グローバルでは加速する、アパレル業界におけるサステイナビリティーの取り組み。日本の現状と、「今何をすべきか」について解説します(写真:foly/PIXTA)

コロナ禍世界的なインフレウクライナ戦争パレスチナ問題、そして気候変動の急速な悪化……。地球規模で起こる事象を受け、アパレル業界はいま、グローバルで大きく変化している。

2000年代から世界を席巻した「大量生産・消費のファストファッション」は、地球環境に配慮する「サステナブルファッション」に移行しつつある。欧米を中心に規制やガイドラインが整備され、消費者の意識・行動も変わりはじめた

結果、新品市場が伸び悩み中古品市場やデジタルファッション市場に注目が集まっている。

グローバルでファッションの潮目が大きく変わる中、日本のアパレル企業は生き残ることができるのか?

話題の新刊『2040年アパレルの未来ー「成長なき世界」で創る、持続可能な循環型・再生型ビジネス』を上梓したコンサルタントの福田稔氏がアパレル/ライフスタイル領域の企業が今、何をすべきかを解き明かす連載1回め。「安すぎる日本アパレル」が値上げできない深刻な訳について解説する。

*この記事のつづき:苦戦する「日本アパレル」、値上げする"4つの秘策"

バブルの頃から下がり続ける「アパレルの価格」


昨今のインフレ影響により、アパレル業界でも値上げの話題を聞くことが増えました。

実際、原材料、エネルギーや物流費の高騰、円安の流れも重なった2022年は、アパレルに限らず身の回りのあらゆる消費財で値上げが行われたことは記憶に新しいでしょう。

一見、値上げ基調に見えるアパレル業界ですが、より長期のトレンドでみると「異なる実態」が見えてきます。

1991年を100とした際の主要な衣料品の価格推移を見てみると、驚くことに、主要な衣料品は約30年前から価格が下がり続けていることがわかります。

この要因は大きく2つあります。


1991年を100としたときの、主要な衣料品小売価格の推移。アイテムにより差があるものの、すべてのカテゴリーにおいて30年前の価格をいまだ上回れていないことがわかる(出所:総務省「小売物価統計調査」経済産業省 産業構造審議会繊維小委員会)

【1】ファストファッションの浸透

第1に、ファストファッションの浸透やコストパフォーマンスに優れた低価格の衣料品が普及したことで、衣料品全体の平均価格を押し下げていることにあります。

とくに、ファストファッションをはじめとするグローバルSPAがシェアを伸ばした2015年頃までは、その影響が顕著です。

【2】「不要不急の衣料品」は価格転嫁がしにくかった

第2に、失われた30年と呼ばれる長引くデフレ経済下の中で、「不要不急の衣料品」は価格転嫁がしにくかったという背景があります。

電気は約45%、食料品は約23%値上がりしたが…


アメリカにおける過去10年間の主要消費財の値上げ状況。不要不急の消費財であるアパレルは、必需品と比べて相対的に値上げできていないことがわかる(出所: Bureau of Labor Statics in the U.S をもとにKearney分析)

アメリカにおける2013年から2022年にかけての業界別の値上げ比較をみると、過去10年で、電気は約45%、食料品は約23%値上がりした一方で、アパレルは約4%しか値上げできていません。

背景としては、「不要不急の商材」であるがゆえに、企業が消費者の買い控えを恐れ、値上げをしにくいことがあります。

デフレとは程遠く、経済好調なアメリカでさえ、この状況なのです。

それでは、アパレルでの値上げはあきらめたほうが良いのでしょうか?

実はそうではありません。

アパレルで「値上げ」は行えるのか?

ここまで紹介した数値は、あくまで全体平均です。

市場での実態は、ブランド力のある企業は継続的に値上げできている一方、値上げができない中小プレーヤーがたくさんいるという構造になっています。

アパレル市場は非常に細分化された市場構造です。

グローバルでシェアトップのZARAを擁するインディテックスでもシェアは約2%しかなく、市場には有象無象のブランドがたくさんあります

そのような中で、「値上げをできるブランド」と「そうではないブランド」の差が開き続けているのが実態です。

たとえば、アメリカのあるアフォーダブルラグジュアリーのブランドでは、コートなどの重衣料において、2013年の価格を100とすると2023年は170になるまで値上げしています。

また、高価格帯ではなく低価格帯の外資系マスアパレルでも、同じく重衣料で2013年の100に対し140と、40%の値上げに成功している企業もあります。

一方で、国内アパレル企業でここまで値上げできている企業は、ほとんどありません。大半が2013年対比でCPIの衣料品平均上昇幅と近似している20%程度の値上げか、それよりも低い値に留まっています。

この差はどこから来るのでしょうか?

大きな要因は、値決めのやり方が古く、プライシングに科学的・定量的な戦略アプローチを適用できていないことにあります。

日本では、業界に古くから残る慣習として、下代(原価)に一定の掛け率をかけて上代(売価)を決めるという考え方があります。

このような原価ベースの考え方をもとに、ブランドのMDが経験と勘に基づいて、なんとなく売れそうな価格を予想して値決めしているというブランドが数多くあります。

このような属人的な方法では、大胆な値上げや粗利の最大化はできません

他方プライシングは、アカデミックからビジネスまでさまざまな研究と科学的・定量的なアプローチが試みられている領域です。

日本マクドナルドの「地域別価格戦略」に学べ

実際、2022年以降3度の値上げを実施し、2023年7月には地域別価格を導入し話題となった日本マクドナルドは、2023年12月期の連結営業利益が過去最高の400億円に達する見通しです。

価格を「都心店」「準都心店」「通常店」の3つに分ける地域別価格戦略が、業績面で大成功だったことをまさに物語っています。

マクドナルドの成功事例は、いまだに一物一価が当たり前の多くの国内アパレルに対して示唆に富んでいます(なお、アパレルでも値引き率を店舗により柔軟に変えることで、実質的に地域別・店舗別価格を導入し成功している企業はあります)。

次回は、アパレル業界における実践的なプライシング戦略を紹介します。

*この記事のつづき:苦戦する「日本アパレル」、値上げする"4つの秘策"

(福田 稔 : KEARNEYシニアパートナー)