルトラマンギンガ」を皮切りに毎年「新作」が途絶えず、7月からは最新作「ウルトラマンアーク」(土曜朝放送)がスタート予定。さらに今年はウルトラマンが世界へと羽ばたく節目の年になるという。【数土直志/ジャーナリスト】

 ***

【写真】あなたはどれだけ知っている? “ニューカマー”が続々!「最新ウルトラマン図鑑」

 もともとウルトラマンは「仮面ライダー」シリーズや「スーパー戦隊」シリーズと並ぶ、日本特撮が誇る一大コンテンツだった。しかし両シリーズと比べると人気やビジネス面で盛り上がりに欠ける時期が長く続いた。

新作が世界配信!(「円谷プロダクション」公式サイトより)

 予算のかかる特撮番組は“ビジネスの裏づけ”がないと負担が大きく、シリーズ化は難しい。かといって、テレビシリーズ化されなければ人気につながらない――。この“負のループ”からウルトラマンは長らく抜け出せなかった。

 ところが最近、ウルトラマン人気が復活を見せている。玩具やキャラクターグッズなどでウルトラマンを見る機会も増え、テレビシリーズ継続の追い風にもなっている。国内だけでなく、海外での盛り上がりも注目を集める。7月放送開始の「ウルトラマンアーク」は11言語に対応し、世界同時期放送・配信を実現した。

 背景にはアジアを中心とした人気の高まりがある。中国ではウルトラマンのテーマパークやトレーディング・カードゲームが人気だが、その勢いは番組製作やライセンスを管理する円谷プロダクションの業績にもあらわれている。2010年代から2021年まで約30億円から50億円の間を推移していた同社の年間売上高は、24年2月期には100億円を軽く超える見込みだ。

ドロ沼裁判で全面勝訴

 この突然の“変身”の理由は、どこにあるのか。まず挙げられるのが、経営の安定化だ。1963年に設立されて以来、日本特撮の“源流”の一つに数えられる円谷プロだが、特撮映画にかかるコスト高によって60年代後半よりたびたび経営難に直面。資本関係や経営主体も幾度か入れ替わるなどしたが、2010年に遊技機大手フィールズの子会社になると、ようやく経営は安定。14年には債務超過状態も解消した。

 そのフィールズも一時、総合エンターテイメント企業を目指しM&Aを繰り返したが、パチンコ・パチスロ不況の到来などで、エンタメ戦略を効果的に進めることが出来ないでいた。実際、一度はグループ化した企業や事業を次々と手放すまでに至ったが、円谷プロだけは最後まで放さなかった。円谷プロの持つウルトラマンが“とてつもない財産”であると分かっていたのだろう。そして、その読みは当たった。

 いまやウルトラマン関連事業はグループ経営を支えるほどに成長し、その存在の大きさは、フィールズが22年10月より持株会社の社名を円谷フィールズホールディングスに変更したことからも分かる。

 実はこの間、現在のウルトラマンの快進撃を可能にした2つの重要な“事件”が起きていた。1つ目がアメリカでのウルトラマンの権利をめぐる裁判の決着である。タイの番組制作会社チャイヨーが“1970年代に円谷プロダクションよりウルトラマンの全権利の譲渡を受けた”と一方的に主張していたもので、90年代以降、日本や米国、タイ、中国を舞台に訴訟へ発展。しかし18年、ついに米国内の裁判で円谷プロが「全面勝訴」(20年判決確定)を勝ち取り、これでウルトラマン・ビジネスの世界展開に支障はなくなった。

「ディズニー流」アプローチ

 もう一つが、経営者の交代だ。17年にそれまでウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンでゼネラル・マネージャーを務めた塚越隆行氏が代表取締役社長(代表取締役会長兼CEO)に就任すると、映画・キャラクター業界に少なからぬ衝撃が走った。世界的なエンターテイメント企業のGMが、「老舗」とはいえ、年商にして数十億円の映像制作会社に転じたからだ。

 またファミリーやキッズに向けた大衆マーケットを得意とするディズニーに対し、当時のウルトラマンは“コアファン向け”とも見られがちで「畑違い」にも映った。ただ、もともとウルトラマンはキッズ向けの作品であり、共通項は少なくない。

 以降、ウルトラマンシリーズのビジネス展開に“ディズニー流”を彷彿とさせる取り組みが多く取り入れられるようになる。たとえば、同一ブランドを実写やアニメーション、映画、テレビといった様々な映像メディアを駆使して幅広い世代に打ち出していく戦略もその一つだ。

 また近年はイベントにも積極的に取り組んでいる。「TSUBURAYA CONVENTION」や「ウルトラヒーローズEXPO」などの試みは、ディズニーがファンのロイヤリティを高めることに成功した「D23 Expo」や「スター・ウォーズ セレブレーション」と同じ仕掛けといえる。

巨大テーマパーク

 さらに見逃せないものとして、テーマパークの存在が挙げられる。22年に中国・上海のテーマパーク「上海海昌海洋公園」にウルトラマンをテーマとした巨大エリアが出現。この「ウルトラマン・パーク」は大連や成都にも広がり、“ディズニー・メソッド”がいかんなく発揮された格好だ。

 これら新たな展開はここ5年の間に起きたことで、成長の余地はまだまだ大きいと見られている。そのカギを握るのは――伸びシロのある国内市場も無視できないが――やはり海外に注目が集まる。

 すでに円谷プロの海外でのライセンス売上はかなりのパーセンテージにのぼり、その多くを中国が占める。残りは東南アジアとなるが、特定市場への依存度が高まれば、ビジネス上のリスクとなりかねない。

 実は円谷プロにとって、世界最大のエンターテイメント市場である米国は、ほとんど手つかずの状態にある。そんなビジネスチャンスの転がる広大なフロンティアを前に早速、布石が打たれ始めている。今年、米名門映像制作会社インダストリアル・ライト&マジック(ILM)によるアニメーションシリーズ「Ultraman: Rising」が公開されるのだ。

 同作は円谷プロとNetflixが共同製作の形を取る大作だが、あえて日本の会社に制作を任せなかったのは“北米ファースト”の作品にするためだろう。日本のアニメファンや特撮好きを超え、もっと広く「大衆」にアプローチするという野心的な試みといえる。2024年はウルトラマンにとって、「世界進出」に向け“第一歩”を踏み出す記念すべき年となるだろう。

数土直志(すど・ただし)
ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。アニメーションを中心に国内外のエンターテインメント産業に関する取材・報道・執筆を行う。大手証券会社を経て、2002年にアニメーションの最新情報を届けるウェブサイト「アニメ!アニメ!」を設立。また2009年にはアニメーションビジネス情報の「アニメ!アニメ!ビズ」を立ち上げ、編集長を務める。2012年、運営サイトを(株)イードに譲渡。2016年7月に「アニメ!アニメ!」を離れ、独立。

デイリー新潮編集部