2000年度に開発スタート

 「花粉症に効くお米はどうなったのか」

 各地でスギ花粉の飛散量が過去10年間で最多だという今年。日本農業新聞「農家の特報班」に埼玉県の男性からこんな声が寄せられた。そういえば、過去に話題になったのに、最近は続報を聞かないような……。花粉症の記者が現状を探った。

 食べるとスギ花粉症の症状が緩和する。農業生物資源研究所(現・農研機構)が「スギ花粉米」の開発を始めたのは2000年度。遺伝子組み換え技術で花粉症の原因物質の一部を胚乳に組み込んだ。一定期間食べ続けると、体が花粉を異物ではなく食べ物と認識するようになり、症状を抑えられると話題になった。

 それから20年――。だが、同機構に問い合わせると「現時点では実用化の時期は未定」(生物機能利用研究部門)との回答が返ってきた。なぜ時間がかかっているのか。研究を担当していた同機構元職員の高野誠さん(67)に聞くと、厚生労働省の「薬か食品か」の判断が壁になっていることが見えてきた。<下に続く>


「スギ花粉米」の収穫(2005年9月、茨城県つくば市で)

「薬か食品か」厚労省次第 実用化なお不透明
 高野さんや農水省、当時の報道などによると、花粉米は当初、2010年ごろの実用化を目指していた。パックご飯での販売を想定し、05年にはマウスで症状緩和の効果を確認。同年の農林水産関係の「10大研究成果」にも選ばれ、期待が高まった。

 だが07年度、「食品」としての開発はいったん中止になってしまう。花粉米は治療目的の「医薬品」に当たるとの見解を、厚生労働省が示したためだ。「効果を強調し過ぎたからではないか」(関係者)。医薬品の承認には品質や安全性、有効性がより厳しく評価され、多くの人への臨床試験(治験)も必要で、多額の費用がかかる。

 10年度からは医薬品として実用化を目指すも、壁は高かった。例えば、米を医薬品とすると、医薬品と同じ製造・品質管理の基準に基づき、有効な成分を一定に保つように栽培する必要がある。屋外の水田では難しい。

 成分をカプセル化した製剤の案も出たが、治験に協力する製薬企業は現れなかった。人での効果や安定供給への疑問視に加え、後発薬は既存薬より価格を抑える必要があり、採算が取れないとの判断があったようだ。高野さんは「従来にない形態で、栽培ノウハウもない。手を出しにくかったのでは」とみる。

 打開のため民間に研究への協力を呼びかけると、二つの医療機関が手を挙げた。16年度から、花粉症患者に花粉米のパックご飯を24週間食べてもらう臨床研究を実施。うち一つの医療機関では効果が見られなかったが、2年続けて計48週間食べてもらった東京慈恵会医科大学では、2年目にいくつかの指標で改善効果が見られた。

 この結果を受け、現在は再び「食品」として、民間企業との共同研究で実用化を目指している。ただ、「薬か食品か」は厚労省の判断次第。食品と判断されても、遺伝子組み換え食品としての安全性審査などが必要で、栽培に不安を示す農家や消費者もいる。実用化への道筋は依然として不透明といえそうだ。(岡部孝典)

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