空港施設は、羽田、伊丹を中心に全国12空港で施設を運営・賃貸する(編集部撮影)

「まさか乘田(のりた)社長が否決されるとは」。航空会社OBや業界関係者らは、驚きを隠さない。

6月29日に開催された空港施設の株主総会でまさかの波乱が起きた。日本航空(JAL)出身で、同社の社長である乘田俊明氏の取締役再任案が否決されたのだ。なお、乘田社長以外の8人の選任案は可決された。

空港施設は、羽田空港周辺で空港関連施設やオフィスビルの賃貸、冷暖房の供給などを行っている東証プライム上場企業だ。


6月29日の株主総会で取締役再任案が否決された乘田俊明氏。写真は今年の株主総会招集通知(編集部撮影)

乘田氏は、1982年に日本航空(JAL)に入社。労務畑、経営企画、広報などさまざまな部署を歴任し、2015年からは同社の取締役専務を務めた。その後、2017年から空港施設の副社長、2021年に社長に就任した。「正義感が強く、とてもバランス感覚のある人物だ」。JALのOBはこう評する。

他方、2023年3月には国土交通省OBが空港施設の幹部人事に介入したことが判明した。具体的には、元国交省次官である本田勝氏が同社副社長で、元国交省東京航空局長の山口勝弘氏を社長へ昇格させるよう要求していたことが明らかになった。この件を受け、山口氏は2023年4月3日付で副社長を辞任したとみられる。

反対票を投じたのは誰か?

5月に会社側が提案した取締役選任案には、国交省OBの名前は1人もなかった。国交省OBが空港施設の取締役に名を連ねないのは、1970年の設立以来初めてとなる。

だがその選任案のうち社長である乘田氏だけ、株主らによって否決された。会社側は6月29日の株主総会直後に取締役会を開催。公表された新しい経営体制では、事実上、空港施設の生え抜きである取締役常務だった田村滋朗氏が社長に昇格。JAL出身の西尾忠男氏とANAホールディングス出身の三宅英夫氏が副社長に就任した。

今回起きた、まさかのトップ否決。注目は誰が乘田氏に反対票を投じたのか、ということだ。

大株主であるANAHD、JAL、日本政策投資銀行(DBJ)の動向がカギを握る。ANAHDとJALが21%、DBJが13.8%を保有(議決権ベース)している。

関係者の話を総合すると、ANAHDとJALは乘田氏の選任に反対票を投じ、DBJは賛成をしたようだ。ANAHDの広報は、「人心を一新すべきと考えた」と反対票を投じた理由を説明する。

一方でJALは、賛成したか反対したかも含めて「コメントは差し控える」と口をつぐむ。業界には、自社OBに反対票を投じたJALの判断に対して、衝撃が走っている。

JALが乘田氏にノーを突きつけた理由として考えられるのは、国交省への「けじめ」である。それほど人事介入問題の余波は大きかったのだ。

まず今回の取締役人事でもわかるように、国交省は空港施設への天下りポストを失った。関連して、有力官僚が辞職に追いやられた。人事介入の直前、国交省の久保田雅晴航空局長が、元事務次官の本田氏らと会食を行い、利害関係にある民間事業者から接待を受けたことが発覚。久保田氏は懲戒処分を受け、7月に辞職する。

「乘田解任劇」は正しい選択だったのか

「久保田さんは本来事務次官になる可能性もある国交省のエースだった。国交省は相当不満を持っている」。元航空会社幹部はこう指摘する。


3月、記者団の取材に応じる元国土交通省事務次官の本田勝氏(写真:時事)

2022年12月、本田氏が山口副社長(当時)を社長へ昇格させるよう要求をした際、乘田氏は「当社は東証プライム上場会社として厳格なガバナンスを求められており、社長は指名委員会で選考することになっている」(独立検証委員会の報告書)と、その要請をはねつけた経緯がある。

一連の問題に落とし前をつけるために、JALは自社OBの乘田氏に反対票を投じざるをえなかった、というのが業界関係者の見方だ。

JALとしては早めの幕引きを図りたかった理由がほかにもある。国交省は、航空各社のドル箱路線である羽田空港の発着枠再配分を主導している。

5年に1度行われており、2020年の再配分でJALは3枠減枠された。次の再配分は、2025年となる予定だ。このタイミングで国交省から不興を買えば、2025年の再配分でさらに減枠される可能性もあるだろう。

人事介入問題を受け、4月に独立検証委員会から空港施設が受領した報告書には、同社の経営課題として、「真に経営マネジメント能力に長けた倫理観の高い経営トップを選任するだけでなく、企業価値を高めるために必要な資質を十分に備えた取締役を、透明性の高いプロセスを経て選任することが不可欠である」と記されている。

乘田氏は、国交省の人事介入問題にあたり、空港施設の独立性を重んじ、同省の要求を拒否した。「乘田解任劇」は株主にとって正しい選択だったのか。明確な説明が求められるだろう。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)