フィンランドのリゾートスパでも、日本の温泉浴を模した露天風呂から湯けむりが立ち上る時代に(写真:こばやし あやな)
近年の日本のサウナトレンドを覗くと、ドイツ由来のアウフグース(スタッフがサウナ室内でタオルを振って熱気を撹拌するサービス)、古来バルト三国で盛んなウィスキング(植物の葉束を用いたマッサージやヒーリングセッション)など、世界のさまざまなサウナ文化の伝統やトレンドが輸入され、にぎやかに混在している。
だがやはり、今も昔も愛好家がまず頭に浮かべるサウナ浴のメッカといえば、まさにサウナという言葉の生まれたフィンランドだろう。
いっぽう昨今は、サウナの民フィンランド人の眼差しが、逆に日本古来の入浴法に向き始めているのをご存じだろうか。
話題書『「最新医学エビデンス」と「最高の入浴法」がいっきにわかる!究極の「サウナフルネス」世界最高の教科書』の日本語オリジナル版翻訳を手がけた、フィンランド在住のサウナ文化研究家・こばやし あやな氏が、今冬オープンし話題となっている現地スパリゾートホテルPanoramaの大浴場を例に、その最新の動向を紹介しよう。
「日本通の巨匠たち」が後押しする新リゾート
2023年11月、フィンランド中東部のクオピオ市郊外に位置するタハコ・スキーリゾート内にオープンしたスパホテルPanorama(パノラマ)は、スキー場の頂上にレセプションを構える。
そこからの眺めは、言わずもがな絶景。
施設名の通り、フィンランドと聞いて誰もが思い浮かべる、どこまでも森と湖の連なる大パノラマを最大のウリにした、ハイエンド向けリゾートホテルだ。
客室は、山頂付近の斜面に散らばるように建設された、ボックス型のモダンコテージに収まる。
どのコテージも、絶景が眺め下ろせる方角の壁一面がガラス窓になっていて、開放感は抜群だ。
また、それぞれの建物を匿うように松や白樺の大木がそびえ立ち、周囲にも森の小道が続く。室内のしつらえも、シンプルで心落ち着く北欧デザインのエッセンスが凝縮されており、快適性は文句ない。
朝食からディナーまで、3食とも極上の料理をいただけるビストロレストランは、2022年に国内の年間最優秀シェフ賞を受賞した気鋭のシェフが監修。
決して都市部から気軽に行ける立地ではないし、豪華絢爛なビジュアルの施設というわけでもないが、大自然に抱かれながら、本当に心身の喜ぶ、慎ましくも上質な余暇を楽しみたい人たちには、まさに桃源郷のようなリゾートホテルなのだ。
実は、数年前に施設の建設案が持ち上がったタイミングで、「意外な人物」らがそのコンセプトに賛同し、異例の出資を行った。
それは、日本でも往年のファンが多いモータースポーツ業界のレジェンド2人、キミ・ライコネン(元F1ドライバー)とトミ・マキネン(元ラリードライバー)だ。両者とも家族の別荘が近隣にあったので、この地域には以前から縁があった。
だが、現役時代からさまざまな日本文化に精通し、屈指の日本びいきとして知られる彼らがこのリゾートホテルに注目した理由のひとつは、ホテルのスパセクションに「日本人の入浴エッセンス」が多分に取り入れられていることにある。
ロゴにも、日本国旗を想起させる赤丸が取り入れられている(写真:こばやし あやな)
「日本の入浴法」といえば、ONSENと◯◯浴!?
パノラマの敷地内には、宿泊客はもちろん、予約をすれば外部客も利用可能なスパセクション「メッツァキュルプラ・ラハデ(Metsäkylpylä Lähde)」があり、その斬新さやエキゾチックさが話題を呼んでいる。
フィンランドなのでサウナがあるのは当然なのだが、3つの異なる趣向のサウナに加えて、室内外になんと計5つの浴槽がある。うち1面は天然水の強冷水風呂で、あとは40度の湯が張られているのだ。
スパの名前は、フィンランド語で「フォレスト・スパ 泉」という意味。日本らしい入浴文化として多くのフィンランド人が思い浮かべる「森林浴」と「温泉浴」という2大入浴文化への憧憬がこめられたネーミングだ。
「森林浴」は、当の日本人からすれば「それは入浴のタイプなのか……?」と首を傾げるかもしれない。
だが、以前からフィンランドをはじめ欧米諸国では、日本発祥の森林浴という語が「Forest bath」と訳され、メディアでも、さも一種の入浴法のように紹介される。
とくに、ウェルビーイングへの関心の高まりとともに、森林内環境で清浄な空気を浴びることは、心身に健康と安らぎをもたらす……つまり、入浴全般と同様の療養効果が得られる、と評価し実践する人が増えているのだ。
『「最新医学エビデンス」と「最高の入浴法」がいっきにわかる!究極の「サウナフルネス」世界最高の教科書』の著者カリタ・ハルユ氏(サウナ・フロム・フィンランド協会会長)も、本書内でサウナと森林浴の相性の良さを説き、サウナで思考をリセットして五感を研ぎ澄ますためのトレーニング法として、入浴前に20分ほど森林浴を行うことを推奨している。
広報担当のユーソ・ホルステインによれば、このスパやホテル全体が、利用者がさまざまな視線や感覚器を駆使し、フィンランドの誇る清らかで美しい森の恵みを味わえるよう、設計が工夫されているという。
たとえば、各サウナ室から望める森の景観は、一見どこも同じに見えて、実は見える木々との距離感や視線の高さを巧妙にずらしてある。
まるでツリーハウスのような外観で絶壁にそびえ立つラトヴァ・サウナは、ベンチから、鳥の目線で木々の頭頂とその先の地平線を見渡せるのがこだわりだ。
また、サウナや浴場間の移動には必ず一度屋外を歩く動線となっていて、その都度自然の息吹や空気の寒暖、風の心地を素肌で感じられる。
西洋と日本では、温泉文化も随分違う
いっぽう、「ラハデ(泉)」という語には「温泉」への憧れがうかがえる。
憧れというのは、火山のまったくないフィンランドでは、天然温泉がまったく湧かないからだ。
ホルステインは、「このスパでは、温泉の物理的・成分的な本物志向を追求するのではなく、フィンランドの精神文化との親和性も感じられる、日本人の入浴文化への情緒的なイメージを独自に解釈して形にした」と話す。
たとえば、西洋のスパにも温水プールや温泉はよくあるが、その多くではジャグジーがゴボゴボと轟音を立てて泡立ち、音にかき消されまいと入浴者の話し声のトーンも上がる。
だがラハデの浴槽では、静けさを重視するためにそのトレンド装置を取り払い、泡立ち音の代わりに風の音へ集中できるようにした。
また、冬には常時氷点下で雪が吹きすさぶ立地でありながら、大浴場はあえて、日本の露天風呂を想起させる、屋根のない中庭の屋外に設けた。
筆者が訪れた日も、外気はほぼマイナス20度で、粉雪やダイヤモンドダストが散らつく極寒日だった。
だが、その凍てつく空気のなかで真っ白な湯けむりが立ち上り、舞い降りる雪片を溶かしてゆく光景は、まさに北日本の雪見風呂を思わせる風情を醸し出していた。屋内風呂のほうも、壁一面のガラス窓から美しい自然景観が望める設計になっている。
ちなみにこれらの湯には、温泉ではないものの、ホテルがそびえるタハコ山の土壌から地表へと湧き出る、常時4度のピュアな泉水を引いて利用している。
だからこそ、カルキ臭もまったくないし、水風呂には湧き水をそのまま引水しているので、冷たさも軟水の肌心地も申し分ない。
また、スパ内のラウンジやバーで提供される飲料水やビールタップにも、この自慢の湧き水が使われているそうだ。
とはいえ、日本人として気になってしまうのは湯の温度。
40度という水温は、西洋諸国のスパや温泉の平均水温よりは熱めの設定だが(35度前後が主流)、極寒世界の露天風呂では、やはり少し物足りなさを感じてしまう。
だが、周りの客にヒアリングしてみると、皆一様に「ちょうどいい」か「もう少しぬるめでもいいくらいね」という反応。
施設側のモニタリングの結果でも、やはりこれ以上熱いと不快に感じる人が増えるだろうとのことだった。
他国文化の再現が難しいのはお互いさま
どこの国でも、他国の入浴文化を輸入する際に、本場の最適温度をそのまま再現するのは簡単ではないようだ。
日本のサウナも、フィンランド人にはたいてい「熱すぎる」と驚かれるが(フィンランドサウナの平均温度は60〜80度)、多くの日本人が高温を心地よいと感じている限り、いまさら簡単に室温を下げられないと日本の施設関係者もよく漏らしている。
また、ラハデは男女混浴なので、水着着用がマストだ。
水着で湯に浸かるというのは、我々日本人からするとなんとも落ち着かないが、混浴ならカップルでも一緒に入浴を楽しめるし、セクシャルマイノリティの人も気兼ねなく利用できるなどメリットも大きいので、仕方ない。
さらに、これはひょっとしたら逆に羨ましいと感じる日本人がいるかもしれないが、フィンランドではサウナ浴中に、ビールなど軽アルコールを自己責任で嗜む文化が根付いている。よってこのスパでも、ラウンジで購入したビールやカクテルを片手に湯船に浸かることができるのだ!
日本や東洋をコンセプトにした西洋のスパ施設では、唐突にブッダのオブジェが置かれているなど、それらしいビジュアルイメージにばかり重きを置く傾向がある。
けれどラハデでは、ともに森や自然資源への敬愛心が強く、質実剛健の心に美徳を感じ、成熟した入浴の伝統文化を持っているフィンランド人と日本人ならではの、精神的なシンパシーが入浴体験に活かされている気がした。
もちろん本場との違いを挙げればきりがないが、それはいつでもお互いさま。
フィンランド来訪の際は、ぜひパノラマホテルで、フィンランド人の思い描く日本の入浴観を追体験してみてほしい。
(こばやし あやな : サウナ文化研究家、フィンランド在住コーディネーター、翻訳家)
外部リンク東洋経済オンライン