■世界中で「TikTok売れ」が相次いでいる

ソーシャルメディアの影響力は絶大だ。何げない投稿が瞬く間に拡散し、衆目を集めることも多い。最近では回転ずし店でしょう油差しの注ぎ口を口に含む迷惑動画を投稿し、炎上。逮捕者まで出た。軽はずみな行動が全国的な非難につながっている。

ここ最近では、残念なことにこうした炎上事例ばかりが目立って報じられている。その一方でTikTokにより、心温まる人生の逆転劇が生まれたという事例も起きているようだ。英語圏のTikTokから、幸せなバズの話題が届いている。

例えば、英BBCは、長年売れなかったある小説家が娘の投稿動画をきっかけに、Amazonの売上トップに輝いた事例を報じている。

報われずとも諦めず、努力を続けるに人々にユーザーは非常に強く共感する。TikTokのバズとユーザーの温かい支援によって救われた人々が大勢出ているようだ。一般のユーザーが発端となった「TikTok売れ」により、人生の窮地を救われたという事例が話題となっている。

■ガラガラのベトナム料理店が「7秒の動画」で息を吹き返した

新型コロナの感染拡大で休廃業を余儀なくされた飲食店も少なくない。だが、なかにはTikTokの拡散力に救われ、息を吹き返した店がある。

米CNNは、カリフォルニア州サンタローザの「Lee's Noodle House(リーの麺料理店)」の復活劇を報じている。オーナーのリーさんは2003年にこの街の一角に店を構えてから、自慢のベトナム料理をお客に振る舞い続けてきた。

「Lee's Noodle House」公式ウェブサイトより

ところが2020年初頭からのパンデミックを受け、来店客は激減。ほとんど来客がないまま店を開ける虚しい日々が続いた。外食による感染のリスクが低くなってからも、遠のいた客足が戻る気配はない。

21歳の娘のジェニファーさんが1月に投稿した1本のTikTok動画で、状況を一変した。

「両親のベトナム料理店を助けてください」と題する7秒の動画には、客の姿がまったくない店内が映し出されている。続いてカメラが店のカウンターに寄ると、険しくも哀愁漂う表情を浮かべた父親のリーさんが、今ではめっきり開くことのなくなったドアをじっと見つめている。

ジェニファーさんは来る日も売上になやむ両親の姿に耐えきれなくなり、この動画を投稿したという。

動画中に添えたテキストのなかで彼女は、「自分たちのベトナム料理店にお客さんが入ってきて料理を食べてくれないか……と、ひたすらに待っている両親を見ていると、本当に胸が痛い」と家族の窮状を綴った。

TikTok(@jennif3rle)より

■コロナ禍の今だからこそ、TikTokは一段と効果を発揮している

もの悲しい動画のメッセージは人々の心に突き刺さり、動画は現在まで140万回以上再生された。そして、1カ月と経たないうちに、すべてが変わった。

米CNNは、「この動画には相当な反応があった。3週間後、店は満席となったのだ」と報じている。いまでは父親のリーさんは、できたてのヌードルを客席に運び、テイクアウト待ちの行列にも慌ただしく対応している。

リーさんはCNNの取材に対し、「地元から大勢の人たちが、支援に駆けつけてくれました。本当に感謝しています」と述べ、満面の笑みを見せる。3週間前、店のカウンターで浮かべていたあの険しい表情は、今はもう昔の話だ。

ジェニファーさんのTikTokを通じた情報発信は、かなり的を射た戦略だったようだ。デジタル・マーケティングの専門家はCNNに対し、コロナ禍で多くの店が閉店し、ウェブページに書かれている営業日や営業時間はもはや当てにならなくなったと指摘している。

そうしたなか、数多くのユーザーがリアルタイムに近い情報を発信しているTikTokは情報の鮮度が高く、人々はエンタメ動画のプラットフォームを超え、情報収集ツールとしてTikTokを活用しているのだという。

米『フォーチュン』誌もこの一件を取り上げ、「TikTokはエンタメのプラットフォームを超えた存在だ。父親が経営するベトナム料理店を、誰の手も借りずに繁盛店に変えた、21歳のジェニファー・リーが証明したように」と述べている。

■14年書き続けてもヒットゼロだった小説家の大変化

心温まる事例はまだある。娘が2月に投稿した16秒のTikTok動画で、無名のアマチュア小説家がベストセラー作家へと変貌した。

英BBCの記事によると、ロイド・リチャーズさんはアメリカに住む74歳の弁護士だ。3人の子供の父親でもある彼は、多忙な仕事と家族の時間を両立しながら、時間を見つけては趣味の小説の執筆に没頭してきた。いつかは自分の本が売れればいいのにと願いながら、14年間筆を走らせる。

娘のマーガレットさんは、孤独な後ろ姿を見せる父を応援したかった。書斎で原稿に取り組むいつもの父の背中をいくつかのショットに収めると、16秒の動画に編集してTikTokで公開した。

「Amazonに並ぶ美しく書かれたスリラー本です」と題する動画は、書斎で独りキーボードを叩く姿を映しながら、テキストでこのようなメッセージを語っている。

「私の父は14年間、本を書き続けている。フルタイムの仕事があり、子供のことを第一に考えている。それでも時間を作っては本を書いた」

■娘が投稿した16秒の動画でベストセラーに

動画にはロイドさんが11年前に著した、FBIが連続殺人事件の真相を追うペーパーバックのスリラー小説『Stone Maidens』(石の乙女)が映されている。弁護士の仕事を通じて得た刑事裁判の専門知識を、余すところなく自身の作品にぶつけた。

娘のマーガレットさんは続ける。「売れ行きは決して芳しくないけれど、それでも父は幸せそう。けれど何としてもヒットしてほしい。父はTikTokが何のことかも知らないけれど」

動画は瞬く間に拡散し、現在までに5000万回以上再生される注目を集めた。そしてすぐに、驚くべき展開が訪れた。英BBCは、同著がAmazonで売上1位を獲得したと報じている。TikTokの投稿がバズったと娘から聞かされたロイドさんは、コメント欄を読みながら涙を流したという。

ロイドさんはBBCに対し、「(動画が話題となった)先週は、私にとって嵐のような体験でしたし、本当に気が遠くなるようなものでした」と語っている。

決してあきらめず、売れない作家生活を14年間も続けたロイドさんは、TikTokの動画がきっかけで夢を現実のものとした。

■カスタマイズされたスタバのドリンクに注文殺到

このほか、TikTokが消費行動を加速する例は数多く見られる。英ガーディアン紙は、TikTokでブームになったぬいぐるみの売上がイギリスで300%という驚異的な増加を見せたと報じている。

動物をデフォルメしたぬいぐるみの「スクイッシュマロ」が10代少女のユーザーを中心に爆発的な人気となり、同紙によると関連動画はTikTokで90億回以上再生されていたという。

よく知られたチェーン店も、TikTokの恩恵に与っていることがあるようだ。米業界誌のレストラン・ニュースは、ドリンクをカスタマイズ形式で提供している米スターバックスの売上が昨年、10億ドルを突破したと報じている。

売上はミレニアル世代とZ世代の顧客が牽引しており、とくにカスタマイズの幅が広いコールドドリンクは、若い世代ほど注文する割合が高いという。ソーシャルメディアで目にした「シークレットメニュー」を試したいという心理が、この傾向の一翼を担っているようだ。

写真=iStock.com/edfuentesg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/edfuentesg

もっとも、TikTokに限らず動画プラットフォームのコンテンツは、インフルエンサーによる広告案件動画との区別が付きにくい。なかにはこうした傾向に疲れを感じる若者もいる。米カルチャー誌『ポップシュガー』のイギリス版は、「#deinfluencing(脱影響力)」のタグが流行しており、世界で合計1億回以上再生されていると報じている。

このタグのコンセプトは、ファッションブランドなどの過剰な消費を煽る動画に反旗を翻すものだ。買うべきものではなく、実際の価値に見合わない高価なブランド品など、「買うべきでないもの」を伝えようという試みになっている。

■SNSでは「怒り」が拡散しやすいけれど…

このような反動が一部では起きているものの、TikTokから生まれるブームの波はとどまるところを知らない。TikTokの強みは、商業色の強いコマーシャルとは異なり、ストーリー性のある動画を通じてユーザーの感情をかき立てることができる点にある。

これが悪い方に働いた事例に先に触れておくと、回転ずしチェーン店を舞台に炎上事件を挙げることができるだろう。動画投稿者の常識を逸脱した行動は、視聴者の怒りと不快感をかき立て、ユーザーたちによって繰り返し拡散されることとなった。怒りは、最もソーシャルメディア上で最も伝播しやすい感情だと言われる。

「TikTok売れ」はこのような炎上事件とは反対に、心温まるバズを生んでいる。懸命に店を開け続けるヌードル店や、長年書斎で人知れず文字を紡ぐ売れない作家にスポットライトを当て、努力が報われる瞬間をもたらした。

当然、内容が伴わなければ、あっという間にユーザーに見放されてしまう。しかし、ベトナム料理店をもてなすリーさんやアマゾン1位に輝いたロイドさんは、長年取り組みを続けてきた実績に裏打ちされている。今後も人々の支持を得続けることだろう。

写真=iStock.com/Tonktiti
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tonktiti

■拡散される「幸せ」もあることを忘れてはいけない

いまやどの業界を見ても、商品やサービスそのものの質は飽和状態にある。人々が無数にある商品のうちどれに惹かれるかは、商品の向こう側にストーリー性が感じられるか否かにかかってきているとも見ることができる。

それを証明するかのように、最善の努力を重ねてなお報われない人々の生き様を紹介するTikTok動画は、ユーザーの心に響いて余りある人気コンテンツとなっている。

単に商品にお金を払うという取引を超え、動画で見たこの人の毎日を少し明るくできるのだという購入体験が、現代の消費者たちの心を動かしているようだ。

----------
青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------

(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)