医療機関の窓口ではマイナ保険証をめぐるトラブルが相次いでいる(写真はイメージです。写真:PIXTA)

従来の健康保険証を廃止して、マイナンバーカードによる「オンライン資格確認」に一本化する「マイナンバー法等一括法案」の国会審議が続いている。法案は来週にも参議院を通過し、可決・成立する可能性がある。ところが、その成立間際になって、制度の信頼を揺るがすトラブルが相次いで表面化している。

厚生労働省は5月12日、マイナカードと保険証を一体化した「マイナ保険証」をめぐり、別人の情報を間違って本人の資格情報(加入している健康保険や自己負担限度額など)にひも付ける「誤登録」が2021年10月から2022年11月までの1年2カ月間に7000件以上見つかったと発表した。そのうち5件では別人の薬剤情報や医療費通知情報が閲覧されていたという。

サラリーマンなどが新たに健康保険に加入した場合、協会けんぽや健康保険組合などの保険者が本人の氏名や生年月日などの資格情報をデータベースに登録する。その際、本人のマイナンバーがわからない場合、住民基本台帳で本人の情報を照会する。

厚労省によれば、入手したマイナンバーの番号が間違っていることに気付かないまま健保組合が入力し、資格登録をしたことが原因だという。誤登録があると、患者情報の漏洩などのプライバシーの侵害や間違った処方につながるおそれがある。

健保に加入していても「該当資格なし」

マイナンバー法等一括法案によれば、2024年秋以降はマイナカードによる本人確認に一本化される。

「オンライン資格確認」と呼ばれるこのシステムでは、患者がマイナカードを医療機関の窓口に設置されたカードリーダーにかざし、顔認証または4桁の暗証番号を入力することにより、医療機関が健康保険の資格内容(加入する健康保険組合名や自己負担の負担割合など)を確認する。しかし、その前提となる資格登録が間違っていると、マイナカードによる資格確認が意味をなさなくなる。

誤登録とは別に、オンライン資格確認をめぐるさまざまな不備が医療現場から報告されている。カードリーダーでマイナンバーカードをかざしても、医療機関のコンピューター画面で「該当資格なし」と表示されるケースが相次いでいるのだ。

大阪府守口市の北原医院は、4月から原則義務化されたことを受けてオンライン資格確認システムを導入し、4月初めからシステムを稼働させた。ところがまもなくして、「信じがたいトラブルが毎日のように頻発するようになった」と井上美佐院長は説明する。

「当院の場合、1日に50〜60人の患者さんが来院するが、うち約3割で保険証の内容とオンライン資格確認で出力された内容が合致しない」(井上院長)。そうしたトラブルは現在も続いているという。


顔認証機能付きカードリーダー。多くの医療機関に置かれるようになった(写真:筆者撮影)

井上院長によれば、「マイナカードで確認したところ、『該当資格なし』とコンピューター画面に表示されるケースが相次いでいる。その場合、決められたルールに従って患者さん本人に保険証を見せてもらい、そちらに記された内容が正しいと判断して所定の負担割合で医療費を支払ってもらっている」という。

そして、井上院長が気を揉んでいるのが「2024年秋以降」だ。

法律の成立によって従来の保険証が廃止された場合、マイナカードによる資格確認に頼らざるをえなくなる。その際、オンライン資格確認で『該当資格なし』となった場合、正確な資格内容がわからないので、窓口でいったん医療費全額(10割負担)を支払ってもらわなければならなくなる。そうなると患者さんとのトラブルは避けられず、大混乱になりかねない」(井上院長)。

システム障害も多発、悲鳴上げる診療所

コンピューター画面で「該当資格なし」と表示される問題について、診療報酬の支払い事務を担う社会保険診療報酬支払基金の担当者は「一般論」としたうえで、「加入者が(転職などで)保険者を異動した場合の(登録の)タイムラグが考えられる」と説明する。

厚労省はこうした問題を踏まえ、これまで保険者によるデータ登録の期間の定めがなかったのを、「保険者によるデータ登録を5日以内とする」というルールに改めるという。ただ、「依然としてタイムラグがあることに変わりはなく、リアルタイムで正確に資格を確認しようとすること自体に無理がある」(全国保険医団体連合会の本並省吾事務局次長)。

医師らで構成する大阪府保険医協会は、5月2日に会員の医療機関を対象にしたアンケート調査を実施。「オンライン資格確認システムを運用している」と答えた医療機関143件のうち「トラブルがあった」と答えた医療機関が78件と過半数に上った。トラブルの内容で多かったのが「該当の被保険者番号がない、資格情報が無効」「システム障害で資格確認ができない」などで、それぞれ44件、29件もあった。

前出の北原医院の井上院長は危機感を強め、次のように語る。

「4月初めのシステム稼働当初、接続不良がひどかった。今は保険証で確認できているので事なきを得ているが、保険証が廃止された後、システム障害や停電が発生した場合、診療は中断、休診になりかねない。保険証は廃止しないでほしい」

大阪府保険医協会のアンケート調査では、「顔認証の読み取りがうまくいかない。何度もやり直し、時間がかかる。勝手に電源が落ちる」「『接続を確認しています』という画面が出たまま、数時間も変化なく使用できない」といったトラブル事例が報告されている。

正式な情報処理がされて初めて「役立つ」

厚労省で医療のデジタル化推進を担当する中園和貴・保険局医療介護連携政策課保険データ企画室長は、オンライン資格確認など医療のデジタル化のメリットについて「重複投薬や禁忌薬の回避にもつながる」と説明する。

しかしそれも、正確な情報処理がされて初めて意味を持つことは言うまでもない。

保険証の廃止とマイナカードへの一本化は2022年10月、マイナカードの普及を急ごうとした河野太郎デジタル担当相の鶴の一声によって決まった。それに続く今回の法案は、拙速のそしりを免れない。新制度が信頼性を欠く中で保険証を廃止した場合、社会の混乱は不可避だ。

この際、法案の採決をいったん見合わせ、制度改革の不備と対策について再検証すべきではなかろうか。

(岡田 広行 : 東洋経済 解説部コラムニスト)