岸田首相が「リスキリング」に5年間で1兆円を投入するという方針を打ち出してから、日本でも盛んにリスキリングという用語を聞くようになってきた。しかしこの言葉だけが一人歩きしており、リスキリングについて正しく知っている人は多くないのではないだろうか。今回はこのリスキリングについて、General Assembly(ジェネラル・アセンブリー以下、GA)のライアン・マイヤー氏に話を聞いたので、その内容についてお届けしよう。
■学び続けることが必要
リスキリングとは、「仕事の情勢変化に対応するため、新しい知識やスキルを学ぶこと」を言う。英語圏では2018年くらいから、日本では2021年あたりから使われ始めた用語だ。新しい仕事を任せる場合、外部から採用して補充するのが基本だが、デジタル化が進む現在では、デジタル人材については獲得競争が発生しており、すでに調達が困難になっている。
このため社内の人材に対して再教育を施し、新たな職務に就かせるということが必要になってきた。これがリスキリングによる社内人材の再配置である。個人の成長を促すと共に、社外から導入するよりもコストが低く抑えられるため、リスキリングが浸透してきたともいえる。
今回紹介するGAは、2010年より従業員教育に取り組んでおり、何万人ものテクノロジーキャリアをスタートさせたほか、500社以上のグローバルトップ企業のために、新たなテクノロジー人材を育成してきた。日本では森ビルなどに実績があり、今後は日本でも本格展開を予定しているという。GAが手掛けている主要カリキュラムとしては、データアナリティクス、デジタルマーケティング、プロダクトマネジメント、UXデザイン、デジタル・ファンデーションがある。
「こうしたカリキュラムについては、実戦を通して学ぶことが大事だと考えています。デジタル分野には非常に向いている考えです」とライアン氏。GAでは海外においてリスキリングにより3カ月以内に新しい仕事に就けるプログラムも開始している。
ライアン氏は日本のとある大企業で管理職を務めたことがあり、日本の伝統的な年功序列や階層社会などを肌身で感じてきた。このため日本企業がリスキリングに直面したときには、正しい回答を出せると語る。年齢を重ねることで、社内のさまざまなレベルに到達できるのは確かだが、成長における制約も大きい。
「これまでは“ライフロングラーニング”として、学生時代に学んだ知識を元に、退職まで一生涯働くこともあったでしょう。しかしテクノロジーの変革により時代が変わり、それ以外にもいろいろなことを学び続けることが必要になってきたのです」(ライアン氏)。
なおGAは海外で、リスキリングのプログラムを大企業以外に、中小企業向けにも用意している。これらの企業については、自社のキャンパスに招待して講演したり、従業員を派遣してリスキリングのためのプログラムを提供している。
General Assemblyライアン・マイヤー氏
■何もしないことがリスキリングの大問題
日本企業には、リスキリングにおける課題は何があるのだろうか。ライアン氏は「いちばんの問題は“何もやらないこと”です。これは海外でも同じですが、リーダーや管理職、会社のトップをリスキリングすることが大事なのかもしれません」と語る。「すでに会社にいる人材に可能性があると私たちは考えています」(ライアン氏)。
加えて、隠れた人材を見つけてその人をリスキルし、できることをもっと増やすことに生きがいを感じるという。「GAの卒業生は8万人以上いますが、専門やバックグラウンド、どういったことを学んできたかというより、モチベーションを高く、興味を持って取り組めることができれば、新しい仕事を身につけることができると感じています。やる気があれば誰でもソフトウェアエンジニアやデータアナリストになれるということです」(ライアン氏)。
ライアン氏が注目しているのはAIの分野だ。「多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)や自社のビジネスに対する存続の脅威について語っています。それらの多くは、CEOが言いたがる流行語や、一連の流行語に過ぎないと考えています。しかし今では生成型AIの出現によって、その多くが現実的になりました」とライアン氏は語る。業界は急速に変化し、多くの従業員が解雇され、多くの企業が役割を終えていく可能性もあるからだ。こうした変化に対応するためにも、リスキリングによりDXへ対応していく必要があるわけだ。
なおGAのプログラムを経た卒業生の90%が半年以内に新しい仕事を得て就業しているとのこと。「“何もしない”ではダメなのです。学ぶ人一人一人の自分の可能性をできるだけ簡単に発揮できるようにしたいとわれわれは考えています」(ライアン氏)。
ところでリスキリングのしやすい職種、しにくい職種はあるのだろうか。ライアン氏によると、データサイエンスは難しい職種の1つとのこと。なぜなら、この分野で活躍するためには、統計に関する一定レベルの背景知識や、一定レベルの計算能力が必要だからだ。
逆にリスキリングしやすいのはソフトウェアエンジニアだという。「なぜなら私たちは、誰かに新しい言語を教えているだけだからです。今すでに1つの言語を習得しているわけですから。新しいコミュケーションの方法への扉を1つ開いているだけなのです。それがたまたま1と0を使用しているだけなのです」(ライアン氏)。
■多くの実績を上げてきたGA
GAの成功例についてライアン氏に尋ねてみたところ、ウォルト・ディズニーの例を挙げてくれた。ウォルト・ディズニーはソフトウェアエンジニアリングチームの女性比率を向上したいと考えていたそうだが、すでに働いている女性従業員に対してリスキリングプログラムを実施した。これはディズニーランドのスタッフとして働いている人も含まれ、会社全体で250件の応募があったとのこと。その中から50名がプログラムを受講し、今でもその女性たちのほとんどはエンジニアとして働いているという。
もう1つはオーストラリア最大の銀行であるコモンウェルス銀行の例だ。支店で働く従業員のうちから150人がリスキリングプログラムを受講。その中の65%がインサイドデータアナリストに部署異動。残りの35%の人も学んだことを業務に生かす形で新たな職務を担っている。
このほか個人の事例についてだが、シンガポールに住む美容師でもあったUberドライバーが、ソフトウェアエンジニアとして就職したケースがあるという。プログラムを終えて現在ではブロックチェーンエンジニアとして働いているそうだ。またライアン氏のベビーシッターは、ライアン氏の家で開催されたスタッフパーティーでメンバーと知り合い、UXのコースを受講してeコマースのシニアUXデザイナーとして働くようになったとのこと。このようにテクノロジーの背景を持っていない人が、DXの最前線で働くようになった事例も持つ。
■今後はキャンパスを日本でも開講
今後GAが日本でどのような展開を考えているのか聞いたところ、東京だけでなく日本全国に、リスキングのために学べるキャンパスを開講したいと語る。「リスキリングにより新しいキャリアで家族を養うことができる何千もの日本人の物語が生まれたら、私は成功だと思っています。リスキリングにより将来を見据えた仕事を持つことができます」(ライアン氏)。
General Assemblyライアン・マイヤー氏
学ぶ人それぞれがGAのプログラムを通して自分自身を向上させ、自分の地位を向上させて経済的に安全で安心することが最大の目標と語るライアン氏。これからGAが本格的に活動を開始し、リスキリングにより日本のビジネスパーソンを変革していくことに期待したい。
テクニカルライター 今藤 弘一
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■学び続けることが必要
リスキリングとは、「仕事の情勢変化に対応するため、新しい知識やスキルを学ぶこと」を言う。英語圏では2018年くらいから、日本では2021年あたりから使われ始めた用語だ。新しい仕事を任せる場合、外部から採用して補充するのが基本だが、デジタル化が進む現在では、デジタル人材については獲得競争が発生しており、すでに調達が困難になっている。
このため社内の人材に対して再教育を施し、新たな職務に就かせるということが必要になってきた。これがリスキリングによる社内人材の再配置である。個人の成長を促すと共に、社外から導入するよりもコストが低く抑えられるため、リスキリングが浸透してきたともいえる。
今回紹介するGAは、2010年より従業員教育に取り組んでおり、何万人ものテクノロジーキャリアをスタートさせたほか、500社以上のグローバルトップ企業のために、新たなテクノロジー人材を育成してきた。日本では森ビルなどに実績があり、今後は日本でも本格展開を予定しているという。GAが手掛けている主要カリキュラムとしては、データアナリティクス、デジタルマーケティング、プロダクトマネジメント、UXデザイン、デジタル・ファンデーションがある。
「こうしたカリキュラムについては、実戦を通して学ぶことが大事だと考えています。デジタル分野には非常に向いている考えです」とライアン氏。GAでは海外においてリスキリングにより3カ月以内に新しい仕事に就けるプログラムも開始している。
ライアン氏は日本のとある大企業で管理職を務めたことがあり、日本の伝統的な年功序列や階層社会などを肌身で感じてきた。このため日本企業がリスキリングに直面したときには、正しい回答を出せると語る。年齢を重ねることで、社内のさまざまなレベルに到達できるのは確かだが、成長における制約も大きい。
「これまでは“ライフロングラーニング”として、学生時代に学んだ知識を元に、退職まで一生涯働くこともあったでしょう。しかしテクノロジーの変革により時代が変わり、それ以外にもいろいろなことを学び続けることが必要になってきたのです」(ライアン氏)。
なおGAは海外で、リスキリングのプログラムを大企業以外に、中小企業向けにも用意している。これらの企業については、自社のキャンパスに招待して講演したり、従業員を派遣してリスキリングのためのプログラムを提供している。
General Assemblyライアン・マイヤー氏
■何もしないことがリスキリングの大問題
日本企業には、リスキリングにおける課題は何があるのだろうか。ライアン氏は「いちばんの問題は“何もやらないこと”です。これは海外でも同じですが、リーダーや管理職、会社のトップをリスキリングすることが大事なのかもしれません」と語る。「すでに会社にいる人材に可能性があると私たちは考えています」(ライアン氏)。
加えて、隠れた人材を見つけてその人をリスキルし、できることをもっと増やすことに生きがいを感じるという。「GAの卒業生は8万人以上いますが、専門やバックグラウンド、どういったことを学んできたかというより、モチベーションを高く、興味を持って取り組めることができれば、新しい仕事を身につけることができると感じています。やる気があれば誰でもソフトウェアエンジニアやデータアナリストになれるということです」(ライアン氏)。
ライアン氏が注目しているのはAIの分野だ。「多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)や自社のビジネスに対する存続の脅威について語っています。それらの多くは、CEOが言いたがる流行語や、一連の流行語に過ぎないと考えています。しかし今では生成型AIの出現によって、その多くが現実的になりました」とライアン氏は語る。業界は急速に変化し、多くの従業員が解雇され、多くの企業が役割を終えていく可能性もあるからだ。こうした変化に対応するためにも、リスキリングによりDXへ対応していく必要があるわけだ。
なおGAのプログラムを経た卒業生の90%が半年以内に新しい仕事を得て就業しているとのこと。「“何もしない”ではダメなのです。学ぶ人一人一人の自分の可能性をできるだけ簡単に発揮できるようにしたいとわれわれは考えています」(ライアン氏)。
ところでリスキリングのしやすい職種、しにくい職種はあるのだろうか。ライアン氏によると、データサイエンスは難しい職種の1つとのこと。なぜなら、この分野で活躍するためには、統計に関する一定レベルの背景知識や、一定レベルの計算能力が必要だからだ。
逆にリスキリングしやすいのはソフトウェアエンジニアだという。「なぜなら私たちは、誰かに新しい言語を教えているだけだからです。今すでに1つの言語を習得しているわけですから。新しいコミュケーションの方法への扉を1つ開いているだけなのです。それがたまたま1と0を使用しているだけなのです」(ライアン氏)。
■多くの実績を上げてきたGA
GAの成功例についてライアン氏に尋ねてみたところ、ウォルト・ディズニーの例を挙げてくれた。ウォルト・ディズニーはソフトウェアエンジニアリングチームの女性比率を向上したいと考えていたそうだが、すでに働いている女性従業員に対してリスキリングプログラムを実施した。これはディズニーランドのスタッフとして働いている人も含まれ、会社全体で250件の応募があったとのこと。その中から50名がプログラムを受講し、今でもその女性たちのほとんどはエンジニアとして働いているという。
もう1つはオーストラリア最大の銀行であるコモンウェルス銀行の例だ。支店で働く従業員のうちから150人がリスキリングプログラムを受講。その中の65%がインサイドデータアナリストに部署異動。残りの35%の人も学んだことを業務に生かす形で新たな職務を担っている。
このほか個人の事例についてだが、シンガポールに住む美容師でもあったUberドライバーが、ソフトウェアエンジニアとして就職したケースがあるという。プログラムを終えて現在ではブロックチェーンエンジニアとして働いているそうだ。またライアン氏のベビーシッターは、ライアン氏の家で開催されたスタッフパーティーでメンバーと知り合い、UXのコースを受講してeコマースのシニアUXデザイナーとして働くようになったとのこと。このようにテクノロジーの背景を持っていない人が、DXの最前線で働くようになった事例も持つ。
■今後はキャンパスを日本でも開講
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General Assemblyライアン・マイヤー氏
学ぶ人それぞれがGAのプログラムを通して自分自身を向上させ、自分の地位を向上させて経済的に安全で安心することが最大の目標と語るライアン氏。これからGAが本格的に活動を開始し、リスキリングにより日本のビジネスパーソンを変革していくことに期待したい。
テクニカルライター 今藤 弘一
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