リニア中央新幹線の計画を遅延させる静岡県の川勝平太知事に対して、リニアが開通する他県の知事らが強く言えないのはなぜなのか。ジャーナリストの小林一哉さんは「他県は静岡県と違い、800億円相当の『中間駅』の建設をJR東海に約束されている。その手前、静岡県に対して激しく抗弁することはできない」という――。

■中身のなかったリニア沿線自治体の会合

リニア中央新幹線の沿線都府県でつくる建設促進期成同盟会総会が5月31日、東京都内で開かれた。

「期成同盟会」は1979年、リニア沿線9都府県(東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知、三重、奈良、大阪)で設立された。静岡県は昨年7月になって、10番目のリニア沿線県として期成同盟会に加入し、川勝平太知事にとって今回が初めての総会出席となった。

総会では、静岡工区着工を認めない川勝知事に対して、愛知県をはじめとするリニア沿線の知事や国会議員らが包囲網をつくり、静岡工区の早期着手に向けて何らかの解決策を提示し、川勝知事に対抗することが期待されていた。

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期成同盟会総会でも「山梨県の調査ボーリングをやめろ」を撤回しなかった川勝知事(東京都内) - 筆者撮影

ところが、山梨県の反発を招いている「山梨県で出る水も静岡県の地下水だ。山梨県内のリニア調査ボーリングをやめろ」という川勝知事の無謀な言い掛かりさえ撤回させることもできなかった。それどころか、川勝知事は、静岡県の水資源、自然環境に懸念があるなど相変わらずの主張を繰り返して他府県の知事らをけむに巻いた。

期成同盟会の目的は、リニアの早期建設の実現を強力に推進することだが、リニア開業を遅らせる最大の原因である川勝知事と丁々発止でやり合う場面もなく、用意された決議案を全会一致で採択する「しゃんしゃん大会」で終わらざるを得なかった。

「ああ言えばこう言う」川勝知事ときちんとやり合える強力な誰かはいないのかと思うが、残念ながら、ふさわしい人材はなかなか見当たらないようだ。

本稿では、「反リニア」を貫く川勝知事が、リニア建設推進のために設立された期成同盟会に加入した理由などをわかりやすく伝える。

■当初はリニアは静岡を通らない予定だった

リニア中央新幹線は1974年、東京都を起点に甲府市付近、名古屋市付近、奈良市付近を経て、大阪市を終点とする路線として基本計画が決定した。

東海道新幹線の輸送力を補完するとともに、災害時のバイパス機能、沿線地域の開発促進など大きな効果がリニアに期待された。

リニアのルートは、甲府市付近から北上し、長野県茅野市を経て、長野県伊那市付近を通過する「迂回(うかい)ルート」(図表1参照)を地元が強く要望していた。期成同盟会設立時には、通過を想定しない静岡県に声は掛からなかった。

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期成同盟会設立後の1992年、沿線の大学教授らによるリニア沿線学者会議が立ち上がった。

同会議は、1964年に開業した東海道新幹線が静岡県を含む沿線自治体に与えたさまざまな恩恵を踏まえ、リニア開業が山梨県、長野県、岐阜県などの沿線へどんな影響を及ぼすのかを検証している。

新幹線開業によって、静岡、浜松の沿線中核都市が飛躍的に発展し、熱海、三島(伊豆の玄関口)のような観光地が大きく成長した。

■リニアが通れば沿線の地域振興にもつながる

会議では、1964年までは東海道本線沿線と中央本線沿線の人口等はほぼ同じ傾向だったが、新幹線開業以降、静岡県の沿線人口は大きく伸びたのに対して、中央線沿線はほぼ横ばいだったと分析している。さらに、リニア開業が新幹線に続く「交通大革命」を引き起こし、中央線沿線に驚異的な恩恵をもたらすと結論づけている。

つまり、期成同盟会の目的は、リニアの早期建設を推進するとともに、各沿線の地域振興や発展をどのように図るかが最大のテーマだった。

これまで高速交通網がなかった山梨県、長野県などにとって、飛躍的な発展のためにリニアはなくてはならない大プロジェクトなのだ。

■当初は中間駅の建設費は地元負担だったが…

期成同盟会の地域振興への働き掛けが功を奏して、JR東海は2009年8月、リニアが通過する各県に「地元負担による1県1駅」の中間駅の設置を約束した。説明文書には「中間駅については、地元負担(5900億円、うち名古屋まで3300億円)で建設する」と記されていた。

2011年5月の整備計画決定で、長野県などの反対を押し切って、これまで議論されてきた迂回ルートではなく、最も採算性の高い直線ルート「南アルプスルート」が採用された。これにより、突如静岡県もリニア通過県となった。

静岡県は期成同盟会に加入しておらず、新駅設置などについて全く議論されることはなかった。その結果、リニア沿線の都府県のうち、唯一新駅が開業しないことがあっさりと決まってしまった。

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2023年5月31日に開かれたリニア中央新幹線建設促進期成同盟会(東京都内) - 筆者撮影

さらに、JR東海は同年、地元負担としてきた中間駅の建設費用をすべて負担することを決めた。つまり、約800億円にも上る各県のリニア中間駅という地域振興策をJR東海が負担することで、各県はリニア建設の円滑な推進のために全面的に支援することとなった。

形の上では同じリニア通過県なのに、静岡県のみが蚊帳の外に置かれた。これが川勝知事には納得できない不満として残った。

■「大井川の水」問題をやり玉に挙げたワケ

このような中、2017年10月の会見で、川勝知事は突如、リニアトンネル工事の水環境問題をやり玉に挙げて、JR東海の対応を厳しく批判した。

2018年夏には、リニアトンネル工事による水環境保全を目的に、流域10市町長らをメンバーとする「大井川利水関係協議会」を設立し、ほぼ同時に専門家による地質構造・水資源、生物多様性の2つの専門部会を発足させた。

川勝知事の腹の中には、リニア通過県なのだから、沿線各県と同様の地域振興をJR東海から勝ち取りたいというもくろみがあった。

川勝知事はJR東海の主張を一切了解せず、両者の協議は膠着(こうちゃく)状態が続いた。

■川勝知事の「条件付き」リニア賛成

2019年6月5日、静岡市内で開かれた中部圏知事会議の席で、川勝知事は、期成同盟会会長の大村秀章・愛知県知事に静岡県の入会申請書を手渡すという突然の“怪挙”に出た。

入会申請書には、表向きは「リニア推進派」を公言してきた川勝知事だけに、リニアの意義を褒めたたえ、リニア整備実現のために沿線県として加入したいなどと記されていた。水環境問題は封印されていた。

ただ、現在と大きく違うのは、「リニアには賛成だが、静岡県にデメリットはあってもメリットはない。リニア建設での静岡県のメリットを示してほしい」などとストレートに地域振興策を求めていた点だ。

約800億円という各県の「中間駅」と同じ“メリット”を静岡県にも示すようメディア報道を使って何度も繰り返した。

つまり、川勝知事は期成同盟会へ入会を申請することで、「地域振興策」をJR東海に要請するわかりやすい行動に出たのだ。

■JR東海は静岡県をあまりに甘く見ていた

しかし、JR東海は川勝知事の要請を完全に無視してしまう。

入会申請書を手渡した翌6日、東京都内で2019年総会が開催された。「早期開業を求める趣旨に賛同してくれるならば問題ない」と大村知事は述べたが、川勝知事の真意を測りかねて、静岡県の加入は棚上げされ、総会では協議されなかった。

総会で、JR東海の金子慎社長(当時)は静岡工区の未着工を懸念材料に挙げて、「2027年開業に影響を及ぼしかねない」などと不満を述べた。

また、金子社長は、川勝知事の要請する「地域振興策」に応えることはないとはっきりと否定した。JR東海は静岡県をあまりに甘く見ていたのだ。

今回、5月31日に開催された「期成同盟会」の2023年総会は、顔触れは変わったが、4年前の総会と発言内容等はそれほど変わらなかった。決議書に「静岡工区について早期着手を図ること」とそのまま盛り込まれたのも同じである。

逆に、せっかく出席した川勝知事への対応が全くできなかったことから、静岡工区の未着工問題は後退したのかもしれない。

■静岡以外の県が川勝知事に強く出れないワケ

川勝知事の「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」に対して、山梨県の長崎幸太郎知事は「静岡県の懸念について各県で意見交換する場」を提案した。

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期成同盟会で静岡県の懸念について協議の場を設けるよう提案する長崎幸太郎・山梨県知事(東京都内) - 筆者撮影

期成同盟会後の自民党リニア特別委員会で、長崎知事は「川勝知事のご懸念はわかるが、企業の正当な活動を行政が恣意(しい)的に止めることはできない。調査ボーリングは作業員の命を守り、科学的事実を把握するために不可欠だ」などと山梨県の立場を尊重するよう求めた。

たったこれだけである。

静岡以外の県はJR東海から「中間駅」という地域振興策を勝ち取っている手前、何らかの地域振興策を得たいとする川勝知事のもくろみを否定できないのではないか。

川勝知事は「懸念を持っている。撤回しない」とこれまでの主張を譲らなかった。

■どこかひとごとのJR東海の対応

総会後に行われた自民党のリニア特別委員会で、地元の井林辰憲氏(衆院静岡2区)が「JR東海が地元に寄り添っていればここまで政治的な問題にならなかった」と苦言を呈した。他の県内選出議員も同様の意見を述べていた。

『プレジデント』(2022年3月18日号)で、政治評論家の飯島勲氏はこの問題の解決策について、『静岡工区内に観光用の「駅」の建設を提案したい。リニアが停車するものではなく、観光施設のようなもの』などと述べた。

このような施設は物理的に全く不可能だが、飯島氏は、問題解決のためには、JR東海が率先して何らかの対応をすべきと提案したのだ。

川勝知事は期成同盟会加入に当たって、

1.現行ルートでの整備を前提に進める
2.東京―名古屋間の2027年開業を目指す

という立場を共有するとした。しかし、川勝知事の言動を見れば、それが真っ赤なうそであることははっきりとわかる。

今回の総会を通じて、当事者であるJR東海は、国家的プロジェクトと言っていれば、誰かが解決してくれると思っており、だからこの4年間、静岡県に対し何もしてこなかったのではないか、と筆者には見えた。

何はともあれ、このままでは川勝知事をどうにも止められない。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)