
■産業医面談でよく受ける相談をしてみた
こんにちは。産業医の武神です。数カ月前からChatGPTが話題です。ユーザーの質問に対して、まるで人間のように自然な形で答えてくれるAI(人工知能)サービスで、今後、様々な職業から人間の役割がなくなっていくとも言われています。
最近は実際に、AIを利用したカウンセリングサービスなども出てきています。産業医やカウンセリングの仕事は、このようなAIに置き換わってなくなってしまうのでしょうか。
今回は、私が産業医面談でよく受ける相談を、実際にChatGPTに相談したいと思います。
■まずは共感、優しい回答
ChatGPTへの質問1
「職場の上司が苦手です。そのせいで朝会社に行くのが億劫です。最近は夜中に目が覚めるようになってしまいました。どうしたらいいでしょうか?」
ChatGPTの回答1
あなたが職場の上司との関係でストレスを感じていること、そしてそれがあなたの生活に深刻な影響を及ぼしていることは、非常に困難な状況であることを理解しています。以下にいくつかのアドバイスをお伝えしますが、それがあなたの状況改善に少しでも役立てれば幸いです。
問題の特定:上司との関係が苦手な理由を具体的に特定することが重要です。その人の態度、コミュニケーションスタイル、不公平な扱い、など具体的な問題点は何でしょうか? 問題を明確にすることで、解決策を見つけやすくなります。
フィードバックを提供:適切なタイミングと方法で、あなたが感じている問題を上司に伝えることも考えられます。……(中略)……
サポートを求める:あなたの職場には人事部門やカウンセラーがいる場合、彼らに相談するのも一つの方法です。……(中略)……
ストレスマネジメント:あなたが経験しているストレスを軽減するためのテクニックを学びましょう。運動、瞑想、深呼吸、ヨガなどが有効です。……(中略)……
プロフェッショナルなヘルプ:ストレスが過度で、日常生活に深刻な影響を及ぼしている場合、専門家の助けを求めることを検討してみてください。……(中略)……
産業医の感想1
相談に対してまずは共感を示してくれています。優しいですね。実際に医師の診察よりもChatGPTの方が、回答情報の質や共感度など、さまざまな面でより優れているという研究結果があるのも頷けます。
共感を示さない医師や、いきなり薬を出そうとする医師もいる中、もう少し相談をしたくなります。
■困っていることや恐れていることへの配慮が足りない
ChatGPTへの質問2
「ありがとうございます。上司は私にのみ厳しく、重箱のすみをつつくようにミスを指摘して、攻撃してきます。人事は完全に上司側の味方で、以前相談に行っても何もしてくれませんでした。産業医は月1回しか来ないし、きっと人事の味方だと思います。趣味のジムやテニスも最近は楽しくなく、行かなくなってしまいました。どうしたらいいでしょう?」
ChatGPTの回答2
このような状況は非常に困難で、あなたの感じているストレスと苦しみは大変なものだと理解します。以下に、あなたの状況に対してさらに具体的なアドバイスを提供します。
ドキュメンテーション:上司からの不公平な扱いや攻撃的な行動は、職場におけるハラスメントの形となり得ます。具体的な事例を記録しておくことは重要です。……(中略)……
第三者の立場からの助け:人事部門があまりにも役に立たない場合、外部の助けを求めることも検討してみてください。労働基準監督署、労働組合、または弁護士などが考えられます。また、産業医も設けられているなら、上司の行動やその影響について話をすることができます。産業医は通常、医師としての秘密保持義務があるため、あなたの話を無断で他の人に伝えることはありません。
社内での支援者の探索:職場内に信頼できる同僚や他の上司がいれば、あなたの状況を彼らと共有することも一つの方法です。……(中略)……
メンタルヘルスの専門家:あなたが経験しているストレスがあなたの趣味まで楽しめなくなるほどの影響を及ぼしている場合、心理カウンセラー、心理療法士、または心理医の助けを借りることを強くお勧めします。……(中略)……
転職の考慮:このような厳しい環境が改善の見込みがない場合、新しい職場を探すことも考慮に入れてみてください。……(中略)……

産業医の感想2
引き続き、まず共感を示し、その後に具体的かつ合理的なことを簡潔に教えてくれます。日本人ではなく、欧米人的な思考回路のコミュニケーションとの印象です。傾聴だけで満足するのではなく、ストレス状況に対して何か具体的対処法を知りたい人には役立ちそうです。
しかし、そもそも、相談者がその対処法を知っていても、できないから相談していることを察してはくれてなさそうです。また、外部機関への相談や、相談者が恐れていること(人事や産業医を信じていない)という部分への配慮もあまり感じられません。
人事や産業医、外部機関などの役割は、あくまでも、法律やルールそのものの解釈であり、実際とは異なる部分の理解は難しいようです。
■本当に質問者の心情を理解してくれているのか
ChatGPTへの質問3
「具体的な記録を残し、労働監督基準署や弁護士に行こうとも思いました。しかし、そんなことしたら、会社にいられなくなってしまうのではないかと心配です。どうしたらいいでしょうか?」
ChatGPTの回答3
あなたの心配はとても理解できます。会社で問題を提起するときは、しばしばリスクが伴うこともあります。しかし、あなたの健康と幸福が優先事項であることを忘れないでください。以下に、あなたの状況に対するさらなる提案を行います。
秘密保持:あなたが問題を提起する前に、具体的な事例を記録しておくことは重要です。しかし、これらの情報は秘密裏に保持するべきです。……(中略)……
法的アドバイス:労働法に詳しい弁護士に相談することを考えてみてください。彼らはあなたの状況について具体的なアドバイスを提供し、あなたの権利を守るための最善の手段を提案できます。……(中略)……
労働基準監督署:労働基準監督署は、労働者の権利を保護する役割を果たします。彼らにあなたの状況を報告することは、あなたが不適切な扱いに対して行動を起こす方法の一つです。……(中略)……
ホットラインやサポートサービス:労働者の権利や職場でのハラスメントに関する質問に対応するためのホットラインやサポートサービスが存在する場合があります。……(中略)……
あなたがどのような行動を選択するにせよ、あなた自身の健康と幸せが最優先事項であることを忘れないでください。

産業医の感想3
はい、健康と幸福は最優先事項ですね。しかし、本当に質問者の心情をとても理解してくれているのでしょうか。たったこれだけの質問、この回答速度からはちょっと感じにくいかもしれません。
少し角度を変えて質問を続けたいと思います。
■YES/NOを迫る質問への回答は苦手
ChatGPTへの質問4
「眠りもおかしくなってきたし、会社でも泣いてしまうようになりました。同僚にお医者さんに行った方がいいとも言われています。しかし、メンタルクリニックだけは行きたくありません。自分は悪くないのに、どうして行かないといけないのですか。他に何かできることはありませんか。」
ChatGPTの回答4
あなたが体験している症状は、ストレスや過労が原因となる精神的な健康問題を示している可能性があります。それが会社の環境や上司との関係によるものであればなおさらです。また、物事を明確に見ることが難しくなるときもあります。それが、自分が悪くないのに自分自身が医者に行く必要がある理由を理解できない原因かもしれません。
しかし、メンタルクリニックに行くことは自己の非を認めることではありません。それは自分自身の健康を最優先に考え、自分自身を大切にするためのステップです。メンタルヘルスの専門家は、あなたが経験している症状を理解し、それを軽減するための具体的なツールと戦略を提供することができます。また、あなたが自分自身の感情や経験を理解し、職場での問題にどのように対処すべきかについての洞察を得る手助けをすることもできます。
それでも、メンタルクリニックに行くことに抵抗がある場合、以下のような代替的な方法も考慮できます:
一般医に相談する:あなたが経験している症状(睡眠障害、泣き癖など)は、一般的な医療の範囲内でも対応可能です。……(中略)……
カウンセリングサービス:一部の地域や企業では、電話やオンラインで匿名カウンセリングを提供しています。……(中略)……
セルフケア:より良い睡眠を得るためのリラクゼーションテクニック(深呼吸、瞑想、温かいバスなど)や適度な運動、バランスの良い食事など、……(中略)……

産業医の感想4
非の打ちどころのない回答です。しかし、質問者はいずれもわかっているかと思います。また、YESかNOなど、二者択一を迫る質問への回答は苦手な印象です。断定するのは得意ではないようですね。
■エビデンスの引用紹介は苦手
ChatGPTへの質問5
「不安やストレスに対処する方法として、薬を飲むこととカウンセリングを受けることはどちらが効果がありますか? 他に効果があることはありますか? エビデンスとともに教えてください。」
ChatGPTの回答5
不安やストレスに対する治療は個々の状況や症状の重さによって異なり、また、個々の人によって反応も異なります。それぞれの治療法については、科学的な研究が行われており、その効果は一般的に認められています。以下に、それぞれの治療法についてのエビデンスを示します。
薬物療法:不安症やストレス関連障害の治療には、一般的に抗不安薬(例えば、ベンゾジアゼピン)や抗うつ薬(特に選択的セロトニン再取り込み阻害薬、SSRI)が使用されます。これらの薬は、症状を軽減する効果があり、多くの場合、短期間で効果を発揮します。しかし、副作用や依存性のリスクもあります。一部の研究では、SSRIやセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)が、不安障害の治療に効果的であることが示されています(Bandelow et al., 2015; Baldwin et al., 2014)。
カウンセリングや心理療法:カウンセリングや心理療法(特に認知行動療法)は、不安やストレスの治療に効果的であると広く認識されています。これらの治療法は、不安やストレスを引き起こす思考や行動のパターンを理解し、それを変えるための戦略を提供します。一部の研究では、認知行動療法が不安障害の治療に効果的であることが示されています(Hofmann, Asnaani, Vonk, Sawyer, & Fang, 2012)。
ライフスタイルの変更:ライフスタイルの変更、特に適度な運動、健康的な飲食、十分な睡眠……(中略)……

産業医の感想5
エビデンスの引用紹介は苦手なようです。論文者と年号は教えてくれますが、論文タイトルは教えもらえずそこからまた調べないといけなく、Googleで見つかるものもあれば、見つからない(つまり教えてくれているものの真偽がわからない)ものもありました。ChatGPTの元となっているデータ期間との関係もあるのでしょうがないとは思います。やはり、“経験”による回答ではなく、あくまで“ネット上の知識(の集合)”の回答なのでしょう。
自分の専門領域である程度の知識があり、AIの回答の真偽などを判断ができる分野については、AIは便利な助手になってくれるでしょう。しかし、知らない領域のことについては、その真偽を他の方法で確認する必要がありそうです。
■さじ加減の利いた寄り添い方は人間にしかできない
産業医のコメント
実際にこのような質問をした人が労基署や弁護士に行くのか、医療機関を受診するのか、最終的には個人の判断で自由だと思います。
しかし、産業医として10年以上毎年1000人以上の働く人たちと面談をしてきた経験から言わせていただくと、労基署や弁護士の利用を最初から促すことは良い結果に向かうとは思えません。会社と争って最終的に勝てたとしても、満足感や達成感は得られないでしょう。かといって、産業医の私は相談者に泣き寝入りを勧めたり、会社の立場を守るわけでもありません。
ほとんどの働く人は、会社にストレスがあるとき、退職すれば治ります。しかし、自分で選んだ会社なのだから、もう少し、ストレスに上手に対処したり、気持ちの折り合いをつけたりして頑張ってみると、うまく行くこともあります。その上手なさじ加減の利いた寄り添い方は、やはりある程度熟練した人間の匠(たくみ)の技であり、AIにはまだ難しいものと感じます。

■取っ掛かりとして使うには便利だが…
現時点では、不安やストレスがある時、相談可能な信頼できる人がいるならば、AIカウンセリングは第1選択ではないと思います。しかし、相談できる人がいなかったり、取っ掛かりとしての利便性を持って利用するには使い勝手はいいと思います。しかし、その回答の真偽については常に自分で検証しながら聞く必要があると感じました。
いずれAIがさじ加減や人間の匠の技を身につけるのかもしれません。しかし、あと10〜20年は大丈夫そうというのが現在の実感です。産業医の私の職がAIに奪われるかもしれない不安とストレスは、今のところはないと感じて安心して眠れそうです。
(注)ChatGPTの回答は途中で切れる場合があります。その原因は、生成できるテキスト数などの応答の制限、質問文脈が不十分、まだChatGPT自身が不完全だから、などが理由です。
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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト
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(医師 武神 健之)
外部リンクプレジデントオンライン