牛丼の「すき家」(写真左下)などを運営する外食業界最大手のゼンショーホールディングスは、2023年4月から正社員を対象に月給で平均3万2864円(9.5%)の賃上げを行う(記者撮影)
「値上げ」と「賃上げ」の好循環は生まれるのか――。
記録的な物価上昇を受け、「過去最高の賃上げ」や「満額回答」のラッシュとなった2023年の春闘。外食業界でも大手を中心に大幅な賃上げを打ち出す動きが相次いだ。
ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」や天丼「てんや」を展開するロイヤルホールディングス(HD)は、2023年4月分から店長や料理長といった店舗責任者の給料を1万円増やし、7月分からは全社員の基本給を追加で1万円増額する。
コロナ後の成長狙い、人材に積極投資
「(賃上げは)収益面で考えるとマイナス要因になるかもしれないが、コロナ禍が明ける今、人材確保の重要性は著しく高まっている」(ロイヤルHD担当者)。2023年12月期は主力とするロイヤルホストの新規出店再開や、複数の新業態で新規出店を予定。アフターコロナでの成長に欠かせない人材に対し、積極的に投資する姿勢を労働市場にアピールする。
外食企業の採用環境は厳しい状態が続く。コロナ禍で外食業界は時短営業や休業を強いられた影響もあり、「(職場環境として)マイナスの印象が強く残っているのではないか」(上場外食企業の関係者)との見方も業界では強い。
「酒類に売り上げを依存している業態に関しては、特に採用が難航している」(同)。しかし、コロナ禍中でも賃上げや待遇改善に取り組んでいた会社の中には、すでに人材確保の面で効果が出てきているところもある。
中華料理の「日高屋」を運営するハイデイ日高は、4月に正社員を対象に基本給を底上げするベースアップ(ベア)と新卒初任給引き上げを行う。定期昇給を含む昇給率は全体で5%強。今年で3年連続となるベアは月額1万3000〜1万5000円で過去最高額となる。待遇改善の効果もあってか、「コロナ前水準で新卒が採用できている」(経営企画担当者)という。
串カツ田中ホールディングスは2022年11月分から賃金テーブルを改定し、店舗従業員の賃金を平均で3.1%増額した。2022年11月期は当初、年間32の直営店出店を計画していたが、実績は11店にとどまった。坂本壽男社長は「人手不足が出店のボトルネックだった」と振り返る。
前期は「採用してもほぼ同数の退職者が出ていた」(坂本社長)ため、計画的な新規出店が難しかったという。ただ、賃金改定の直後となる「2022年12月頃から社員数が安定して増えてきている」(同)といい、人材確保を原動力に、2023年11月期は年間26の直営店出店を狙う。
今後、外食業界での賃上げの動きはさらに広がるとみられる。「すき家」などを運営する外食最大手のゼンショーホールディングスは、2023年4月の給与改定で正社員を対象に月給を平均で3万2864円(9.5%)引き上げると発表した。このうち、ベアに相当するのは2万6718円(7.72%)で、前年より2万1352円増え、過去最高額となる。
外食最大手の大幅賃上げが業界に与えた衝撃は大きい。別の大手チェーンの担当者は「労組もなく、社員からの賃上げ圧力は感じていないが、賃上げに踏み切る日は近いだろう」と本音を漏らす。
非正規雇用者も賃上げ要求に動く
外食業界で正社員の賃上げを決める企業が増える中、アルバイトやパートなどの非正規労働者からも賃上げを求める動きが出始めている。
「回転寿司ユニオン」の組合員で東京都内のスシロー店舗でアルバイトとして働く大学生ら3人は3月16日、ストライキ決行に関する記者会見を開いた(記者撮影)
「この物価高騰で本当に生活が厳しい。業界でも大手の『スシロー』は先んじてアルバイトの賃上げを行うべきだ」
スシローの店舗で働く大学生アルバイト・パートらで構成される「回転寿司ユニオン」の組合員3人は、スシローの全パート・アルバイトの時給を10%以上引き上げるよう求め、自身らが所属する都内や埼玉県内などの店舗で、3月17日以降にストライキを行った。
2022年12月からスシローの運営会社、あきんどスシローに対して団体交渉を始め、2023年の2月と3月に賃上げを求めたものの、会社側は要求を拒んできたという。
組合側の要求を拒んだ理由について、あきんどスシローの親会社、FOOD&LIFE COMPANIESは「団体交渉中なので、具体的な内容は答えられない。誠心誠意対応していく」と答えるにとどまった。
組合側は、あきんどスシローからは「コロナ禍によって下がった業績はおとり広告や迷惑行為もあり、回復していないから直ちに賃上げを実施することはできない」との回答があったことを明らかにした。
こうした非正規労働者が賃上げを求める動きは、カツ丼の「かつや」など、ほかの外食チェーンにも広がる。
外食業界では依然としてコロナ影響が残り、食材や輸送費、光熱費高騰の影響も大きく受ける。多くの企業がコロナ前の利益水準を回復するには至っておらず、財務状況だけを見れば安易に賃上げができる環境ではない。
しかし、競合他社が賃上げの実績をアピールして採用を進める中、待遇改善に硬直的な態度を貫けば、社員やパートに見切りをつけられかねない。
海鮮居酒屋「磯丸水産」の運営企業の親会社で外食中堅のクリエイト・レストランツ・ホールディングス(クリレスHD)。コロナ前から傘下の飲食店で店長として働いていたAさんは2023年に入り、クリレスHDの子会社からの退職を決断した。
「コロナ禍に入ってから基本給が数%カットされ、その状態が続いていた。退職の直接的原因ではないが、親会社の(賃金に対する)方針にはずっと不満を持っていた」と打ち明ける。Aさんはオペレーションや人材教育に関する知見を買われ、知人が経営する外食企業の取締役に就任する予定だという。
クリレスHDは「コロナ禍のコストカットの一環で、一律で数%下げたことは事実。しかしその後、評価や個店の収益によって賃金を戻している社員も多い。また2023年6〜7月頃の支給分から評価給を増額するなど賃上げも予定している」と話す。
賃上げ遅れると人材流出リスクも
賃上げに対して競合よりも積極的な姿勢を示しきれず、人材流出が進めば、店舗営業を継続するため追加の採用費や教育費も発生し、業績回復はますます遅れかねない。
鳥貴族ホールディングスの大倉忠司社長は、「従業員の待遇改善に取り組むことは、商品・サービスの質向上につながる」とも語る(撮影:ヒラオカスタジオ)
鳥貴族ホールディングスの大倉忠司社長は今年2月の東洋経済のインタビューに「経営側がベアを行う姿勢を見せなければ採用は難航し、企業として成長できない。その原資は(メニューの)値上げであり、今後は価格改定とベアがセットで行われるべきだ」と語っている。
同社が運営する居酒屋「鳥貴族」は、「人手不足の解消や従業員が働きやすい環境づくり」を推進するため、2022年4月に値上げを実施している。
今後、外食企業で定期的な賃上げが根付けば、その都度値上げもやむをえない。ただ、物価高騰下で消費者が外食を選別する目はより厳しくなっている。外食企業は、業態やメニュー展開で値上げが受け入れられるような付加価値をどう創出するか、知恵が試されている。
(冨永 望 : 東洋経済 記者)
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