【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
1994年4月25日 連載開始

 30年前の1994年4月25日、漫画家である和月伸宏氏の代表作「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」の第1話が集英社の「週刊少年ジャンプ」に掲載された。本作は激動の幕末を“人斬り抜刀斎”として生きた主人公・緋村剣心の物語。自身の信じる平和のため、維新志士となり血なまぐさい暗殺稼業を担ってきた剣心は、明治維新を迎えた末に“不殺(ころさず)”の誓いを立てる。刃と峰が逆転した奇妙な刀・逆刃刀とともに全国を放浪する流浪人となった剣心が、東京で神谷活心流道場を営む娘・神谷薫と出会うことから本編は紡がれる。

 本作は日本の史実を元にした歴史モノとしての側面もあり、「週刊少年ジャンプ」に掲載されてきた人気作としては珍しいポジションの作風となっている。長州派の維新志士として暗殺を生業としていた剣心は、大久保利通をはじめ実在した歴史的人物とも面識があることが描かれていた。そんな時代背景を土台とする本作は、1996年から1998年にかけて放送されたTVアニメを始め、様々なメディアミックス展開も行なわれた。2012年には俳優の佐藤健さん主演の実写映画が公開され、そのクオリティの高さが話題となったほか、2023年には新規スタッフによる再アニメ化も行なわれるなど、多くのファンから根強い人気を博している。

【TVアニメ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』第一クールOP映像|Ayase R-指定「飛天」】

幕末から明治維新までの史実を元にした重厚な人間ドラマ

 本作の魅力はなんといっても、幕末の時代に剣心を人斬り抜刀斎たらしめた一騎当千の殺人剣・飛天御剣流による迫力満点の戦闘シーンだ。そして自ら立てた不殺の誓いを守るために葛藤する、重厚な人間ドラマが挙げられる。まずはそんな本作の魅力を支えるキャラクターたちについて紹介したい。

・ 緋村剣心

 明るい茶色のような赤髪と左頬にある大きな十字傷、緋色の着物などが特徴的な優男。常に柔和な雰囲気を漂わせているが、幕末では長州派維新志士として暗殺を請け負っており、“人斬り抜刀斎”という異名がつくほどの活躍によって伝説的な存在となっている。作中は明治維新を迎えた時代であり、廃刀令が発布されているが、刃と峰が逆転した逆刃刀を帯刀していることから警官に問い詰められることもしばしば。

・ 神谷薫

 父親が開いた神谷活心流道場を守る、年若い娘。悪漢たちに道場の土地を奪われそうになった窮地を剣心に助けられ、物語が展開していくこととなる。自身も師範代として神谷活心流を修める剣術家であり、活発で正義感の強い性格。町では剣術小町と呼ばれ、美しい容姿であることが示唆されている。

・ 明神弥彦

 元は東京府士族の身分だが、明治維新の混乱によって孤児となった少年。身寄りをなくしたことで、物語当初はスリで生計を立てていた。剣心たちと出会ったことをきっかけに神谷活心流道場の門下生となり、薫とは衝突しながらも秘めていた剣才を磨いていく。

・ 相楽左之助

 「悪」の一文字を背負う喧嘩屋。幕末では赤報隊の一員だったが、明治政府に逆族の汚名を着せられたことが「悪」を背負うきっかけとなっている。そんな出で立ちとは裏腹に、本人は竹を割ったような性格で曲がったことを嫌う熱血漢。主に徒手空拳で戦い、物語中ではある人物との出会いを経て「二重の極み」という技を会得する。

・ 四乃森蒼紫

 江戸時代に幕府が設けた、城の警護や諜報活動などを担う役職・御庭番衆(おにわばんしゅう)の御頭。御庭番衆は明治政府によって解散の命を受け、その後は4人の部下たちとともに悪徳実業家・武田観柳の用心棒になっていた。明治政府から要職が用意されていたにも関わらず、戦いのなかでしか生きられない部下たちのためにそれを断るなど、情に厚い一面を持つ。

・ 巻町操

 長い三つ編みが特徴的の活発な少女。前述した蒼紫に恋をしており、また蒼紫の師匠を務めた人物の孫娘。戦闘には苦無(クナイ)を用いる。原作コミックス第7巻から始まる「京都編」より登場し、剣心が別れを告げた薫と入れ替わる形でヒロイン的なポジションを担った。

・ 斎藤一

 言わずと知れた元新選組三番隊隊長その人で、本編では警官になっている。幕末では人斬り抜刀斎と幾度も対峙した。「悪・即・斬」の正義を持ち、悪とあらば即斬るという、少々過激な一面がありながらも平和を守ることに殉ずる人物。敵に切っ先を向け、水平に構えた刀から繰り出す突きを極めた技「牙突」が彼の代名詞となっている。

“必殺の剣術”と“不殺の誓い”、そのアンバランスさが生み出す魅力

 冒頭でも触れた通り、本作の大きな魅力のひとつとして、剣心が操る必殺の剣術・飛天御剣流の存在がある。飛天御剣流は戦国時代に端を発する古流剣術で、その成り立ちから実用的──つまり殺人性の高い剣術となっている。剣を扱う速さ、身のこなしの速さ、相手の動きの先を読む速さという3つの速さを軸とし、いわゆる“先の先”を徹底して突き詰めた技術体系だ。そんな人を殺めることに特化した強力な術を持ちながら、不殺の精神でそれを扱うというアンバランスさが本作のユニークな魅力につながっている。

 その一方で、たびたびネットミームなどでも扱われるのでご存知の方もいるかもしれないが、作中では「対多数の戦闘においてまずは逃げ、足の速さが異なる故に追いついてきた敵から振り向き斬り捨てていく」という戦術が紹介される場面がある。技としてのフィクション性と現実的な理論がいい塩梅のバランスになっているのも面白い。

剣心は逆刃刀を振るい、何を斬っていたのか?

 本作のアイコンとなっているのは、苛烈な命のやりとりの末に剣心が行き着いた、不殺の誓いを体現する刀・逆刃刀だ。刃と峰が逆の造りになっていることで、敵対する相手には常に峰打ちの状態になるという逆刃刀だが、つまり剣心は、常に刃を自身に向けていることになる。「相手を斬らない」ということが本作の戦いにおける最大のテーマであることに間違いはないが、それでは「自身に刃を向けている」ことが何を意味するのか、ふと考えることがある。“剣心は逆刃刀を振るい、何を斬っていたのか?”

 本作は大きく、原作コミックス第1巻から第6巻までの「東京編」、第7巻から第18巻までの「京都編」、第18巻から第28巻までの「人誅編」という3つの構成に分かれている。東京編で初めての強敵となる鵜堂刃衛は、人斬り抜刀斎に対して崇拝に近い感情を抱いており、剣心を人斬りに戻そうと画策した。京都編の大敵となる志々雄真実は、暗殺稼業から足を洗った剣心の後を継ぐ形で人斬りの業を背負った。「人誅編」では自身が殺めてしまった妻・雪代巴の弟である雪代縁が立ちはだかることになる。つまり本編で剣心が対峙してきたのは、皆人斬り抜刀斎としての剣心が引き金となって誕生した敵たちだった。こうして考えると、剣心が刃を向けて戦ってきたのは、まさに"自分自身"ではなかっただろうか。

 本作で描かれるのは基本的に、人斬り抜刀斎としての過去を清算するための戦いであった。言ってしまえば、この徹底して“後ろ向き”な作風が本作の特徴であり、最大の魅力だ。人斬り抜刀斎として明治維新という名の平和の立役者となり、証明された強さを持ちながら、命のやりとりの場では足枷となりうる逆刃刀を使って戦う──いくら追い詰められようとも不殺の誓いを捨てず立ち向かう剣心の戦いには、応援したくなるような気持ちがわいてくる。

 余談になるが、どちらかといえばのほほんと優しい雰囲気を漂わせている原作の剣心に対して、「こんな戦いに身を投じる人間が明るい性格をしている訳はない」とでも言いたそうな、どんよりと暗い雰囲気をまとっている佐藤健さん演じる実写映画版の剣心像はしっくりくる。

 なお、ジャンプ本誌にて剣心の物語が完結した後、本編の続編として和月伸宏氏がかねてより構想していたという内容を描く「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚・北海道編-」が「ジャンプSQ.」にて連載中だ。「北海道編」では亡くなっていると思われていた薫の父が存命で、かつ北海道にいるという情報が舞い込んだことをきっかけに、剣心一派が北海道へ向かうことになる。また、かつて志々雄の元にいた少年・長谷川明日郎が、志々雄の使っていた刀・無限刃を携えてその旅に同行している。無限刃はこれまでに斬ってきた人間の油が染みつき、ノコギリのようになった刃が生み出す火花で刀身が燃え上がるという、逆刃刀とは対極の刀だ。そんな刀を持つ、志々雄の面影を宿した明日郎を剣心は導くことができるのか。

 現在描かれている最新の内容では、かつて敵対していた「天剣の宗次郎」をはじめとする十本刀の面々と、剣心たちが共闘するというファンにはたまらない展開も展開される。「北海道編」で剣心が“斬る”ものは何か、その結末を見守りたい。

(C)和月伸宏/集英社